籠城の備え

 わずかに陽が傾き始めた頃、ランドクルーザーはオアシスに戻ってきた。スムーズなジュニパーの運転で順調に距離を重ね、敵の襲撃も待ち伏せもなく無事に走り続けることができた。


「ただいま……って、あれ? なんか、壁がおっきくなってない?」

「なってるね」


 ほんの半日ほどで、壁が二重になっていた。近付いてみると、増設された外壁のコンセプトがよくわかる。ヘスコ防壁で組まれた狭い通路を抜けなければ、内壁――あたしたちがいたときに組んだもの――までたどり着けないのだ。その動線は籠城側からの射線に晒されている上に、越えるのが大変ながら隠れるには低いという嫌らしい高さの壁で仕切られている。数で押されて乗り越えられたらお終い、っていう前の一枚壁とは違うタワーディフェンス的な知識と計画性が加わっている。これを主導したのはドワーフの爺さんたちか神使のクレオーラか。どっちにしろ大したもんだ。

 出迎えにきてくれた爺さんたちを大袈裟に褒めそやすと、大いに照れながら神使様との合作なんだと教えてくれた。当の神使様は内壁の上に一人掛けソファを置いて長閑にミネラルウォーターなぞ飲んでらっしゃる。こっちを見たので笑顔で手を振ると、ちょっとドヤ顔気味に笑ってくれた。ああ見えてクレオーラって、けっこうチョロ可愛い。

 迎えに出てきたのが赤毛のヘンケルと難民盗賊団の子供たち。


「姐さんたち、相変わらず大活躍だったみたいだな」

「まあな。爺さんの読み通り西側は百五十ってとこだ。半数近くは蹴散らしたんで、こっちに来ることはないんじゃないかな」


 もし来たところで、戦える状態じゃないと思うけど。

 同じく迎えにきたエルフの巫女さんたちが、あたしたちが連れてきたエルフの子たちに駆け寄り、なにやら嬉しそうに話し始めた。見たところ顔見知りというわけではないようだけれども、似たような境遇だったことは察したらしくオアシスに来るまでの経緯を教え合っている。


 乗ってきたランドクルーザーは、ジュニパーに指示して外壁の北西側水面近く、爺さんたちが駐車したホイールローダーの陰に停めてもらう。東から敵の攻撃を受けた場合、おそらく最も危険が少ないという判断だろう。

 外壁から少し離れた辺りのあちこちに、矢が刺さってたり頭が吹き飛ばされてたりする死体が転がっていた。


「ヘンケル、こっちも襲撃があったみたいだな」

「そうなんだよ。偵察がてらの様子見って感じで攻撃してきてた。死体の処理や回収は、夜にした方がいいと思ってそのままにしてある。まだ伏兵がいるみたいなんで、離れた場所で砂を掘ってたら射られるかもしれないって、ミュニオ姐さんが」


 ミュニオはどこかとキョロキョロしてみると、まだ警戒態勢が続いているらしく内壁の高い位置に築かれた設置式の矢盾の陰から、カービン銃マーリンを抱えたまま手を振っている姿が見えた。


「四半ミレより先に転がってる死体は全部、ミュニオ姐さんが仕留めたもんだよ。あの武器もすごいけど、あのひとの腕も凄まじいね」

「うん。四半哩以上先……あたしじゃ見えもしない距離からでも当てるからな」


 ヘンケルと話しているところで、駐車を済ませたジュニパーが戻ってきた。


「シェーナ、敵が引き上げてくよ」

「そうなのか? あたしには見えてないんだけど」

「ドワーフたちの家があった方、向こうに潜んでたのが四、五人、逃げてくのが見えたよ。たぶん、暗くなって狼が出る前に安全な場所まで戻りたいんじゃないのかな」


 土漠群狼は昨夜あたしたちが駆除したんだけど、敵はまだそれを知らないんだろう。裏を掻いて夜襲を掛けてくる可能性もないわけじゃないけど、本格的な戦闘再開は明朝以降、明るくなってからのようだ。


「お腹減ったな。とりあえず夕食にしよう」

「そうだね。みんな、今日はよく頑張ったから。慌ただしくて、ちゃんとした物を食べてる暇はなかったんだ」


 みんなで内壁まで戻り、見張りを立てて食事の準備を始める。砂漠気候の特徴なのか陽が落ちると気温も急激に落ちる。力を付けるのに肉を焼いて、温かいシチュー的なものを作るのが良いんじゃないかと調理プランを練る。

 あたしも、防壁砦のみんなも。なんとなく、わかっていた。敵の動きと空気から察していたのだ。


 明日は、大規模な戦闘になると。

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