現実からの逃避行

 兵士ふたりは、いつの間にやら逃げてしまっていた。馬車で“同室”だったエルフっ子の四人によれば、彼らは帝国軍の偉いひとに悪いことをして捕まった南部の兵隊さんだったようだ。あたしたちの襲撃直前、自分たちの手枷を外して、エルフたちの手枷も外してくれて、馬車の扉の鍵も外して自由への大脱走を図ったところでコボルトアタックで吹っ飛ばされたようだ。


「うむ。それは可哀想なことをした」

「した?」


 んなわけない。敵のなかの異分子だからって、イコール味方と考えるほど単純じゃない。


「いってみただけー」


 そういってコボルトたちを撫でくり回すとキャッキャいいながら尻尾を振る。可愛い。実家で飼ってた柴犬――タロとジロ。爺ちゃん命名――に表情が似てるんだよなコボルト。爺ちゃんとほぼ同時期に天寿を全うしたあの犬たちも、どこかの異世界に転生して幸せに暮らしてたら良いな。

 そこでエルフっ子のひとりがポソッと漏らした言葉であたしの笑みが強張る。


「へいたいさん、だれか、さがしてたみたい」

「南部の兵隊が? こんな遠くで? 誰を?」


 おい、嫌な予感がしてきたぞ。それって、もしかして……というかもしかしなくても、あれだろ。


「“あかめの、あくま”? とか、いってました」

「「やっぱり」」


 あたしとジュニパーが思わずハモる。おおかた帝都から派遣された、調査部隊か殺し屋部隊だろ。お仲間に捕まってコボルトに吹っ飛ばされたってことは、前者か。まあ、どっちにしろ関わりたくないことには変わりはない。

 あたしら帝国軍のなかじゃ、すっかり有名人ってわけだ。いまさらだけど、殺し過ぎたな。


「ほんじゃ、オアシス行きたいひとー!」

「「「「はーい!」」」」


 沈んだエルフっ子たちを励まそうと無理に明るくはしゃいで見せたが、手を挙げ乗ってくれたのはコボルトとジュニパーだけだ。なるべく無害そうな笑顔で首を傾げて見つめるうちに、エルフの九人もオズオズと手を挙げた。

 ぶっちゃけ、ほぼ強制である。こんなところに置いてってくれといわれても逆に困る。後でオアシス留守番組にも説明しにくい。


「大丈夫だって。きっとオアシスは気に入ると思うぞ? 少なくとも、ここよりは良いとこだ」

「うん。それは間違いないね」

「ぼくらも、オアシス、すき!」

「うん! ごはん、おいしいよ!」

「エルフのこ、いっぱい、いるし、ね?」


 沈んだ顔のエルフっ子たちを必死で励ますコボルトたち。なだすかして集団行動を促す。ほとんど幼稚園の引率である。


「まあ、後はこの人数をどうやって乗せるかだな」

「シェーナ、コボルトたちは、ぼくが運ぶよ」

「じゅにぱさん、ぼくたち、はしれるよ?」

「待て待て。オアシスまで五十キロ……三十ミレとかだぞ? お前ら、どのくらいかかる?」

「夜には着くかな」

「ぼくらも」


 百キロ先のメッケル城塞に向かう予定が、その半分ほどで会敵して結果的に用は済んだ。とはいえ思ったより時間を喰ったせいで気付けば正午を大きく回っている。時計はないので太陽の高さから体感で……二時か、三時か。車なら一時間ちょっとのところを、ジュニパーやコボルトの足では二、三時間掛かる感じか。

 コボルトは健脚だけどトップスピードが伸びず、ジュニパーは速いけど水がないと持続力がない。


「いや、明るいうちに着きたい。ジュニパー、運転頼む。コボルトは助手席そのとなりな。あたしがエルフたちと荷台に乗る」

「大丈夫?」

「ここで逃げ散った敵と、途中で会うかもしれない。だとしたら、その配置の方が対応しやすいと思う」

「わかった」


 荷台に置いてたクッション代わりの衣類はオアシスで降ろしてしまっていたので、帝国軍の馬車から奪う。輜重部隊の残した馬用のまぐさを荷台に敷き、上に帆布のような布――たぶん天幕――を掛ける。

 ついでに小樽に入った塩と堅焼きパンみたいな携行食、塩漬け干し肉と銀貨の入った箱もいただく。大きな水樽は重いだけなので、その場でジュニパーとエルフたちで手早く水浴びに使った。エルフたちは“気持ちいい”の前に“もったいない”が顔に出ている。


「いいの? こんな、むだづかい?」

「気にすんな。飲む水は別にある」


 しばらく砂漠を行くから、午後とはいえ露天で一時間はけっこう辛い。濡れてると少しは涼しいだろ。手で掬ってみたらかなり濁ってて、飲むには少し問題ありそうだし。

 コボルトたちは、あんまり水浴びが好きじゃないみたいで遠慮してた。そんなとこも、タロジロに似てる。


「はーい、それじゃ乗ってー」


 ここでの用は済んだので、さっさと乗り込んで出発だ。荷台のエルフたちと助手席のコボルトたちにそれぞれ多めにミネラルウォーターを配り、大箱入りのミューズリーバーを何種類か渡す。焼いてないグラノーラにナッツとドライフルーツを入れて棒状にしたようなやつ。箱を見ると生産国はオセアニアと東欧、どっちが美味いのかは知らん。


「ちょっと急いでるんで、飯は帰ってからな。みんな、それ食べて。ちゃんと水も飲むんだぞ」

「あの……これは?」


 走り出したランドクルーザーの荷台で、エルフたちは配られたミューズリーバーを怪訝そうに眺める。


「木の実と豆と穀物と果物を、干して固めたもんだ。オアシスのエルフたちにも好評だったから、たぶん気に入ると思うぞ」


 正確には、マナフルさんたちに配ったエナジーバーとは少し違うんだけどな。チョコやらヌガーやら掛かってるエナジーバーより甘さは控えめだけど、ベジタリアン嗜好のエルフたちには至福の味だったようだ。こりこりと齧りながら、皆ようやく表情が和み始めた。

 帝国軍から奪った携行食と干し肉は、試しに少し齧ってみたらゲンナリするような味だったので、懐収納に仕舞った。硬くて不味いだけで喰えないわけじゃない。そのうち使い道もあるだろ。


「オアシスに攻め込んでくる帝国軍の主力は、だいぶけずれたと思うんだけどな」

「うん。あとは東側の前線砦から、どのくらい来るか、かな」


 運転席の後ろの小窓から、あたしはジュニパーに話しかける。このヅカ美女水棲馬ケルピーはミューズリーバーをこりこりと齧りながら、相変わらずイケメンな感じでハンドルを握っていた。

 首に掛けてた赤いウェスタンハット、傾げた感じに被ってるのが違和感込みで不思議と絵になるな。


西側からの兵力こっちは爺ちゃんたちの読み通り、だいたい百五十だったね。東側からの兵力むこうも合ってたら良いんだけど」

「そだな」


 いまさらながら、ミュニオたちを置いたまま離れたのを少し不安に思い始めていた。東側の前線砦からオアシスまでは三十哩、約五十キロ。馬車での輸送に頼らず騎馬でまかなえると聞いた。

 兵が五十でも、そのほとんどが騎兵となれば混成部隊の百五十よりも厄介な部分はある。

 オアシスへの侵攻が、東西戦力を合流させた後だったとしたら、到着は明日くらいか。

 でも、そこまで考えずに先着順だったら。オアシス側の対応は少し大変なことになってるかもしれない。

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