コボルト三銃士

「あれ?」


 ランドクルーザーを拾って谷間のところまで戻ってみると、先遣部隊は既に潰走していた。帝国軍兵士の死体は、谷間に転げ落ちた遠雷砲の周辺にある――あたしたちが殺した――ものだけ。あちこちに倒れたまま呻いている兵士はいるが、みな鼻から血を流しているだけで重症という感じではない。コボルトたちが投石器スリングで敵の鼻を潰して回ったのだとしたら凄まじい腕だが……ともあれ彼らは頼んだ通り“敵の翻弄”に徹してくれたようだ。


「しぇなさん、じゅにぱさん、こっちー」


 コボルトの呼ぶ声がして、見ると三人が馬車の横で手を振っていた。御者も護衛兵士も逃げたのか乗っていない。


「おお、無事だったか」

「だいじょぶ! ぼくら、あいつらに石ぶつけて、やっつけたら、にげてった!」

「がんばった!」

「ほら、これ。エルフ、つかまってる、ばしゃ、見つけた!」

「ふたつ!」

「よーしよし偉いぞ!」


 コボルトたち三人をまとめて抱えてワッシャワッシャと撫で回すと、彼らはシッポをブンブン振って喜ぶ。

 彼らのいう通り、奴隷を乗せた馬車は二台あった。後方の一台は、後部の扉が半ば開いている。


「あれ?」


 覗き込んだあたしは首を傾げる。エルフが捕まってる……って、たしかに間違いじゃないけど、エルフじゃないのが混じってるな。


「この、オッサンたちは何者?」

「わかんない。にげよーとしたから、ぶっとばした」

「ドーンて」


 車内に倒れているのは成人の、そこそこ屈強そうな兵士が二名だ。素早くて賢くて器用ではあるが、小柄でさほど体重もないコボルトに倒せるものなのかと思って訊いたら、案外えげつない方法でノックアウトしてた。

 停止した馬車の後部ドアを開けて出ようとしたところで、三人が力を合わせて外から思い切り体当たりしたようなのだ。無防備なまま扉に弾き飛ばされた兵士たちは車内に転がり、死んでこそいないものの完全に意識を失っている。


「扉の鍵は、お前らが開けたの?」

「あいてた」


 ん? 何でだ? なかに奴隷のエルフがいたってことは、扉には施錠されてたはずなんだけどな。


「……あ、あの」


 なかにいたエルフの娘さんたちがオズオズと声を掛けてくる。本来の目的である彼女たちだが、当然ながらこちらを警戒しているようだ。奴隷として移送途中、盗賊団に襲われた、みたいな感じだろう。だいたい合ってる。彼女らにしてみれば、一難去ってまた一難だ。


「おう、おつかれさん。こっちの都合に巻き込んじゃって悪いな。このまま逃がしてやっても良いんだけど、たぶん渇き死にするか、また帝国軍に捕まって終わりだと思う。オアシスまでで良かったら、送ってくぞ?」

「あなたは」

「あたしはシェーナ、こっちはジュニパー。そっちの三人が、アンタたちの命を救ったコボルトの精鋭偵察隊だ」


 名前は、いま付けた。褒められてることを理解してコボルトたちは嬉しそうに尻尾を振るけれども、エルフの四人は怯えて馬車から出てこない。手を出しあぐねているあたしに代わり、コミュ力の高いジュニパーが声を掛ける。


「お嬢さんたち、拘禁枷シャックルは着けられてる?」

「ない、です」


 穴熊狩りしてた貴族の飼い犬エルフが、“軍属以外の亜人には、拘禁枷の着用義務がある”とかいってた。檻付き馬車で護送されてる時点で、このエルフ少女たちは軍属ではなさそうだ。てことは、やっぱり遠雷砲のために魔力を吸い上げる予備電池みたいな役割だったんじゃないのかな。

 引き継ぎは終わった、とばかりに走り回って警戒と物資回収をしていたコボルトたちに声を掛ける。


「なあ、前の馬車は?」

「五人、のってる。けど、かぎ、あかない、です」

「「です」」


 少し離れたところに止まっている檻付き馬車の前まで行って、車内のエルフたちに後部扉から離れているよう伝える。できるだけ危険のないようショットガンで鍵を撃とうとしたが、難しい。跳弾とか流れ弾とか貫通しちゃったとかでなかのひとたちに怪我させちゃいそうだ。

 振り返ったあたしと目が合ったジュニパーが、何を悩んでいるのかという感じで首を傾げる。


「シェーナ、どうしたの?」

「これ、開けられる?」


 ジュニパーは扉の前に立つと隙間から無理やり手を突っ込み、バキッと扉ごと剥ぎ取った。

 え、なにそれ。アンタはどこぞのサイボーグか。


「みんな無事か?」

「こ、ころさないで、なんでもしますから!」

「あ、うん。なんもしないよ、助けにきたんだけど……まあ、落ち着け」


 というか、怯えきったエルフっ子たちが九人。どうやって運ぼう。小一時間も荷台に乗っててくれるかな……?

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