囮と贄

「十九台? そんだけ引き連れて逃げ続けてたのか」

「はい」


 あたしと護衛の喧嘩を止めた若いドワーフが、ひとりでランドクルーザーのところまで来ていた。名目上は、礼と詫びのため。実際は、これからどうするかの確認だ。馬車から少し離れた場所に停車したので、ここならバカな護衛の邪魔は入らない。

 コエルというその若いドワーフは、その逃避行のなかで族長の座を引き継いだ先代の息子なのだそうな。要するに、前の族長は死んでしまったわけだ。

 今後の話をする前に、これまでの経緯を尋ねると、どうにも自殺行為にしか思えない状況だというのがわかった。ここから北上すること数千キロ、大陸北端にあるソルベシアの南側に住んでいたドワーフのコミュニティが、広がる森に呑まれかけたため南へ逃れたのが発端だそうな。


「それが、二十五年四半世紀ほど前でしょうか」

「ああ……それは前に聞いたような気がする。でも、森に呑まれる? ってさ。そこ、楽園なんじゃないの?」


 一瞬黙った族長はミュニオに視線を向けることはなかったけど、意識しているのは明白だった。自分たちを皆殺しにできそうな武器を持った“エルフとその仲間たち”相手に、“そらエルフにとっては楽園かもしれんけど”みたいな文句はいえんか。


「ソルベシアの森は、暮らしやすい環境ではあるのですが、なんというか……エルフ以外には、馴染めないのです。我々は新天地を求めて南下し、しばらくはオアシス近くで暮らしていました」

「そこを出たのは、なぜ?」

「人間との軋轢や、魔物の被害、帝国の干渉などです。オアシスあそこは、常に各勢力が領有権を奪い合う火種になっていましたから」


 襲ってきた騎馬盗賊団あいつらが最後のきっかけになったらしい。数百の盗賊がオアシスを包囲し、場所を明け渡せと騒ぎ暴れまわる。その騒音で魔物を目覚めさせた場合に被害を受けるのは盗賊団ではなく、オアシスに近い位置で暮らす住人たちだ。


「……ったく最低だな、この国はどこも」

「皆さんのご尽力のおかげで、我々は生き延びることができました。一族に代わってお礼を」

「ああ、うん」


 ここは素直に、礼を受けておく。あたしたちが助太刀したことで盗賊集団は殲滅され、ドワーフたちは馬車の修理と魔力回復する時間を得ることができた。

 手持ちのミネラルウォーターを老人と子供優先で配り、熱中症になりかけてたひとには沢の水――最初で最後の水浴びをしたとき皮の水筒に汲んでおいたまま忘れていたもの――で濡らした布を被らせた。弱って倒れた老人にはミュニオが治癒魔法を掛けて、なんとか意識を取り戻した。

 今後のこともあるので、急遽サイモン爺さんを呼び出してミネラルウォーターを大量調達、4リットルガロンボトルを渡す。ここから南にはまともな水源がないので、根本的解決にはなっていない。

 あたしたちは、これが単なる自己満足だと全員が自覚してる。それでも水を飲んでホッとした顔の子供を見ると、暗澹たる気持ちにはなった。


「脱落した四台には、何人くらい乗ってたんだ?」

「戦力外として馬も馬車もガタの来たものを選んだ年寄りが十二人、彼らを守るため自らの意思で残った護衛部隊の老兵が七人です」

「どのくらい前だ。生存の可能性は」

「ありません。彼らの馬車が壊れたのは二日前です。最初、盗賊の馬は五十近くいましたが、老人たちに襲い掛かった約半数はその後も追い付いてきませんでしたから」

「……戦って、死んだか」

「はい。水も、重くなるといって、ほとんど積んでいませんでした」


 ああ、違うわ。その爺さんら最初から、殿軍しんがりで敵を引き付け討ち死にする覚悟だったんだ。

 立派なドワーフもいると知って少し安心し、立派な奴らから死んでく現実にうんざりした。


「だーから、オアシスに残ってろって、いったんじゃ。足手まといの、老いぼれどもが」


 近付いてきた不愉快な声で、その場の全員が身構える。族長コエルが、護衛の言葉を固い声で突き放した。


「あのときは、彼らの足止めのおかげで生き延びられた。そしていまは、シェーナさんたちのおかげで。あなたは、そのとき何をしていたんですか?」

「ああ、すまんのう。コエル族長殿の家族も、含まれとったんじゃな。厄介払いされた・・・・・・・老いぼれのなかに・・・・・・・・


 ギリッと、胸の奥が嫌な音を立てて軋む。無視しろ黙ってろという理性の警告は少し遅かった。


「お前ら護衛は、それを見捨てたのか」

「ああん? 他にどうしろっていうんじゃ? 残って皆で全滅せいとでもいうつもりか⁉︎」

「ああ、そうだよ。どっちにしても一緒だったろ? あたしたちが助けなきゃ、お前らは死んでた。生き残った奴らも、今日明日には渇き死にだった。違うか?」

「ぐッ」

「シェーナ、落ち着いて。それ以上、ダメなの」

「ああ、でも気にすんなよクソチビ。あたしはな、お前らが何を考えてどうしようと、どこでどんな死に方をしようと、何の関心もねえ。そんなご立派な・・・・奴らをわざわざ助けた、自分のバカさ加減に呆れただけだ」

「なにッ⁉︎」

「シェーナ!」

「見捨てられたのは、お前らの方かもな」

「なんとでもいえ!」

「苦しみながら野垂れ死ね。腑抜けの死人どもが」


 売り言葉に買い言葉、ではあったが。最後のひとことは、完全にあたしが悪い。彼らだってきっと本心では自分の非を、怯懦と無力さを理解していたのだ。それでも自分が壊れないよう必死になって守っていた。心の奥に残った、惨めで歪んでちっぽけな矜持を。そんな最後の拠り所まで、粉々にして踏みにじる必要はなかった。


「殺してやる! 貴様だけは、絶対に……!」


 ドワーフの男は殴り掛かってきた。銃を向けかけたあたしを、ジュニパーが身体を張って止める。


「シェーナ、だめ!」


 護衛を止めようとしたミュニオが跳ね飛ばされたのを見て、あたしの我慢はアッサリと限界を超えた。ジュニパーの手をすり抜けるとドワーフの男に渾身の右フックを叩き込む。爆上げされた体力のせいか、固肥りの筋肉ダルマが弾き飛ばされて馬車まで転がる。周囲のドワーフたちは息を呑み、手に手に武器を持ってあたし達を睨みつけてきた。とはいえ、農具や工具、あるいはただの棒だ。

 誰も襲い掛かって来ないのは、あたしたちの武器の恐ろしさを理解しているからに過ぎない。


「そんだけ元気があんなら、もう大丈夫だな。うまく生き延びろよ、この先に待ってる、楽園・・でさ」


 ランドクルーザーに戻って、運転席に座る。最低の気分だ。本当に、最低だ。

 助手席に戻ってきたふたりに、あたしは前を向いたまま話しかける。


「……ジュニパー、ミュニオ。頼みがある」

「聞かないよ」

「わたしも、聞く気はないの。その必要も、ないと思うの」


 まあ、そうね。そうなるよね。だって。


「一緒に行くの。それがどこでも」

「何があったとしても。ね?」


 気持ちは、通じてるんだから。良くも悪くも。


「ああ。愛してるぞ、ふたりとも」

「「ぶひゅッ⁉︎」」


 真っ赤になってるふたりを見て笑うと、あたしはランドクルーザーを発進させる。北で孤立しているドワーフのお仲間・・・を助けるために。

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