枯れた果実
砂混じりの土漠というか土混じりの砂漠というか、赤茶けた緩い起伏と細かくうねる悪路が続く。古いランドクルーザーが出せる最高速に近い、八十キロ超を維持しながら、あたしは懐収納から手当たり次第におやつを取り出し隣のジュニパーに渡す。休憩入れるの忘れてたけど、これは強行軍になりそうだ。
運転席の後ろにある小窓を開けて、荷台の巫女エルフたちに真空パックの束を手渡しながら声を掛ける。
「マナフルさん、みんなごめん! しばらく揺れる! あと、忙しくなるんで栄養補給しといて! あと水分も摂ってね!」
「「「はい!」」」
「シェーナ、これ何?」
「
「了解」
フリーズドライなんで、いわゆるドライフルーツとは違うけど、説明できないしその余裕もないからいいや。後から水飲めば一緒だろ。
内容に関しては書いてある字を読んでもらおうと思ったけど、こっちのひとたちには読めんので絵を見て判断してもらう。こっちにない種類の果実も多そうだけど、知らん。
やたらカラフルに各種取り揃えて大量にもらった乾燥果物と乾燥野菜は、パッケージの雰囲気も見た目の印象もそっくりなので収納から取り出すときとか油断すると混ざる。穴熊シチューのときフルーツミックス入れそうになった。
「もし野菜が混じってたら戻してね。それ料理用だから」
「この、エルフの神木に似たものは、野菜なの?」
しんぼく? なんじゃそれ。
チラッと横目で見ると、ミュニオが持ってるのはフリーズドライのブロッコリーみたいだな。なんて説明すりゃ良いんだ。あ、喰っちゃった。
「美味しいの……♪ 豊かな森のなかにいるみたいな気持ちになる味」
えー。おやつにブロッコリーって、あなたはボディビルダーですか。まあ、本人が満足なら、いっか。
「「美味ひぃい……⁉︎」」
「なんですかこれは、噛むごとに染み渡るような……」
「くちに、いれてると、くだものに、なるですぅ♪」
「ひやぁ……すごーい⁉︎」
なんか荷台がうるさいです。ナッツやらドライフルーツでそこまで感動されるのも不思議な感じだが、野菜やら木の実やら果物やらを食べて暮らすのがエルフの理想っぽいので、それが満たされた感動なのかもしれん。結果オーライ。
ジュニパーはといえば、キャンディーコートされたカラフルな粒チョコをポイポイモシャモシャと食べながら至福の表情。大袋で渡されたそれは、小分けされた袋ごとに違う味――たぶん粒のなかにあるピーナッツとかアーモンドとかプレーンとか――が混じってるらしくて、あれこれミュニオと分け合っては一喜一憂している。見た目はキリッとした年上美女なのに、
「赤いのは赤い味する気がする」
気のせいだよそれ。あたしも子供の頃はそんな風に思ってたけど、コーティングの着色料が違うだけで味は一緒だから。つうか、赤い味ってなんじゃい。
ミュニオやジュニパーに“あーん”してもらって栄養補給しながらも、あたしたちの視線は進行方向に向いたままだ。距離と方向は族長に聞いたけど、道路があるわけじゃなし真っ直ぐ南下したわけでもないだろうしで、すべては推定・推測でしかない。
「シェーナ、方向は合ってるみたいなの。あれ」
いわれて数分後、奥にわずかな傾斜があって、その稜線近くに荷物の残骸が見えてきた。馬車隊が残した荷物だろう。あたしたちと出会った場所からは、距離で二十キロくらいか。この頃には、まだ大量の荷物を積んでいたようだ。
「あの樽は、馬用の水と飼葉なの」
「族長が正しいね。こんな小高い開けた場所で休憩したら盗賊にも見付かるよ。集団の規模と素性がわかっちゃう積荷も、こんな目立つ場所に処分しないで置きっぱなしだし。手前に低地も岩陰もあるのに、護衛の手間を惜しんだんだ」
「シェーナ、ちょっとだけ止まって欲しいの」
双眼鏡を持ったミュニオとジュニパーが、屋根の上に乗って北側を見渡す。
少し高低差があるから見通しはいいけど、見渡す限り赤茶けた荒野が広がるだけで襲われた馬車らしきものは視認できないようだ。
「さすがに、まだ襲撃地点は地平線の向こうだろ」
「うん。追ってきてる敵か生き残りか、いないかなって思ったの。ありがと、もうくるま出して良いの」
「それじゃ、荷台のお嬢さんたち、くるま動くよー」
「多く見積もって八十
ジュニパーの試算は、あたしの予想を遥かに下回った。ミュニオもほぼ同意見。
八十哩というと、百二、三十キロってとこか。ランクルなら二時間前後で行けるはず。無事に見付けられれば、だけど。
「生きてるかな。盗賊に勝てても、水がないと難しいかな」
「それは、いま考えなくても良い。あたしたちは、出来るだけのことをやる。その賭けに勝っても負けても、
「シェーナの、そういうところ好きなの」
「考えなしなとこか?」
笑って訊いたあたしに、ミュニオは笑顔で首を振る。
「逃げないところなの」
「そうだね。無茶するひとは多いけど、その結果を受け入れられるひとは少ないもんね」
「お前らに
ひとりだったら、とっくに潰れてたかも。そもそも、あたしだけなら自分のことしか考えない。考えられない。他人のことなんか気にしてる余裕はない。その後の沈黙のなかで、なんとなくふたりも同じことを感じてるんだなって感覚があった。
「ああ、たしかにこれ、“生きてるって、感じ”だな」
「え?」
「“
「つりばし?」
「絶体絶命のピンチを一緒にくぐり抜けた男女が、そのドキドキを愛情だと誤解する、みたいな?」
ひとりで生き延びようと必死な頃、こんな感覚はなかった。負けて捕まっても勝って逃げ切れても、それは単なる結果でしかなかったから。でも、盗賊砦のときもいまも、不思議な高揚と奇妙な紐帯がある。
「誤解じゃないよ?」
「わかってる」
彼女が指摘したのは、“愛情”のところだ。ふたりに対する気持ちは、あたしも本物だと信じている。
「“生きてる感じ”って、わたしもわかるの。いま、すっごく胸がドキドキしてるの。どんなに怖い敵が待ってても、どんなにひどいことが起きても、シェーナがいったのと同じ。
「「うん」」
「ねえ……恋って、こんな感じなの?」
「ぷははははは! そんなもん知るか!」
「ふふふふ、ぼくも知らない」
おーしやったるでー、という変なテンションで、あたしはさらに気合いを入れてアクセルを踏み込む。満員乗車のランクル爺ちゃんは限界いっぱいなので、それ以上の加速もしないんだけどね。
荷物や轍の痕跡を辿りながら走り続けること二時間ほど。ふたりの試算が正しければ近くまで来ているはずだ。わずかに陽が傾き始めているのを感じる。周囲に山がないので暗くなるまでには少し時間があるだろうけれども、できれば明るいうちに見付けたい。
夜は、たぶん野生動物の動きが活発化する。疲労して出血したひとたちがいるのなら、なおさらだ。
「シェーナ、少し左……そう、そのまま真っ直ぐ」
何かを感じ取ったのか、ジュニパーが方向修正を求めてくる。ミュニオも頷いているので、何らかの気配か音かがあるのだろう。
「血の匂いと、戦闘音」
「生きてるのか⁉︎」
あたしはクラクションを鳴らす。ジュニパーに頼んで、窓からショットガンを適当に連射してもらった。これで、何かが近付いてきてることはわかるだろう。生き残ってる爺さんたちにも、そいつらと戦っている敵にもだ。味方の希望か敵への警告になれば儲けもんだ。
「クソ、間に合ってくれよ!」
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