守る者と守るべきもの

「……ん〜?」


 小一時間ほど北西方向に進むと、あたしの視力でもようやく視認できるようになった。前方に現れたのは、二頭立ての馬車が十五台ほど。粗末で薄汚れた布の屋根がついた、いわゆる幌馬車だ。幌はめくれてボロボロになり、なかに満載された人影が見えている。

 隙間からポロポロと荷物をこぼしながら走っているのは、追っ手の注意を引くためか少しでも軽くして速度を稼ぐためか。どちらにしろそれは成功していない。

 すぐ後ろに追いすがるのは、馬に乗った蛮族っぽい集団。世紀末なら革ジャン着てバイクに乗ってそうなタイプだ。軍には見えないので、どこかの盗賊か。

 数は二十か三十か、砂煙で全体像が見えないので不明。ある程度の距離を置いて、奇声を上げながら威嚇している。相手は乗員満載の幌馬車だ。単騎の馬で追い付くのに苦労するはずはないんだけど。奇妙に思って見ていると、ときおり射掛けられる矢を警戒していることがわかった。どれも余裕を持って躱すところから見て、消耗を待っているのがわかる。


「うぉお、りゃあ!」

「「「せい!」」」


 ドゴーンと、派手な音がして幅数十メートル、高さ十メートルほどの巨大な壁が立ち上がる。遠くから山に見えていたシルエットが、これか。


「あの土魔法……馬車で逃げているのは、ドワーフなの」

「へえ、あれが。まるで城壁だな」


 あんだけデカい壁をぶっ立てて、なぜここまで追い込まれたのかと疑問に思うけれども。理由はすぐにわかる。馬車が逃げ切りの距離を作るのを待たずに、壁が崩落して砂に変わったのだ。そらそうだ。彼らが駆けてきた方角に壁なんてひとつも残っていない。


「術者の魔力切れで、魔法も効果が消えるの」

「……もうドワーフ側は、枯渇寸前てことか」


 その情報は追跡者に見せちゃダメなんじゃないのかね。そんな悠長なことをいってる場合じゃないのかもしれんけど。

 実際、矢も魔法も馬も馬車も、限界が近付いていることは傍目から見て明らかだった。馬の疲労か車両の不調か、何台かは隊列から遅れ始めている。地平線近くからずっと見えてたってことは、何キロもこの状態だったんだろうしな。

 十五台ほどの馬車も、二十騎近い蛮族も、たぶん遭遇時点ではもっと多くいたはずだ。


「マナフルさん、こちらは戦闘になりますが、子供たちの身を守れますか」

「弓矢程度であれば、大丈夫です。多少の負傷なら治癒魔法も」

「それで結構です、落ちないようにつかまってて」


 不安なら停車させて砲台ミュニオとケルピーライダー王子に分かれるところだったけど。ドワーフの馬車かれらと移動しながらであれば戦力を割りたくない。


「ふたりとも、弾薬は」

「わたしは、大丈夫なの」

「ぼくも、まだたっぷりあるよ!」

「ジュニパー、この車から見て、右側の敵はわたしが倒すから、ジュニパーには左側をお願いしたいの」

「なるほど、運転席側の死角撃てない方ね。了解、ぼくは荷台に出るよ」

「今度は、頭ぶつけるようなことすんなよ」


 あたしが声を掛けると、ジュニパーはクスクスと笑いながらドアを開け、走行中の車内から荷台へと器用に乗り移った。


「今回は観客・・が多いからね。無様な姿は、見せられないよ」


 見た目だけならヅカ系美女の残念水棲馬ケルピーは左手を機関銃架に置き、ソーシャルダンスでもするように回りながら右手で胸元から銀の大型リボルバーレッドホークを抜き出す。


「だってぼくは……王子の馬・・・・なんだから!」


 なんだから、じゃねえ。その耽美的な決めポーズは何なんだ。


「敵左翼、こっちに気付いたの」

「ぼくの銃は、まだ少し射程外遠い

「遠いのは、任せるの!」


 ミュニオは助手席から、淡々と発砲を開始した。数百メートル先の盗賊が頭を吹き飛ばされて転がる。八発連射して八人を仕留め、ランドクルーザーは南に向けて大きく弧を描きながら馬車と追跡する騎馬盗賊の間に入る。

 追いすがる盗賊をミュニオが凄まじい連射で弾き飛ばし、わずかに前へすり抜けた盗賊をジュニパーが確実に射殺してゆく。馬車への接近を許さない、という意図は伝わったようだ。問題は……


「貴様ら、ナニモンじゃ! 邪魔するでないぞ、失せろ!」


 ヒゲモジャで筋肉ダルマのちっこいオッサンが、馬車の荷台からあたしたちに怒鳴っている。

 そら、訳のわからんものに乗って、訳のわからん武器を使う、目的と素性がわからんやつの救援なんて受けたくないんだろうが、いまは後回しにしてくんないかな。だいたい、お前んとこ馬車の車軸が分解しかけてんじゃんよ。ガクガクいってるし、もう持たねえよ?

 盗賊を殺しながら隊列の右後方まで追走し、また左後方まで追走しながら盗賊の残りを殺す。五分もせずに追いかけてくる物はいなくなった。馬車の側も、逃げることができなくなったみたいだけどな。御者台で操縦していたドワーフが悲鳴のような叫びを上げる。


「おい、もう車軸がダメじゃ!」


 ほら見たことか。さっき、あたしに“失せろ”とかいってたオッサンだよ。筋肉ダルマの。知るかバーカ。敵は追い払ってやったんだ。せいぜい困りやがれ。

 追っ手がいなくなったことを確認して減速した馬車から、一斉に声が上がった。


「矢が切れた! 予備はないか!」

「後方配置の三両、護衛の魔力はもう底をついたぞ!」

「子供らが限界だ、誰か水をくれ!」

「年寄りが倒れたぞ!」


 ああ、もう。それがどんな奴らであっても、女子供と年寄りには弱い。少し離してランドクルーザーを止めたあたしは、護衛のためジュニパーを荷台に残してミュニオと馬車の方に向かう。


「止まれ! なんだ貴様、エルフの眷属つかいか!」

「えー」


 収納から出したミネラルウォーターのボトルを両手に一本ずつ持ったあたしは、エラそうな態度で立ち塞がるドワーフの筋肉ダルマを見て、心の底からゲンナリする。こいつじゃ話にならなそうだな。


「おい、水ならあるぞ、誰か取りに来い!」

「騙されるでないぞ! こいつはエルフの下僕いぬじゃ、毒でも盛る気に決まっとる!」


 ヤバい。失望があたしの限界値を軽く超えてる。怒りが沸点を超えそう。


「ッざけンじゃねえ! お前が渇き死にすンのは自業自得だけど、年寄りや子供は関係ないだろうが!」

「貴様らの下衆な企みなどお見通しじゃ! そんな手に引っ掛かるとでも思うのか!」


 これはこのバカの独断か全員の意思か、と停止した周囲の馬車を見渡す。目を伏せる者、うずくまったまま動かない者、敵意はないようだが警戒して近付こうとしない者。態度は様々だけど、この筋肉ダルマのバカを止めようとする者はいない。

 もしかして、この低脳が族長とか、そういう決定権を持つ立場の男なんだろうか。そこまで高齢にも賢そうにも人望がありそうにも見えないけど。


「おいクズ、水は要らんのか」

「失せろ!」


 投げナイフみたいのが掠めて、右手に持ったペットボトルが破れ水が零れ落ちる。何人かの命を繋ぐはずの水が、無益に無駄に砂へと吸い込まれて消えた。


「……ふざけんじゃねえぞ、このボケが」


 あたしは、こんなクズが大ッ嫌いなんだよ。個人のクソみたいな感情で、他人の得られるはずだった利益を台無しにするやつがな。


「なんだァ⁉︎ 文句があるなら……」

「あるに決まってンだろ、このクソチビが! それが、ドワーフの礼儀か? 助けてもらって偉そうに吠えるのがテメエらの流儀かって訊いてンだよ! あ⁉︎」


 横からミュニオが近付き、前からはドワーフの若いのが駆けて来るのが見えた。こちらへの攻撃ではなく筋肉ダルマを止めようとしているのがわかったので、銃を抜くのだけは堪える。


「待ってください! 無礼を、この男に代わってお詫びいたします!」

「ふざけるでないぞコエル! なんでこんな奴に」

「黙っていてください! あなたは護衛でしょう! 全員を危機に陥れているのがわかりませんか!」


 年上と思われる筋肉ダルマが、若い男の剣幕に怯む。あれ、この若いの、もしかして少し偉い地位とか?


「だったら、これからはお前が皆を守るんじゃな。族長の息子なら、できるんじゃろう? あ⁉︎」

「あなたよりは、よほどマシでしょう。不注意から盗賊団を呼び込み、しかも排除もできず逃げるしかできなかった護衛隊長・・・・よりもね」

「なんじゃと、てめッ」


 ドゴン!


 足元の砂が轟音とともに弾け飛ぶと、筋肉ダルマも若いのも飛び退って顔色を変えた。


「いつまで遊んでんだクソが。御託はいいから、さっさと年寄りと子供に水をやれ」


 左手で持っていた方のペットボトルを若い方のドワーフに放ると、身構え腰に手を回した筋肉ダルマに銃口を向ける。さっき投げナイフを抜いた位置だ。何度も同じ手を食うかクソが。


「ほら、抜けよ。今度は確実に殺すぞ?」


 あたしの怒りに燃える紅い目を見据えて、ヒゲモジャは青褪め震え始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る