北壁

 お腹がいっぱいになったところで運転交代、日暮れまではあたしがハンドルを握る。


「美味しかったの……♪」

「そりゃ良かった。色々あったし、これからもあるからな。せめて美味い物くらい食べたいもんな」


 午後のおやつには粒チョコとドライフルーツを食べよう。ビタミン補給のためか、爺さんエラい大量の乾燥野菜と果物を入れてくれてた。あと、お茶とナッツ。

 海外産の素っ気ないパッケージのせいでミックスベジタブルと間違えてフルーツを鍋に入れそうになったのは焦ったけどな。

 しばらく非常食で暮らしてみて、軍用レーションによくナッツやフルーツが入ってるのが理解できるようになった。身体が――たぶんビタミンを――求めるのだ。あと甘味。動き続けて疲れたとき、特に食欲のないときには本当に沁みる。


「ぼくたち、幸せに向かってるね!」

「へ?」


 ヅカ水棲馬ケルピーの唐突な宣言に、あたしは思わず助手席を振り返る。満面の笑みを浮かべたジュニパーが、豊満な胸を張った。


「“幸せな人生は、小さな幸せを積み上げた先にある”って、研究施設で、年寄りの研究者がいってた。“最後の最後で大逆転なんて、そんなの破滅と同じだ”って」

「……そう、かな?」

「うん、最初に聞いたときは、ぼくも思った。そうかな、最初でも最後でも勝てば勝ちなんじゃないかなって。でもね」


 ジュニパーは、後ろを振り返る。エルフたちを指してるのかと思ったけど、たぶん違う。彼女は、自分が逃げてきた、自分が経験し、乗り越え、そして捨ててきたものを指している。


「幸せと不幸せの間には、きっと戻れない線があるんだ。そこを越えたら、後で勝っても奪われたものは取り戻せない」

「……ああ、うん。そうかも」

「わたしも、そう思うの」


 爺さんに会わなければ。ミュニオやジュニパーに会わなければ。あのまま独りを選んでいたら。

 あたしは、きっと死んでた。仮に身体が生き延びられたとしても、心が“戻れない線”を越えてた。


「あの子たちも、間に合ってたら良いな」


 あたしはバックミラーに映るエルフの巫女たちを見て、いった。

 口にはしないものの、マナフルさんは一線を越えてしまった印象がある。老成した目の奥に、ちらちらと暗いものが瞬くのを感じるのだ。


「オアシス、良いところだといいの」

「うん。あの子たちが暮らせるような場所だったら良いな」


 やっぱ無理だ、となれば北行きの旅に連れてくのは構わない。でも正直な話、そんな自由な選択肢がある状況にはならない気がする。

 いまも、ミュニオは周囲の警戒を解いていない。前方左右は、まだわかる。でも彼女は、しきりに右後方を気にしている。

 もしかしたら何かの気配か予感か、かを感じ取っているのではないだろうか。


「ジュニパー、左奥のあれ何?」


 地平線近くに揺らぐ陽炎のなかに、赤茶けた何が見え始めた。かなり巨大で高さもあり、横にも広い。生き物のサイズではないので山か丘か、なにがしかの自然地形だろうとは思う。


「う〜ん……山、かなあ? 西側に連なる低山の一部……だと、思うんだけど……」


 大気が熱で揺れまくっているから、視力が良いジュニパーでも判断しにくいようだ。しかも地平線近くとなると……二、三キロは先か。あたしには見えん。


「山なら問題ない。襲ってこないし」

「……う、うん」

「なに、どうしたジュニパー、その妙な間は。こっちの山は襲ってくるとか?」


「山なら、大丈夫だよ。でもあれ、?」

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