穴熊クッキング
「オッケー、じゃ鍋蓋あけてー」
「おー」
なんだかんだで精肉状態になったアナグマ肉を食べやすいサイズに刻んで鍋へと放り込む。一頭丸ごととなると、あたしの雑な解体でも可食部分は数十キロになる。とうてい一食で食い切れる量ではないので、今回使うのは、ほんの一部だ。それでも二、三キロはありそうだけどな。アバラ肉とか美味そうなのに、いまはじっくり炙る時間がない。後のお楽しみだ。
「
「だから、そこの布巾を使いなさいっていったのに……」
鍋蓋を素手で掴んで火傷したジュニパーの手に治癒魔法を掛けるミュニオ姐さん。血と脂肪でデロデロになったあたしの手や調理器具も、浄化魔法でキレイにしてくれた。この旅の間に何度か、身体の汚れも浄化で落としてくれたのだ。エルフの魔法は、なんとなく女子力方向に強い気がする。
「はーい、では肉と一緒にタマネギ人参を入れまーす。炒める時間ないので手抜きでーす」
「シェーナ、ヘンなしゃべり方なの」
「料理教室ふう……って、いってもわかんないか」
「ねえねえ、この野菜すごく甘いね?」
「ジュニパーさーん? 生の人参を齧らないでくださーい」
お前は馬か、ってツッコもうかと思ったところで、じっさい馬なのに気付いた。
まあ、いいか。皮剥いてないのを一本あげると、爆乳残念美女は幸せそうにコリコリ食い始める。こちらの世界にも人参はあるにはあるようだが野生種で、もっと細くて小さくて青臭いのだそうな。タマネギも近似種はあるらしい。でも輸入品なので庶民に馴染みはない。西洋料理で旨味の基本になるタマネギが無いか。帝国の食生活……体験する機会はないだろうけど、あまり期待できなさそう。
「
「それはわたしがやるの」
少し煮えてきたところで味見。
「これなら、カレーにしなくても食べられそうだし……」
「“かれえ”って、前に作ってくれた香草スープ? あれ、すごーく美味しかったよ?」
「カレーなら、獣臭い肉でも食べやすいんだけどさ、この肉なら、このままでも美味しそうだろ」
カレーじゃないとわかって、“すんすーん”て顔になるジュニパー。よっぽどカレーを気に入ったのか、単に珍しい食べ物が好きなのか。べつにカレーでも良いんだけど、ちょっと趣向を変えてみようかと懐収納から缶詰を出す。なんでかサイモン爺さんが山ほど寄越した、米国ホーメル社のチリ缶。肉入り各種もあったけどそれは別の機会にして、ここはベジタリアン用のチリビーンズ。これを四、五缶入れる。鍋は肉ダク状態なのでバランス取れるんじゃないだろうか。
「良い匂い……これ、お芋も入れるの?」
「うん、もう入れちゃって」
煮崩れて粉っぽくならないように、個人的な趣味として芋は最後の方に入れる。水分多めかなとフリーズドライのミックスベジタブルを追加。彩りは良く、香りもなかなか。途中までカレーにするか迷ったせいで、穴熊肉のチリビーンズふう野菜たっぷりシチューというグダグダな感じになってしまった。料理が下手な奴によくある迷走そのままだ。まあ、そこそこ美味そうだからいいや。
缶詰や乾物の入った木箱をふたつテーブル代わりに置いてシーツみたいな布を敷き、上に食器を並べる。ウェスタン好きの爺さんにはこだわりがあるらしい
みんなホーローを初めて見るのか、不思議そうに指で弾いたりしてる。最も食い付いたのは、意外にもマナフルさんだ。
「変わった器ですね。これは、金属……ですか?」
「ああ、うん。金属に、錆びないような……磁器っぽい何かを塗って焼いてる」
何かは忘れた。磁器だったかどうかも覚えてない。そもそも、こっちの世界に磁器があるのかも知らん。陶器は壺かなんかで見かけたけど。
あたしはシレッと自分だけ木製の器と匙を使う。楽だし持ちやすいし。
シチューというか穴熊肉煮込みというか、大鍋の料理は各自で好きなようによそってもらう。チリにはこれだろということで、大箱入りのプレーンクラッカーを出す。
「では、いただきます」
日本のくせで軽く手を合わせたところで気付いた。あれこれエルフ的には何かあんのか。観察したところ、皆あたしを真似て軽く頭を下げるだけで食前のお祈りとかも特になく食べ始めた。エルフ固有のシキタリとかはないようだ。
「おいしッ! シェーナこれすごい美味しい!」
「おおおぉ……うん、旨いな穴熊」
柔らかいのに繊維の密度があって、味わいが濃い。ジンワリと染み出す旨味と脂肪の甘み。ナッツとミルクを足したようなクリーミーな後味で、鼻に抜ける香りも良い。
「これは高級牛肉方向の味だなあ……」
「ぎゅう?」
意外なことにミュニオもジュニパーも、牛肉を知らないらしい。というか彼ら、牛を知らない。
「ちなみに、ミルクは?」
「獣乳のこと? もちろん飲んだことはあるけど、ウシっていうのは知らないよ」
「わたしも、聞いたことないの」
「へー」
チーズやヨーグルトみたいなものもローカルフードとしてはあるっぽい。その素材はヤギやら羊やら魔獣やら、その土地で飼われた家畜のミルクだ。しかし、“
「「「おいしいぃ……♪」」」
「マナフルさん、これ、とろける……」
「ええ、とっても美味しいですね。エルフ豆なんて久しぶりです」
マナフルさんと巫女エルフたちにも好評……なのは良いんだけど、なんじゃ“エルフ豆”って。もしかしてチリビーンズに入ってる……この白インゲンのことか? こっちじゃエルフ豆と呼ぶのか。もしくは、こんな感じの似たような豆があるのか。どうでもいいけど、彼らは穴熊肉よりもインゲン豆の方に食い付いてるっぽい。
「いっぱい食べてね、残っても荷物になっちゃうし」
「「「は〜い♪」」」
「シェーナはご飯にこだわりがあるんだね。すごく美味しいけど、それだけじゃなく野菜をたくさん食べようとしてる」
「
「わたしたちは、他の生き方を選べなかった、っていう方が正しいの。ずっと、“殺してはいけない、奪ってはいけない”って教え込まれてきたから」
ううむ。他人の趣味嗜好に口出しする気はないが、なんか思想をこじらせたベジタリアンみたいだ。
「あたしは、そういう食事が健康に良いって教えられてきたから、かな」
爺さんからもいわれたしな。デカい木箱を渡されて、中身は日持ちのする根菜類だって教えられた。芋、人参、タマネギなど。横の箱には保存食や缶詰やフリーズドライの食材、ビタミンなどのサプリメントも入れたけど、時間に余裕があれば生鮮食品も摂った方が良いって。長期の継続的逃亡生活は食事が脂肪と糖分及び炭水化物に偏りがちで、肉体の不調から精神の安定を欠くのだそうな。その結果、見付かったり捕まったり殺されたりする。
“無事に逃げ切れるかどうかは食生活に掛かっているといっても過言ではないよ”とか、いうてたけれども。
どういう人生経験から語ってんだ、あの男は。
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