雪隠詰めのセッティング
ランドクルーザーの車内で、あたしはジュニパーとミュニオがキョロキョロしているのを見ている。
こっちは外に目を向けたところで何にも見えないのが悔しい。エンジンを掛けてヘッドライトを点灯すれば良いのだろうが、たぶん敵の気配を読むふたりの邪魔になる。じゃあ安全な場所まで移動して、と思ったが視界の悪い夜間の移動は止められた。ミュニオによれば、この辺りにはいくつか崩落しやすい高低差や地下水の噴出による泥濘地があり、夜間移動は危険なのだとか。
「この場に留まったとこで、危険は同じじゃねえのか?」
「
どこにあるかわからない危険に突っ込んで不慮の死を迎えるよりかは、目の前に見えてて殺せる相手の方が安全、てことか。ミュニオさんじゅーにさい、案外脳筋。
「ぼくは蹴っ飛ばす以外に対処法ないんだけど……ミュニオ、攻撃魔法使う?」
「土漠群狼は素早いし、魔力の属性がエルフに近いの。あんまり効果ないと思うの」
近接の物理攻撃と遠隔の魔法攻撃で完璧ペア!(あたし高みの見物!)、みたいなの期待したけど現実は思てたんと違うようだ。さて。
「ところで、そのデザートウルフって、どんくらい危険?」
「う〜ん……成獣一頭なら、甲冑着けた兵士が何人かで倒せるくらいかな。でも一頭でいる狼って死に掛けか
「あのくらいのは?」
あたしは闇の奥にいるであろう当面の脅威を指す。さっきからウォンウォンいうてるけど影も形も見えん。
「
「それで、よく失敗して全滅してるの」
おふたりは軽くいうてくれますな。現在その全滅フラグが立っているのは我々なのですが。
「思ったより、大変な相手なんじゃないのか、それ。大丈夫なのか?」
「わからない。ぼくも、
ジュニパーはひょいと外に出て荷台に乗る。近接の打撃戦が得意な魔獣となれば、狭い車内は不利だ。もしかして夜ならワンチャンあるとかいう話を期待して振り返ったあたしに、ヅカ
「そんな経験をしたやつはきっと、誰も生きて帰ってこなかったからだろうね」
ちょっとぉ! ますます不安になることいわないでくれるかな⁉︎
運転席で身構えてはいるものの、あたしは手持ち無沙汰なことこの上ない。非常時だというのに対処する術がない……というか、武器はあるけど向ける先が見えないのだ。見えてるけど得意の攻撃魔法が封じられているミュニオも助手席で珍しく悔しそうな声を出す。
「見えてるのに……」
「見えさえすれば……」
ん? これセットで考えれば解決策あるんじゃないか?
「ミュニオ、あたしの武器、使ってみるか?」
「あの、不思議な
わんど? なんか魔道具と勘違いしてるみたいだけど、そこはこの際どうでもいいや。
「持ってみて」
「こ、これでいいの?」
「うん。
「わかったの」
「いっぺん撃ってみて。支えてるから、狙って」
「……いくの」
銃声の後で、ミュニオはくふんと満足げな息を漏らす。悲鳴も咆哮も聞こえなかったが、弾丸は狼に当たったようだ。レバーを操作して次弾を装填、それを見せながら手を離してミュニオにひとりで保持させる。
「いまみたく
「わかったの」
いい終わるか終わらないかでミュニオはドゴンドゴンと凄まじい勢いで連射し始めた。
あたしには適当に弾幕張ってるようにしか見えないけど、銃火に照らし出されたミュニオの顔はひどく幸せそうな微笑みを浮かべていて、なんだか奇妙にドキッとしてしまったりする。
「……ふぅ」
満足げな吐息とともに銃声が止むと、荷台のジュニパーが呆れたように笑った。
「すごいね、七頭死んでる。避けられたのは
「ええぇ……」
「エルフは、全員が弓の名手。
ちょと引っ掛かるいい方だったが、それは後回しにしてカービン銃を受け取り、再装填を行う。九発入れて一発を薬室に送り、追加で装填。手探りでミュニオの手を探し当て、銃を受け渡す。
「いまは十発、入ってる。もう撃てる状態になってるから気を付けて」
「わかったの。ありがと、シェーナ」
耳元で囁かれる声が、暗闇のなか吐息めいた恍惚が感じられて困惑する。チビエルフのミュニオのものとは思えないほど艶かしい。年齢相応、といったら失礼なのかもしれないけど。
あたしには見えないものの、連続で発射されるマグナム弾は的確に狼を減らしているのがわかった。向かってきていた殺意や敵意が薄れてざわめくような気配が高まり、どんどん拡散してゆくのだ。
「幼獣と下位の個体は逃げてくの。もう、大丈夫なの」
「追撃は」
「要らないの。狼を殺し過ぎると、他の動物が増えて荒野が広がるの」
ああ、なんか前いた世界で聞いた気はする。狼は自然界で弱った個体とか増え過ぎた草食獣の調整機能なんだとか。自分たちが襲われない限り、肉食獣を殺し過ぎないというのも考え方としてはわかる。
あたしはライフルを受け取って、激励の気持ちを込めてミュニオの背中を叩く。
「ありがとな、ミュニオ。すごい助かった」
「……シェーナ」
「ん?」
「わたし、役に立つの」
ミュニオの顔は朧げなシルエットとしてしかわからないけど、思いつめた表情をしているのは、なんとなくわかった。
「うん、もちろん」
「だから、ここにいて、いい?」
「!」
彼女の、いいたいことはわかった。気持ちもわかったからこそ、いきなり頭に血が上った。急に、無性に、ムカついた。腹立つ。こいつの考え方が。こいつを、こんな風にした奴らが。
「馬鹿いってんじゃねえよ! お前が、ここにいるのは、役に立つからじゃねえ!」
「……だって」
「あたしは、いま暗闇の先が何も見えない。役立たずだ。だったら、一緒にいちゃいけないのか⁉︎ だいたい日が昇ったところで、あたしの能なんて
「そんなこと」
「いってんだよ! お前の……」
「シェーナ」
不穏な空気に荷台から降りてきたジュニパーが、助手席の窓からあたしの肩に触れてきた。その手を振り払いかけて止める。無茶なこといってるのは、あたしの方だ。わかってる。そこは、あたしが悪い。城壁の上で助けるとき照れ隠しと自己弁護のためにおかしな言い訳をしたから、この素直な三十二歳は誤解したんだ。
自分は役に立たなければ……有用であり続けなければ捨てられると。
「あ、あのな、ミュニオ」
「……うん」
「前に、いったのはウソだ。あたしが……あたしたちが、お前を助けたのは。その理由はさ、お前と一緒にいるのは……」
「ミュニオが、欲しいからだよ!」
「「ふぇッ⁉︎」」
いきなり能天気なお囃子に遮られて、あたしとミュニオは小さく奇声を上げた。
「ね? そうだよね、シェーナ⁉︎」
暗闇だけど、わかる。あたしを見てるジュニパーの表情は、ハッキリとわかる。その意図も。彼女は問うているのだ。お互いのこれまでとこれからをご破算にするリスクごと、チップを全部テーブルにぶち撒けて。
“お前は、どうしたいのか”と。
いいね。そういうの好きだぜ、ジュニパー。腹を割る、胸襟を開く、ってやつだ。こいつの襟は裸ペイントで開きっぱなしだけどな。
「あ、あの……わた、し」
「ああ、そうだ。ジュニパーのいう通りだ、ミュニオ。あたしは、お前が欲しかったからだ。お前がいないと生き延びられなかったから。お前が好きだから。お前と一緒に居たいからだよ」
「もふぉッ⁉︎」
肩を抱くようにして耳元に囁く。
「お前が、必要なんだ」
いきなりバチバチッと青白い光が瞬いて、明るくなった助手席で目を回して倒れ込むミュニオが見えた。
「……キュウ……」
「ミュニオ⁉︎」
「おぉう、
「呑気なこといってる場合かジュニパー、どうすりゃ良いんだ、これ⁉︎」
「大丈夫だよ、寝せといて。しばらく使い物にならないと思うけど、身体に影響はないから」
「本当か? これで?」
ミュニオの身体はほんのり青白く発光して、ときおりパチパチ帯電したみたいになってる。気絶してる顔は、そんなに深刻な印象を受けないけど、ていうかエラく幸せそうな顔してるように見えるけど。
「“スパーク”って……何なんだよ」
「魔力制御が未熟な人間の魔導師が、怒りや憎しみで感情が振り切れて、いわば“死に物狂い”になったときに起こるの。でもエルフは感情が薄いから、魔力を暴走させるなんて、聞いたことない」
「でも、実際に起きてるし」
「そうだね。だから、この子きっと……」
ヅカ
「……
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