紅くなったり蒼くなったり

 “市場”との接続が切れて、再び世界が動き出す。

 焚き火の前で並んでいたジュニパーとミュニオが、爺さんから仕入れた鍋釜と包丁まな板を抱えたあたしを見て不思議そうな顔をした。そのうち話そうとは思ってるけど、詳しいことは教えてないしな。


「おーお待たせ、メシの道具を仕入れて……」


 ビリッ!


「……え、ウソん」

「シェーナ、いま何かスゴい音したの」

「だ……大丈夫、たぶん生地が弱ってた、だけだし……」

「でも、お尻出てるよ?」

「……ええええぇ⁉︎」


 鍋を火に掛けようとしゃがんだ結果がこのザマだよ。周りにチビエルフと魔物しかいない環境じゃなかったら大惨事だった……いや、いまも大惨事ではあるんだけど。

 マジか。このタイミングで、着た切りの野良着が……。


「着替えるもの、なかったらわたしが」

「脱ぐな脱ぐなミュニオ、お前のパンツ奪ってまで取り繕う気はないって。……だいいち、そのサイズは入らん」

「じゃ、じゃあ」

「いや、ジュニパーお前のは裸ペイントだから無理だろ」

「はだかぺん?」

「いや、いい。気にすんな。替えの服は、ある……ことはある」

「「?」」


 あるけど……まさか、早くもあれ・・を着ることになるとは。どうにかならんもんか……でも野良着の上着に赤ズボンって逆にヘンだしなあ。そもそも上着の方だって、崩落寸前のボロボロだし……ううむ。

 鍋を水を掛けて沸くまでの間、ランドクルーザーの陰で着替える。癪に障ることに、肌触りもサイズ感も絶妙で、特に下着は素晴らしく着心地がいい。前まで着せられてたのなんて粗悪なアカスリ並みにガッサガサだったから幸福感ハンパない。ありがとう、チョイスしてくれた姐さんたち。

 ただ、問題は……


「わあ、すっごい素敵なの♪」

「うん、良いよシェーナ。とっても可愛いらしいし、良く似合ってる……けど」


「「なんで紅いの?」」


 ……だよな。うん、そういう感想になるよな、ふつう。


「赤が好きなの?」

「好きじゃない。こんな色の服、自分じゃ買ったことない」

「でも、ほら……シェーナって、瞳が紅く輝くでしょ?」

「好きこのんで光らしてるんじゃないし、だいたい前までそんなナゾ機能なかったし……」


 ふたりとも女の子――といって良いのか微妙ではあるけれども――だけあって新しい服には興味津々。素材やらデザインやら初めて見るディテールを質問責めにされるが、あたしはウェスタンに詳しくないので返答に困る。フリンジの意味なんて知らん。

 ちょっと大きかったウェスタンハットはジュニパーに渡した。アゴ紐が付いてるから、変身してもどうにかなんだろ。趣味に合わない――それをいうたら全部合わないんだけど――スカーフとフリンジ付きの上着はミュニオにあげる。


「もらって、いいの?」

「これ、高価たかいんじゃない?」

「いいよ、あたしのカネじゃないし」

「「え?」」

「少しくらい、あたしたちの繋がりを示すものがあっても良いだろ」


 それが奇妙な真紅あかい衣装ってのは、納得しかねる部分もあるんだけどな。

 ともあれ、お湯も沸いたことだし食事の準備に入る。簡単に捌いて切り分けたウサギ肉と、爺さんからもらった根菜類を煮込む。炭水化物も欲しいなと思って、ショートパスタを浮かべた。別鍋で茹でる気力がないので、そこは手抜きだ。味付けは塩胡椒とガーリックパウダー。なんでかガーリックパウダーは余ってたらしく大量にもらった。

 念のためカレー粉がないか訊いてみたら、イギリス製のシャーウッドというブランドのものを山ほど出してきた。紙筒入りから瓶詰め、マイルドからホットまで、ものすごい種類がある。爺さんとこも日本人みたいにカレー好きの国民性なのだろうか。


「なあ、ふたりとも。この粉、少し辛いけど大丈夫か?」

「からい、って?」

「そこからか。ええと……舌が、ちょっと痛くなる」


 ふたりとも不安そうな顔をしたので、マイルドタイプのを少しだけ振り入れる。ふわりと懐かしい感じの香りが立ち上る。イギリス製っていってたけど、インド料理屋のカレーよりよほど日本人に馴染みのある、いわゆるカレーである。


「良い匂い……♪」


 どうやら香りは好評のようだ。幸か不幸か、あたしの狩ったウサギ肉はあんまり臭みを感じなかったけど、これから野生動物の肉を食べる上では使い道が多そうだ。ふたりにも慣れてもらえると料理のバリエーションが広がる。


「さて、食べようか。皿は……これかな」


 大きめの深い木椀を渡して、木の匙を付ける。たしか軍の砦で奪った未使用っぽい備品だ。

 “ウェスタンといったらこれだろう”とかいって爺さんから渡された無骨な感じのホーロー容器もあるけど、あんなもんスープ入れたら絶対、熱くて持てない。他にもアメリカ製ホーメル社のチリやらポーク&ビーンズ缶も大量に渡されたんだが、あのウェスタン好き(と赤色の強要)はどうにかならんものか。だいたい、あの爺さんどう見てもアメリカ人じゃないじゃんよ。白インゲン豆、そんなに好きじゃないんだけどな。


「美味しい!」

「不思議な香り、香草ハーブみたいな……薬草なの?」

「わからんけど、そんなもんかな。たしか身体に良い、はず」

「このぷにぷにした食感のも面白いね。なにこれ?」

「パスタ、だから小麦の粉を固めたもの……かな」

「美味しい……とっても温まるの」


 そうな。砂漠というか土漠というか、この不毛の地は日が落ちると急に気温が下がる。食事の用意をしている最中に日が暮れ始めて、食べ始める頃には真っ暗になった。賑やかに食事は進むけど、もう器の中身があんまり見えん。“真っ暗”というのはよくある表現的な問題ではなく、これが本当に・・・真っ暗なのだ。日本で暮らしていると体験することのない、焚き火の光が届く範囲以外が全く何も見えない真の闇。

 この世界、やっぱあたしの生きてきた世界とことは根本的に違うのかもな。いや、前いた世界でも海外とかだと、このくらいの環境はあるのか……?


「どうしたの、シェーナ?」

「なにか、困ったことでもあったら、話してくれる?」

「ううん、なんでもない。ここまで人里離れたところで夜を過ごすのが初めてだから、少し寂しくなっただけだよ。あたしのいたところじゃ、こんなに真っ暗なことはなかったから……」


 オオォオオオォオオォ……ン……


「え、なにあれ」

「狼。たぶん、土漠群狼デザートウルフだね」

「嘘だろ、ここ、そんなもんいるの?」

「いるというか、獲物を求めて移動するんだよ。一日に十ミレ以上、群れの行動範囲は数百哩四方だって聞いてる」


 ほぇえ……巡回してんのか。もしかしたら、ひとりで野営してたとき見た狼もそんなのの一部だったのかも。

 ジュニパーとミュニオが、急いで掻き込みながらも油断なく周囲の警戒に入る。ときおり一点を見て動きを探っている様子から、ふたりは何かを視認していることがわかった。


「数は……成獣が七頭か。群れの長アルファのオスと順位二位ベータのメスが中心にいるのが一般的だって聞いてたんだけど……?」

「右奥に少し離れて、群れの長アルファがいるの。怪我をしてるか、下位の個体と幼獣を守ってるの。二十近くの群れ、たぶん家族なの」


 こちらが同じ方向を見ても、ベッタリと漆黒に染まった闇以外の何も目に入ってこない。あたしの視力……そう悪くはないはずなんだけど、ここにきて致命的な欠陥が判明した。

 この世界のひとたちに比べて、絶望的に夜目が利かないんだ。


「今夜はランドクルーザーあれのなかで寝た方がいいかも。群れの規模は中くらいだけど……」


 ジュニパーとミュニオが鍋に残ったスープを三人の器に取り分けながら、焚き火を踏み消し食器と食材の片付けを始める。


「あいつら、かなり飢えてる」

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