穴熊肉と魔王のデポ
あたしたちを乗せたランドクルーザーは、荒野を北へと走ってゆく。ガタガタ揺れるしうるさいし、取ってつけたようなエアコンの効きもイマイチ悪いけど、ジュニパーの背に乗るよりは快適な気がする。彼女ひとりに負担を掛けてるとなると、やっぱり気を使うしな。
「涼しいの……♪」
「うん。あと、このお水すごく美味しい……」
どんな魔物だ。
結局、穴倉のエルフたちは見捨ててきた。
デブの貴族を射殺した後、
意味わからん。
「去れ、異界の血は災いをもたらす」
「けッ、好きにしなよ。バカどもの後始末なんて知ったこっちゃないし。アンタたちがどうなろうと何しようと、こっちは痛くも痒くもないしさ」
睨むような目付きで見るエルフの集団を前に、あたしは怒りを押し殺す。気を抜いたら撃ち殺してしまいそうだ。器に合わない力を持つのは、良くないな。堪え性がなくなる。
「でも、ひとつだけ覚えときなよ。あたしは、アンタたちも殺すべきだっていったんだ。アンタたちの命を救ったのは、アンタたちが蔑んだ
「お前に、我らの何がわかる」
「……ホント、死ねばいいのに」
あたしたちが殺したのは貴族が五、六人に兵士が十人ほど。それだけの相手を殺したとなれば帝国では重罪どころの話ではなく極刑確定のお尋ね者だそうだ。
知るかよ。そんなの、いまと変わらんし。
エルフたちは保身のために、あたしたちを売るだろう。その情報は帝国軍に伝わり、いずれこちらの不利に働く。それでも、あたしたちは話し合って、殺さないことに決めたのだ。
それで良いと思った。何かあったら、そのときはそのときだ。“そのとき”が案外すぐ来るものだと、あたしは思い知っているのだけれども。
「タナトーシス、なの?」
「うん」
隣から聞こえてきたジュニパーとミュニオの会話で、あたしは我に返る。ふたり掛けの助手席は長身でグラマラスなジュニパーにはちょっと狭いけど、ミュニオが小柄なおかげでなんとかちょうど良い感じになってた。
「
物知りなジュニパーの解説によれば、“死んだふり”を意味する“
「いや、むしろ農業する側から見たら益獣だろ。なんも悪いことしてないのに殺されて、可哀想じゃん」
「そうだね。あと、ぼくは食べたことないけど、
「へえ。どっかで焼いて食べようか」
冥府穴熊の死体は、懐収納で持ってきてある。胸糞悪い苦労が無駄ではなかったと思える戦利品が欲しかったのが半分、どこかでお墓でも作って冥福を祈ろうとか思ったのが半分だ。美味しいなら食べてやるのも供養かなと思わんでもない。
「「……」」
あれ、なんだふたりとも、そのショッパいリアクション。ベジタリアン志向なガールズにバーベキュー的な食事は不評なのか?
「あの……ごめんなさい、わたし解体、苦手なの」
なるほど。元いた世界のフィクションでもエルフは血を好まないイメージはあるけど、案外そんな感じなのかもな。
「ジュニパーは?」
「ぼく、
「おい待て」
お前、魔物じゃん? しかも、生きた人間を貪り食う的な感じの。本人は気にしてるっぽいから、そこはツッコまんけれども。偏見なのかもしれんが、見た目で好き嫌いすんなとか思ってしまう。
「シェーナは、解体、平気なの?」
「う〜ん、どうだろ」
苦手かどうか以前に、動物の血抜きとか皮を剥ぐとかは、やったことがない。魚くらいなら捌けるけど、扱ったことがある肉は市販の精肉にされたものだけだ。そもそも丸のままなんて売ってなかったし。
「わからんけど、どうにかなんじゃねえの?」
今後のためにも、爺さんから料理用の道具を買おう。前に大小のナイフは受け取ったけど、戦闘用と作業用だ。料理をするには不便すぎる。大き目の鍋釜も欲しい。前に受け取った調理器具はサイズ的にひとり分の想定ぽかったしな。あと、調味料もか。できればカレー粉とか……爺さんのとこで扱ってるかな。
◇ ◇
「おお、シェーナ。良いところに来た。どうだね?」
“市場”を開いてすぐ、振り返った爺さんはあたしに笑いかける。彼の手が示す
いや、そんな些細なことはどうでもいい。
「どう……って、どうもこうもねえだろ」
全部が紅色のグラデーションなのを見て、あたしは思わず気が遠くなる。なんだこれ。なんかの嫌がらせか。あたしは牛じゃねえし。本人のあずかり知らんところで勝手に光るようになった目玉以外、紅が好きな要素は微塵もないと思うんだが。
「ああ、そうそう。忘れてた、これもだ」
御丁寧にも差し出されたウェスタンハットまで真紅なのは既にツッコむ気もしない。こんなもん、絶対かぶらん。
「あ……あのな、爺さん。いってなかったか知らんけど、あたしは逃亡中の追われる身だ。こんなド派手なもん着て悪目立ちしたくないんだよ。つうか、あたしが追いかけ回されてるとこ見てんだから、そんくらい説明したくてもわかンだろ、な?」
半ギレの笑顔で詰め寄るが、爺さんは笑顔のまま微塵も動じない。ボケてんのか。
「大丈夫、鮮やかな色には威嚇効果もある。君の紅い目と同じだよ、シェーナ。自然界の摂理だ」
「ひとを毒ヘビみたいにいうなよ。他の色はないのか。黒とか、茶色とか、カーキ色とかさ。ホントは用意してあんだろ?」
「こっちの住民の趣味は、もっと派手な原色で薄手のシルク地だ。もしくは、ビジネススーツか作業服だな」
だったら作業服でいいよ……と思ったら、爺さんの国で女性はあまりそういう職業に就かないので小さいサイズが流通していないのだそうな。本当かどうかは知らん。
「下着は、そこの麻袋にまとめてある。選んだのは、うちの娘や孫娘たちだ。何か要望をメモにしてくれれば、彼女たちに渡す。ずいぶんと、評価を楽しみにしていたようだからな」
……そっか。そりゃそうだよな。爺さんの趣味もあんのかもしれんけど、選択には女性らしい気遣いが見て取れた。ちなみに、下着はさすがに紅じゃなかった。
「ああ、たしかに趣味は良いよ。品質も良いし、カッコいいとも思う」
でも必要なのは、地味な色の服だ。なんとなく、その言葉を飲み込んでしまう。
「それじゃ、
次に頼むときは、あれだ。アースカラーの……軍用迷彩服かなんかにしよう。それはそれで、街中で悪目立ちするだろうけどな……
◇ ◇
「……帝国? そして、熱帯か砂漠性気候となると……」
「爺さん、知ってんのか?」
追加の取り引きで必要な物資を調達しながら現状を説明すると、爺さんは渋い顔で考え込む。
前から引っ掛かってたけど、この爺さん、こっちの世界の情報を見聞きしてきたみたいだな。下手すると、こっちの事情にあたしより詳しい。
「もしかして、その帝国の北に……ソルベシアという国がないかね?」
「この大陸で、帝国以外に国はないってさ。でも国かどうかは知らんけど、北の外れにソルベシアっていうエルフの楽園があるとは聞いた。連れのエルフが代々語り継いでる噂話でしかないけどな」
「噂話ではないな。それがソルベシア、かつて繁栄を極めたエルフの王国の成れの果てだ」
「“成れの果て”って、それ滅びてんじゃねえの?」
「エルフにとって楽園なのは事実らしい。おまけに、その楽園は周囲を侵食して次第に広がってゆくそうだ」
侵食する楽園? なんだそりゃ。帝国の同類か?
「まあ、その楽園の手前……いまは“侵食”されている可能性もあるがね。大陸の北端から南に五百キロメートルほどのところに、魔王の
「物資?」
「主に銃火器と車両だ。車両は樹脂や油脂類が腐っているから、そのままでは使えんだろうが、おそらく銃火器なら問題ない」
「なあ、“彼”って……アンタ魔王と商売してたの?」
「魔王といっても、元はジャパニーズのビジネスマンだ」
なにワケわからんこといってんだ、こいつ。と思ったら爺さんが代々受け継いでいるのが“異世界の転移者と繋がる能力”なのだそうな。得なのか損なのかよくわからん能力だな。少なくともあたしと繋がったのはあんまメリットがなさそうだ。御愁傷様。
その日本人サラリーマン魔王が残したという物資集積所の地図を渡された。川やら山やら地名やら、書き込まれた文字が日本語なのを見て半分だけ信じる気になった。
けど、表記がざっくりし過ぎて宝の地図レベルだ。これじゃ、わかんねえよ。
「行けるようだったら、行ってみるといい」
「ああ、うん。いっとくけど、いまいる場所は、大陸のかなり南側だ。大陸の北端なんて何千キロも先だぞ? 下手すりゃ着かない可能性だってある」
「それは、まったく構わないよ、シェーナ。いざというとき君の助けになればよし、もし無駄になったとしても誰かが困るわけではない」
それは結構。せいぜい“いざというとき”が来ないことを祈ろう。
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