飼い犬と狼

 あたしは、ジュニパーの背中から飛び降りる。


「シェーナ!」

「お前らは、穴倉のエルフを助けろ!」


 手を伸ばそうとしたミュニオを身振りで制し、先に行くように促す。振り返ったヅカ水棲馬ケルピーは少しだけ逡巡した後、頷いて走り出した。ミュニオの治癒魔法なら、多少の怪我人くらい救えるだろ。こっちはこっちで、やるべきことをやるだけだ。

 移動用の魔法なのか地上を滑るような動きで向かってきていた銀甲冑のエルフは、その場に残ったあたしを見て足を止め槍を構える。距離は十メートルほど。こちらは無手の丸腰に見えるだろうから、襲い掛かってこないことであたしを警戒してはいるのがわかる。さらに混乱を誘って時間を稼ごうと、両手を広げて笑顔を見せてやった。さあ、どう出る?


「貴様」


 すぐに攻撃してこないのは、殺す前に情報を得ようとしているのか、侮って挑発して探りを入れているのか。ピコピコと落ち着きなく動かされる槍の穂先が鬱陶しい。


「軍属以外の亜人には、拘禁枷シャックルの着用義務がある! おとなしく投降して……」

「期待外れだよ、お前」


 杓子定規なコメントから、“自分の頭で考えられないタイプ”だとわかった。懐から取り出した拳銃を突き出し、エルフの足を撃つ。青白い火花みたいのが散って、弾丸が防がれたような感触があった。

 これは失敗したかな。いま大型リボルバーレッドホークに装填してあるのは、威力の低い38スペシャルの方だ。マグナム弾に入れ替える余裕はない。長くて重いカービン銃マーリンは、近距離だと死角に入られそうで怖い。

 まあ良い。いっぺん動き出したら、迷ってもしゃーない。行けるとこまで強気で押して、そこでダメならそんとき考えよう。


「うぉおおぉッ!」


 横っ飛びで避けながら何か攻撃を仕掛けようとした相手に、追撃の二発を叩き込む。流れたタマが脚の甲冑を弾き飛ばした。それが膝か脛かを砕いたらしく、地べたに転がったエルフのなんだか騎士様はもがくだけで立ち上がれなくなった。

 なんだ、呆気ねえの。


「……なッ、なん、だ……いまの攻撃は⁉︎ 魔力発動の……前兆は、なかっ……」

「そんな能書きは良いんだよ。質問に答えろ」


 銃口を突き付けるが、相手は怯みもしない。そりゃそうだ。銃なんて、知らんもんな。魔法の杖かなんかだと思ってんのか、甲冑エルフは銃そのものではなく、あたしの動きを探っているようだ。それが“魔力発動の前兆“、か。

 いつまで待ってたって、そんなもんはねえよ。


「お前、エルフだろ。何で、お仲間を助けないんだ」

「なにッ⁉︎」

「同じエルフがクズどもの遊びで殺されかけてんのに、なんでお前は助けもせずクズの飼い犬として吠えてンだよ」

「きッ……貴様ッ、この魔導剣士を、あんな無能な亜人と……同じだと、で……!」


 膝立ちで起き上がろうとしたところに、もう一発。膝で跳ねた弾丸が反対の内太腿を貫いて血飛沫を上げる。


「が、ぁあああぁッ!」

「同じだよ。あたしから見りゃ、エルフはエルフで、犬は犬だ。野良犬でも・・・・・飼い犬でも・・・・・、さ」


 失血を止めようとしているのか怪我を治そうとしてるのか、憤怒の表情で睨みつけてくるエルフの身体のあちこちで青白い光が集まって瞬いてる。これが治癒魔法か。話には聞いてたが、実際に見るのは初めてだ。効果のほどは知らないけど、なんだか漏電したクリスマスツリーみたいだな。


「それで……なんだか剣士サマが、どうしたって?」

「おのれぇッ!」


 こちらに振り上げようとした槍を撃つ。狙いは逸れて被弾した肘が変な方向に曲がった。知るか。

 歩み寄るあたしを、化け物でも見るような顔でエルフが睨みつけてくる。整った顔をしてはいるんだけど。身に纏った空気と卑しく濁ったような眼が、どうにも醜い。


「ガッカリだよ。何だか大層な肩書きを持ってるっていうからさ。お前……もう少し、マシなやつだと思った」

「……貴、様……」

「そんなわけ、ねえんだよな。知ってた。ご立派なクズなんて腐るほど見てきたのに、なに勘違いしてたんだろうな、あたし」


 最後の一発で頭を撃ち抜くと、エルフはポカンと呆けたような顔で白目を剥き、仰向けに崩れ落ちた。

 ピクリとも動かない男を注視したまま、シリンダーを振り出して今度は357マグナム弾を装填する。どんな敵が来るかわからないので、念のためだ。もし近距離で巨大穴熊を倒す必要があるとしたら、マグナム弾でも心許ない。

 死んでいるのを確認するついでに、エルフの懐を探って金目のものを奪う。皮袋さいふがひとつと短剣がひとつ。高価そうな長剣ももらうが、槍はタマでも当たったのか、ひん曲がっていたので捨てる。

 ポチエルフも、こんなハイエナのような奴に醜いとか卑しいとか、いわれたくないだろうな。そこは反論する気もない。


「ん?」


 戦闘音か、遠くから金属音と怒号が聞こえてきた。悲鳴は女性のものだ。いつの間にやらずいぶん離れてしまったので、走っていくのを諦めて駐車したランドクルーザーに急ぐ。エンジンを掛けてギアを入れ、クラッチを繋いですぐアクセルを床まで踏み込む。無理やり二速セカンドに突っ込む頃には遠くに状況が見えてきた。

 ……が、稜線に乗り上げる寸前、飛び出してきた兵士がランドクルーザーの前で立ち尽くす。


「うわぁああッ!」

「ああ、どけバカ!」


 恐怖の表情のまま固まったふたりは、ランクルのゴツい鉄製バンパーに弾き飛ばされて吹っ飛んだ。スピードは四十キロやそこらだけど、まともにぶつかったせいで兵士たちは転がったままピクリともしない。

 悪いが敵であるこいつらに構ってる暇はない。戦闘音の上がっている方を見れば、思った通り、馬車の前でに乗ったチビエルフが魔法を撒き散らしている。護衛の兵士数人に守られたデブがいるけど、あれが元凶の貴族か。


「殺せ! 何をしている! こいつらをブチ殺せ!」


 剣を振り回す護衛兵士たちはミュニオの魔法を喰らって吹っ飛ばされる。回り込もうとした別の兵士はジュニパーの後ろ足に蹴り上げられて馬車に叩き付けられ、ぐにゃぐにゃの人形のようになって崩れ落ちる。

 怖えぇ……なんだあいつら、あたしよりよほど戦闘力高いじゃん。

 あらかた倒してから降り、救出したエルフのところに向かったミュニオの横で、刀や槍を刺しまくられ剣山みたいになってた冥府穴熊タナトス・バジャーがゆっくり動き出すのが見えた。

 

「おい、嘘だろ⁉︎」


 ヒグマとかと違って二足で立たないから、ミュニオはまだ気付いていない。ジュニパーは気付いているけど間に合わない。


「ミュニオ、後ろッ‼︎」


 ジュニパーの声で振り向きざまミュニオは至近距離から攻撃魔法を放つ。青白い光が飛び散って、穴熊に弾かれたのがわかる。おいマジか。

 あたしはランドクルーザーのボンネットから屋根に駆け上がり、カービン銃マーリンを構える。

 ああ、クソ。まだ五十メートル近くある。射程内ではあるんだろうけど、あたしの腕じゃ厳しいぞ、これ……!

 狙って、初弾を撃つ。当たったような気もするけど確認できない。レバーを操作して次弾を装填、二発目と三発目は血飛沫を上げているのが確認できたけど、倒れない。四発目。まだ動くか。五発目。止まった。屋根から降りて走る。


「離れてろ!」


 ジュニパーに身振りで伝え、ミュニオを下げさせる。今度こそ死んでいるのかどうか、確かめるため至近距離から目玉にマグナム弾を撃ち込む。


「さすがに、これで死んだだろ」

「ごめん、シェーナ。注意するの、遅れた」


 人型に変化したジュニパーが、ミュニオを守る姿勢であたしに頭を下げる。


「いや、よくやったよ。エルフは?」


 指差す方を見ると、穴倉の横で十人ほど倒れているひとたちがいた。半分ほどはまだ意識がなく、もう半分は消耗して動けずにいるようだ。


「治癒魔法は、掛けたの。もう、大丈夫なの。行こう、シェーナ」

「え? エルフたちあいつらは?」

「ぼくが、魔物・・だってバレちゃった。一緒にいるのを見られたから、あのひとたち、近付くなって」

「助けてもらっておいて、それ?」

「いいの、シェーナ。あのひとたち、そんなこと頼んでないの。貴族を殺したのが、同族エルフだってわかったら、自分たちも罪を着せられるって、思ってるの」


 なんだそれ。

 耳障りな引き笑いに振り返ると、馬車の横に貴族のデブが隠れているのに気付く。


「終わりだ。皆殺しだ。お前も、お前も、お前らみんな。お前らだけでなく、一族郎党だ」

「あ?」


 怯えた顔で震えながら、デブは痙攣するようにニヤニヤと笑い、あたしたちをひとりひとり指差して必死に虚勢を張る。


「亜人の村ごと、全てを焼き払い、苦しみ抜いて死ぬように……」

「なあ、そこのデブ。いまの状況を見てホザいてんのか、それ?」


 神経質なニヤニヤ笑いを貼り付けたまま、デブは激しく首を振り始める。


「笑わせてくれる。帝国貴族に楯突いて、生きていけるとでも思っているのか? 馬鹿な、どこに逃げても、どこまで逃げても、拘禁枷シャックルの呪縛からは逃れられん」

「だからさ」

「んぶォッ⁉︎」


 苛立ったあたしはデブの前まで踏み込んで、横っ面を蹴り飛ばす。白い欠片が飛んで行ったが、気にしない。たぶん砕けた歯だ。


「お前、ミュニオこいつやあたしが、そのシャックルやらいうのを着けてるように見えンのか? あ⁉︎」

「うッ⁉︎」

「もしそうだとしても、それを聞いてあたしが、手心を加えるとでも思ってンのか? この状況で、いまさら? なあ、お前……本当に、そう思ってンのか? なあ⁉︎」


 ようやく現実が見えたのか、ハッタリが効かないと理解したのか。デブの貴族はガタガタと震え始めた。汗と涙と鼻水を吹き出しながら、汗だくで引き笑いのような嗚咽を漏らす。

 デブに興味を失ったあたしは、馬車の周囲に転がる兵士や貴族の死体から皮袋さいふや貴金属類を剥ぎ取る。質の良し悪しはわからないけど、拾っておけば使い道くらいはあんだろ。出血が少ないせいか、あたしが倒した死体よりもアイテムの回収は楽だ。

 サクサクと済ませた後で、デブを振り返った。


「悔い改めたか?」

「……なに、をおおッ! 魔族もきの分じゃいでッ!」

「ンなわけねえよな」


 怒りと憎しみの篭った目を見て、笑う。こんなやつ、まともな弾丸を使う価値もない。取り出したルガー・ラングラーで、至近距離から顔面を撃つ。たまたま目玉に入った22口径弾が脳に達したようで、天を仰いだデブは後ろに倒れ込み、ブリッジに失敗したような姿勢で痙攣し始めた。


「まだ五発ある」

「「「ひッ!」」」


 助け出され治癒魔法まで掛けてもらった挙句に無礼な態度を見せたエルフの一団に目をやりながら、あたしは笑う。


「あ、ありがと、シェーナ。ぼくは大丈夫、だから、もう行こう?」

「シェーナ、ああいうのは、ほっといた方がいいの」


 困った顔のミュニオとジュニパーが、彼らとの間に立った。あたしを止めようとしているのだ。それはたぶん、無礼なエルフたちあいつらのためじゃない。

 ふたりが止めたいのは、一線を超えても殺し続けるようになって、あたしが変わっていくこと。

 なんとなく、そんな気がした。


「あいつらも、このデブと同類じゃん。助ける必要なんてなかったんじゃん」

「……うん。……ごめんなさい」

「いや、ふたりが謝ることじゃないよ。あたしは……いまさらだけど、本当に助けるべきだったのは」


 剣山にされて蜂の巣にされて、事切れた哀れな冥府穴熊を指す。


「あいつだったと思うんだよね」

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