グレイヴ・ディガー

「ばじゃーでぎんぐ?」

「……ああ、うん。シェーナは知らないよね。追い込み猟ディギングっていうのは、魔物の巣穴に入って追い立てる狩りのことだよ。冬眠してるクマ系の魔物とか、細かく枝分かれした巣穴に住むウサギ系の魔物とかを……」


 ジュニパーが困った顔でいう。


「ふつうは犬をけしかけたり、魔法とか魔道具の煙でいぶり出すものなんだけど」

「へえ。そんじゃ、その……冥府穴熊タナトスバジャーには、なんでエルフを使うんだ?」


 狭い穴に入るのが得意、っていうのはエルフよりドワーフのイメージがある。そういうとジュニパーとミュニオは、ますます困った顔になった。


「そうだよ。巣穴に入るなら、ドワーフの方が向いてる。逆に、エルフに仕留めさせたいなら地上まで追い立てればいいんだ。冥府穴熊は大型で皮膚も毛も硬いけど、移動速度は遅いし攻撃範囲リーチも狭い。開けた地上で弓や槍を使えば、比較的安全に対処できる」


 ジュニパーは、ため息まじりに首を振った。


「それは穴熊の方もわかってるから、地下に潜って出てこないんだけどね。ふつうの犬は怯えて巣穴に入らないし、魔法や魔道具の煙は阻害されちゃう」

「魔物が、阻害? 魔法を?」

「そう。龍種以外の魔物では珍しいんだけどね」


 当然あたしは知らないが、冥府穴熊タナトスバジャーとやらは、えらく魔力が強いのだそうな。ということはつまり体内に魔力を蓄積する魔珠まじゅというのが大きく、仕留めればかなりのカネになる美味しい獲物なのだとか。

 なるほど、魔珠か。魔物を仕留めたときのために覚えとこう。


「成体を一頭倒せれば、庶民なら一生遊んで暮らせるくらいのお金になるんだって」

「倒せれば、だろ。穴倉にエルフをけしかけたら殺されちゃうじゃん。実際、そこで怪我人か死人かが出てるわけだしさ。虐げられてるからって、わざわざ不利な状況で危険な目に遭わせる意味がわかんないんだけど」

「意味は……ないの」


 なぜか口ごもるジュニパーに変わって、ミュニオがあたしに教えてくれた。


穴熊追い込み猟バジャーディギングは、人間の娯楽・・なの」

「は⁉︎」

「ホントなんだよ、シェーナ。少なくとも帝国じゃ、亜人や使役動物を魔物と戦わせて、その殺し合いで賭けを楽しむのが貴族の嗜み・・なんだってさ」


 狭い場所での戦闘が得意なドワーフを使って狩るのは“逃げ”であり、あえて不利な条件で――つまり、エルフを使って――戦わせてこそ勇気の表れとして賭け率が上がるのだと聞いて、思わず怒りで目眩がした。


「その貴族が自分で戦うってんなら、ご立派な口上だけど……そいつら、見てるだけなんだろ?」

「うん。弱って瀕死の獲物に、とどめを刺すくらいは、するみたいだけど」

「命懸けで戦ってきた他人の功績を最後にさらってくって……ただのクズじゃん」


 三人で近付くと、少しだけ高くなった場所に潰れた蟻塚みたいなものが見えてきた。


「あれ、穴熊が巣穴を掘ったとき土を掻き出した跡なの。出入りする穴は他にもいくつもあるから、エルフを送り込んだら貴族が待ってる出口だけ残して、土魔法で逃げ道を塞ぐの」

「出口……って、そこで貴族が見物してるのか」

「そうなの。猟犬の主ハウンドマスターがいるのは、たいがい風下だから……たぶん向こうなの」


 ミュニオが指した先に、地表より少し低くなった窪地のような場所があった。さっきまで見渡しても見えなかったわけだ。そこに、大型の装甲馬車が停まっていて、酔っ払いが騒ぐような歓声が聞こえてくる。

 ような、ではなく酔っ払ってるのか。本当に、あいつら娯楽として楽しんでるんだ。古代ローマとかでも、娯楽として観客を集めて剣闘士を猛獣と戦わせることはあったらしいからな。

 それでも、当時の戦闘奴隷はリスクに見合う富と名誉を得られたんじゃなかったっけ?


「あそこに向かって、みんなで穴熊を追い立てるの。逃げ道を塞ぐのが勢子ビーター、追い立てるのが猟犬ハウンド……足止め役は生き餌ライブベイツって、呼ばれてるの」

「最後のが、エルフ?」


 ミュニオは悔しそうに首を振る。


「たぶん、全部エルフ。でも狭い場所で、武器もない、拘禁枷シャックルで魔法もほとんど使えないエルフに、できることなんてないの」

「その穴熊ってのは、どこに……」

「あッ、シェーナ! もうすぐ出てくるよ。ほら、あの右奥!」


 ジュニパーの説明が終わるか終わらないかのうちに、横穴から飛び出してきたのは異様な生き物だった。

 体長は二メートル前後の、ずんぐりした体躯たいく。全身を覆った分厚い茶色の毛は血塗れで、剣や槍を打ち込まれ、あちこちに焼け焦げがある。どれだけ痛めつけられたのか、かなりの興奮状態のようだ。甲高い悲鳴を上げては手当たり次第に手足を振り回している。


「……う〜ん?」


 なんか、思ってたんと違うな。頭が細くて小さく、興奮状態の威嚇姿勢でも立ち上がらず伏せたままだ。あたしがイメージしていた生き物クマとは、ずいぶんと印象に差異がある。


「あれ……本当にクマか?」

「穴熊はクマじゃないよ。どちらかといえば、イタチウィゼルの仲間だ」

「へえ……」


 どうでもいい。けど、問題はあの剣やら槍やら焦げやらのダメージを穴熊に与えた奴らがどうなったかの方だ。


「ミュニオ、エルフの連中は」

「穴の奥、倒れてる。まだ死人は出てないの。いまなら、助けられるの」

「ジュニパー、あそこを突破できるか?」

「できるけど、穴倉に入れない。高さが」


 なるほど。速度と力を発揮する水棲馬ケルピー形態では穴で頭がつっかえると。かといってジュニパーは人間形態だと、ふつうのお姉さんくらいのパワー感だもんな。穴の入り口直前まで行ってあたしが降りるか。ひとのいない他の入り口まで戻るか。


「いまのわたしなら、土魔法で塞いだ入り口を開けるの」

「おっけー、そんじゃ撤収。最優先はエルフの救出……どしたジュニパー」

「まずいよ、シェーナ……あいつ、こっちに気付いた」

「穴熊? 大丈夫だよ、最悪あの四輪駆動車クルマで逃げれば」

「違う、あっち」


 ジュニパーは装甲馬車を指す。おかしな酔っ払い連中を満載したDQNミニバンみたいなそこから、銀甲冑の男が屋根に登ってこっちを見ていた。腰に剣を吊り、肩から白い帯をたすき掛けにして、片手に短めの槍を持ってる。アホどもの護衛なのか、酔ってもいなければ油断してもいないようだ。鋭い眼光は、真っ直ぐこちらに向けられている。

 驚きはしない。あの馬車に乗ってるのが貴族だとしたら、腕の立つ護衛の兵士くらいは付けるだろ。


「心配すんな、向かってくるなら撃ち殺すから……」

「ダメ、ふたりとも乗って!」


 あたしとミュニオを背に乗せて、ジュニパーはそのまま馬形態に変わる。ダッシュで距離を取るあたしたちの背後で青白い光が瞬き、轟音と土煙が上がった。なにあれ、爆弾?


「帝国軍にも、あんなの滅多にいない。たぶん、あの馬車に乗ってたのは、かなりの高位貴族だよ。白帯・・の魔導剣士を護衛に付けるなんて」


 え、待って待って、なんか中二病がぶり返す胸アツなワードがあったけど。


「魔導剣士になるには、魔導技術を極める頭脳と、剣術を極める体力、片方でも難しい鍛錬を同時に積む熱意が必要なんだ。両方が中途半端になりがちなんだけど、剣士や魔導師を超える領域に達した者だけに与えられる称号が、白帯だよ。帝国でも歴史上、百人もいない。いま現役の白帯魔導剣士は、たぶん三人くらい」

「……おっかしいだろ、それ」


 なんでそんなマッチョな優等生みたいのが穴熊いじめで賭けしながら酒飲んでるようなクズのお守りしてんだ? そして、なんであたしたちを追ってきてるんだ?


「……おかしいの。あのひと」


 ミュニオが小さく声を上げる。


「エルフなの」

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