サンド・クルーザーズ

「もう尻が限界。爺さん、なんか車くれ」


 いきなり切り出したあたしの言葉に、爺さんは少しだけ目を見開いた後、首を振って苦笑した。


「構わないとも。運転ができるのであれば、早くいってくれればよかったんだが……」

「できないよ。日本じゃ運転免許が取れるのは十八からだ」

「シェーナは?」

「十七」


 ふむ、と爺さんは何かを考える。


「まあ、どうにかなんだろ。警察の取り締まりがあるわけじゃなし、信号もなけりゃ交差点もない。あるかもしれんけど、そんな場所は通らない。ぶつかって困るようなもんも――少なくともこっちが困るようなもんは、ない」

「それも道理だな。目下の問題は、だね」


 爺さんは何かを考えている。


「カネのことなら心配すんな。あれから集めたのがある」

「いや、気にしているのはそこじゃないんだ」


 実際には新しく集めたわけじゃなく、前に手に入れた金貨銀貨から渡さずストックしておいたものが大半だけど、そんなことはどうでもいい。ちなみに銅貨は渡しても換金できないそうだからけておいた。


「そういや爺さん、金貨はいくらで引き取る?」

「五百ドルだね。そこのは少し混ぜ物があるようだ。銀貨は二十ドル」

「ここに金貨が十六枚と銀貨が四十枚ちょっとある。トータルで……ええと、八千と八百ドルか。これで買えるような車はあるかな」

「カネなら、前に受け取ったものが、かなり残っているから不要だよ。それより、どんな道を走るのか訊きたい。必要な装備や条件があれば、それもだ」


 あたしは少し考える。自分の目に映ったもの以外は、ジュニパーから聞いた伝聞情報でしかない。


「通るのは、しばらく緩やかな山道。その先は土混じりの砂漠らしい。千キロ先にオアシスみたいなところがあるっていうから、最悪そこまで行ければいい。乗るのは、あたしと連れの女の子がふたり」

「そういう用途なら、とびっきりのがある。燃料付きで渡そう」


 爺さんが何やらあたしの視界外まで行くと、こちらには入れ替わりに車が現れる。


「なんだこれ」

「シェーナの国で作られた地上最強のSUV、トヨタのランドクルーザーだ。オフロードを走る上で、これ以上の車はない」

「へえ……ずいぶん古そうだな」


 形式としては、なんちゃら45とかいうらしいが、そんな能書きは知らん。前半分はジープみたいな姿で、後ろがトラックみたいになっている。ランドクルーザーは聞いたことがあるし見た記憶もあるけど、こんな格好だっけ?


「前のオーナーが完全に修理と整備を行って、状態は完璧だよ。走行に関わる部分では、何の問題もない」

「いやいやいや待て、問題あるだろ! 何なんだよ、この色⁉︎」


 たしかに“走行に関わる部分”ではないかもしれんけど。目の前の車体は、ド派手なツヤ消しピンクで塗られていた。いくぶんホワイトが多めだが、明るいピンクには違和感しかない。ハリウッドの映画スターやロックシンガーがロールスロイスに塗ってそうではあるが、こんな実用車に使う色じゃねえだろ。どんな趣味だ。


「まさかベージュに塗ろうとして失敗した……とかじゃないよな」

「ああ、もちろん。砂漠で目立たない塗装として、こちらの地域では伝統ある配色だ」

「これが?」


 爺さんが嘘をつくとき、ごまかそうとしているときは、なんとなく、わかるようになった。いまが、それだ。極論をいえば車体の色が何だろうと構わないっちゃ構わないので、ここは聞き流してやることにしたが。


「砂漠で、目立たない……?」

「イギリス軍特殊部隊のランドローバーで使用されて有名になったんだが、“ピンクパンサー”は知らんかね?」


 知らん。アニメのマスコットみたいのなら見たことあるが、詳しくない。そもそも、ふつうの人間は、隠れる前提で砂漠を走ったりしないだろ。荷台の前の方に謎の支柱があるけど、たぶん機関銃とかをくっ付けるモンだよな。車体にいくつか丸い穴が開いてるし。タマが当たったみたいな痕だ。前のオーナー、テロリストかなんか?


「フロントシートは三人乗りだ。要望通りだろう?」


 見るとたしかに、運転席と助手席の間に肘掛けみたいなスペースがなく、その分だけ助手席のシート幅が広い。あんま見かけない形式だけど、三人くらいは座れそうだ。大きめなジュニパーと小さめなミュニオで、助手席に収まるかどうかだな。


「タンクは六十五リットル、満タン給油フィルドアップしてある。燃費は使用状況によるが、リッター五から八キロメートルってところだ。予備のディーゼル燃料を二十リットルの携行缶で六本、荷台に積んである。千キロ走破は可能だと思うが、足りなければ追加で出そう」

「おっけー。それより爺さん……もしかして、これマニュアル?」

「そうだ。この手のタフな車にオートマティックトランスミッションは、ほとんどない」


 また少し何かをごまかしたような印象を持ったけど、まあいい。最近の車にはオートマもあるんだろうけど、たぶん買えない。この車で最大の試練はたぶん、マニュアル操作だ。オートマなら踏むだけなんだけどな。簡単に運転方法を聞いて、あとはやってみるしかない。


「では、健闘を祈るよ」


 爺さんとの接続が切れて、時間が動き出す。いきなり現れたランドクルーザーの姿に、ジュニパーとミュニオが目を丸くしていた。


「シェーナ、何これ? 馬車?」

「そうだよ。これをジュニパーに引かせようかと思って」

「「えッ⁉︎」」

「これ、鉄……だよね?」

「すごく、重そうなの……」


 不安げな顔であたしを見る、ヅカ美女な馬とチビエルフ。ちょっと揶揄からかうつもりが、思わず笑ってしまった。ジュニパー、ホントに押そうとしてるし。


「ぐぬぬぅ……!」

「ごめんジュニパー、冗談だよ。これは、あたしのいたところの乗り物で、油を燃やして走る……なんていうか、魔道具みたいなものだ。これなら、少しは距離を稼げる」


 説明しながら、でっかい車体を点検する。運転席の後ろ、荷台の最前部にスペアタイヤが固定され、荷台には燃料の入った金属製灯油タンクみたいのが六本。クランクを回すタイプの給油ポンプと、携行食の段ボール箱、ビニールで束ねられたミネラルウォーターのパックが積んであった。

 サービスか。あの爺さん、たまに気が利くな。

 運転席に乗り込んで、あまりに素っ気ない内装に驚く。目の前にあるのは、細くて大きな鉄の輪でしかないハンドル。ダッシュボードというのか、計器板がある場所は鉄板が剥き出しのままで、そこにスピードメーターと燃料計、水温計なんかが並んでいる。運転席脇の床から生えている棒が、難関であるマニュアル車のシフトレバー。先が丸くなっただけの、ステッキみたいな、本当にただの棒だ。

 さて、やってみるか。ペダルは真ん中がブレーキで、右がアクセル。そして左が、ギアを入れ替えるときに踏むという、クラッチだ。


「シェーナ、これ動かせるの?」

「……たぶんな。ほら、乗って」


 何もないとこで真っ直ぐ走らすくらい、どうにかなんだろ。開き直って、あたしは笑う。

 なんかあったら、そんときはそんとき。こいつらも一蓮托生だ。

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