嫌がらせの弾丸

 ふたりと一匹で自由への逃避行を始めたのも束の間、順風満帆な旅路は案外あっさりと終わった。


「も、ダメ……」


 小一時間ほど走ってなんとか追っ手を振り切り、視界の悪い山道を抜けたところでがへばったのだ。人型に変わって倒れたジュニパーは、ミュニオから手であおがれている。


「……ごめん、ふたり、……とも」

「ううん、少し休むの、ね? ジュニパー、半刻は走り通しだったの」


 最初に乗せてもらったときには小一時間ほど平気で走ってたけど、彼女の場合、問題は体力じゃないようだ。


「うぅ……み、水ぅ……」

「ああ、そうか。水棲馬ケルピーってくらいだから水がないとダメなのか」

「でも、この辺りに水なんて……なさそうなの」


 ミュニオとあたしは周囲を見渡すけど、山を降りた先は、しばらく灌木が点在するだけの荒地だ。水辺はおろか民家も集落も、それどころか碌な起伏や遮蔽物もない。追っ手に見付かったら逃げられないな。現状はそれどころじゃないけど。


「なあ、この国、もしかして水が乏しい?」

「そうなの。雨季が終わったところなのもあるけど……」

「……うん、そうなんだ。周辺国の水資源を、奪おうとして……拡大してきたのが……帝国の、母体だって」


 この魔物、ヘロヘロなのに流暢。しかも意外と物知りである。ただ、帝都がどんなんかは――というか、どこにあるかも――知らんけど、現状がこれでは“奪えてないのでは?”と思わんでもない。

 実際、通過してきた山道も全体に乾燥していて、沢や湧水の気配はなかった。雨も、この世界に来て以来ほとんど経験していない。もっと南にあるスラム街みたいなところで、じめじめ惨めったらしい雨が降ってたの以外、記憶にない。


「水棲馬って、近くの水源を嗅ぎ当てられたりしないのか?」

「……する。七哩先に、干上がった、毒沼。十四哩先に、枯れた川。……三十哩先に、枯れ井戸」


 みんな枯れてんじゃん。丁寧にあちこち指差して報告するが、使える情報はない。


「それじゃ、地下水脈とかは?」

「四半哩も掘れないよ……」


 おう。四百メートル近くあるのか。無理だな。


「う〜ん……飲み水なら、あるんだけどなあ」

「「え?」」

「……ん? なんで驚いてんだ? ほら、これ」


 束になったペットボトルのミネラルウオーターを渡すと、魔物とエルフは歓声を上げて貪り飲む。


「おいウソだろ、さっきから探してたの、飲み水だったのか⁉︎」

「逆に、何だと思ったの?」

「……ジュニパーが浸かる水。……そうしないと、干上がっちゃうのかと思って」


 正直に話したあたしは、ふたりから苦笑された。乾季が始まったこの時期、水棲馬ケルピーの身体が浸かれるほど大量の水は、ほとんどないそうな。そういや最後に浸かった沢の水も、あたしが半身浴するのも微妙なくらいしか水深がなかったしな。


「ミュニオ、怪我は大丈夫か?」

「うん、平気なの。治癒魔法が使えるようになったの、シェーナのおかげなの♪」


 ジュニパーから聞いた通り、エルフの魔法は大したものでミュニオの顔と身体の傷も腫れもアッという間に綺麗になった。


「……ありがと。もう、行けるよ」


 ミネラルウォーターを一リットルほど飲み干して、ジュニパーはふうと息を吐いた。


「無理すんな。まだフラフラしてんじゃん。いいから少し休んでろよ」

「そう、かな? ……うん、ありがと」


 いまのところ、追っ手が来る様子もない。炎天下を移動すると体力の消耗が激しいし、もうすぐ日が傾く頃だ。視界の開けた土地を移動するなら、夜の方がなんぼか見付かり難いのではないかと考えたのもある。

 それよりなにより正直、あたしは慣れない乗馬で酔った。尻も股も痛いので、もう少し休みたい。


「シェーナ、優しいの」


 誤解されたが、特に否定するのもツンデレっぽいので無難にスルーしておく。


◇ ◇


「攻撃召喚?」


 爺さんから手に入れた携行食を齧りながら、あたしたちは沈む夕陽を眺めていた。遮蔽のない荒野の移動は、三人で話し合って、日没後から深夜までと決めた。


「そう。以前は、召喚とは勇者や賢者、聖女を異界から呼び出して、魔王や魔族を滅ぼす尖兵にすることを目的にしてたんだ。それが、ここ二十五年四半世紀ほどで意味が変わったんだよ」

「意味? どんな風に?」

「最初の変化はね、魔王が現れなくなったり、逆に勇者が現れなくなったり。召喚が費やした対価や労力と見合わなくなったことなんだ。そんなとき……三、四十年くらい前かな。魔王を名乗る・・・召喚者によって、大陸北部の併合地一帯が滅びたんだ。駐留していた帝国軍の兵士と移民、十万近くが行方不明になった」


 その結果として生まれたのが北端にあるソルベシアの森だ。経緯はよくわかんないながらも、“焼畑農業のデッカいの”くらいのイメージで頭の片隅に置いとく。


「それで?」

「その当時は、まだいくつも国があったんで、召喚の被害を知った国々では、大金掛けて自国に召喚するよぶんじゃなく、“敵対国”に送り込むのが一般的になったんだ。っていっても、送り込む先は大陸全土で侵略制圧を続けてた帝国なんだけど」


 ひでえな。つうか、壊滅的打撃を反省して召喚を止めた、って展開にはならんのか。ならんだろな。このへん、原子力エネルギーの開発から核兵器、みたいな流れ? ちょっと違うか。


「……おい、ちょっと待て。それじゃ、あたしたちは……っていうか少なくともあたしは、いまの帝国の奴らにとって敵扱いか? 好きこのんで放り出されたわけじゃないのに」

「ああ、うん。でも……敵というのは少し違う、かな」

「へえ」

「世界を害する災厄だよ」

「余計悪いわ!」


 あたしは頭を抱えて唸る。そりゃ迫害もされるわな。おまけに、過去にこの国を潰し掛け現在も侵食を続ける魔族の楽園を築いたのが召喚者にして魔王の力によるものだとなれば尚更だ。


「召喚者の見分け方は」

「あまり、明確にはないみたいだね。見た目や年齢性別、性格や能力も驚くほどにバラバラだっていうし。ただ、魔族や亜人を守ろうとすると、疑われる。南に行くほど、その傾向は強いかも」


 急にふたりが黙り込む。なんだそりゃ。ここまで真正面から帝国軍に喧嘩売っといて、いまさらどう思われようと知るか。だいたい帝国軍兵士あいつら、あたしひとりでスラムを彷徨ってたときから殺す気満々で首に縄掛けて引きずり回しやがったじゃねえか。


「良いの? ぼくらといたら、召喚者だってバレちゃうけど」


 あたしはカービン銃マーリンを掲げて笑う。


「こんなもん武器にしてる時点で、お前らいなくたってバレバレだよ。さすがにあたしも、縁もゆかりもない魔族やら亜人やらを、わざわざ出張ってまで守ろうとは思わないけどさ」


 いまの話を聞いて、“じゃエルフやドワーフや獣人を虐げなきゃ”って切り替えられるわけないだろうが。むしろ殺したいと思ってる相手は人間だ。あいつら、隙さえあれば踏み付けてくるし殺そうとしてくるからな。


「こちらに危害を加えてこない限り、あたしは魔族にも亜人にも手は出さない。何の恨みもない相手に攻撃なんてできるかよ」

「うん。魔物も、だよ……ね?」

「ね、じゃねーよ。魔物は普通に駆除対象だろ」

「なにそれ、ひどい⁉︎」


 冗談であたしが揶揄からかうと、ジュニパーは両手を胸の横に置いて首を振る。あーもう、ブリブリした格好で悶えんな。目の前で無駄肉がバインボイン揺れて非常に鬱陶しい。


「ウソだって。ジュニパーがいてくれたから、ここまで来れたんだしな。魔物も、襲われない限りこちらから攻撃なんてしない」


 それを聞いたイケメン風ヅカ水棲馬ケルピーは、ふわりと幸せそうに笑う。


「ありがと、シェーナ。ミュニオもね。ぼく、七年の人生でいちばん……」


「「ええぇッ⁉︎」」


 あたしとミュニオの声が重なる。キョトンとした顔してるけど、こいつ……この爆乳ヅカ美女、年下⁉︎ つうか年齢、半分以下じゃん⁉︎

 どうなってんだ異世界。いや、魔物だからと思えば人間と同じ年齢換算で考えない方がいいのかもしれないけど……


「なあ……ちなみに、ミュニオいくつ?」

「さんじゅうに、なの」


「「うぇえぇッ⁉︎」」


 今度はジュニパーとあたしの声が重なる。

 こっちはこっちで、チビッ子エルフがまさかの年上、しかもほとんどダブルスコア⁉︎


「マジで、ミュニオさんじゅうにさい……」

「え?」

「いや、こっちの話」

「シェーナは、何歳なの?」

「十七」

「ああ……ふつう?」

「ふつうなの」


 そうだよ見た目通りだろ。なんでここでサプライズ期待する空気になってんだ⁉︎

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る