脱出

 城壁上、あたしたちと敵兵士の群れは四十メートルほどの距離を置いて対峙する。指揮官ケームをあっさりと射殺されたことで、向こうも出方を考えているようだ。正確にいえば、攻めあぐねている。


「ちょっとだけ待ってろ、ミュニオ。すぐ済ませるからな」

「……あ、あの」

「あたしは、シェーナだ」

「シェ、ナ。助けて、くれるの?」

「いいや」


 あたしは笑う。


んだ。あたしと、お前と、そこの馬とでな!」

「馬じゃないよ⁉︎」


 怒られた。よくわからんけど、魔物は魔物なりにプライドがあるようだ。あるよな、そりゃ。


「ああ、ごめん。あたしたちと、ジュニパー・・・・・とだ。……さて、こっからだな」


 ケームが殺されたことで怯えた兵士たちはさらに距離を置き、いくつも盾を並べて腰を落として少しでも遮蔽の陰に入ろうと苦心している。ミュニオを見捨てて逃げられないという、こちらの状況は把握しているのだ。持久戦に持ち込もうとでも思っているのかもしれない。持ち堪えたところで状況が改善するとは思えないんだけど。


「あいつら、何を待ってるんだ?」

「増援が来る、とか?」


 来たとして、回り込む場所もない狭い城壁上の通路を、数人ずつ並んで向かってくるしかない状況に変わりはない。その列の厚みが増したところで決定的な差にはならない気がする。


「……ねえ、シェーナ。いま魔珠は」

「手前の監視塔のは壊したけど、それが?」

「予備の魔珠を持ってきて、また結界を組むつもりなのかも。そしたら、ぼくらはここから出られなくなる。袋の鼠だ」

「いまと、あんまり変わんないんじゃないかな。この距離なら、もし来ても殺せるし」


 あたしはマーリンのレバーアクションカービンを構えて、右側から来る敵部隊の指揮官を狙う。この国の特徴なのか、この世界なりの戦い方なのか、各部隊の指揮官はわかりやすく後方に位置して、剣を抜いて指揮をるみたいだ。狙われるとは考えないのか。それとも、銃火器のない世界では妥当な判断なのか。


「まあ、いっか」


 初弾で胴体を撃ち抜いて、今度は左から来る部隊の指揮官を狙う。こちらは少し距離を置き、軽装の弓兵部隊を率いている。ミュニオを拘束している磔刑台は周囲に遮蔽物がなく、弓を持ち出されたら射られ放題だ。


「ぼくが、囮に」

「大丈夫、あたしに任せろ」


 飛び出そうとするジュニパーを止める。五十メートル先なら、当てられる。人体サイズで動かない的なら、だけど。

 とか自信満々にいうといて、指揮官を狙って放った弾丸はハズレ。城壁に弾かれてピンボールのように跳ね回り、周囲の弓兵にも被害を広げる。結果オーライ。二発目で指揮官を射殺、装填してあった十発分のマグナム弾を全て弓兵部隊に叩き込んで、攻撃の意思を挫く。


「た、退避! 退避ぃ!」


 指揮官を殺された敵部隊は左右とも、さらに距離を置いた。だいたい七十メートルほどか。もう城壁内側の階段から下に降りている兵士もいる。あたしはその間に、マーリンにマグナム弾を装填する。射撃にも銃にも慣れてきた。照準の狙いより気持ち上気味にすることで距離の調整もできるようになった。発射前に、不思議とおおまかな弾道がわかるのだ。


「ミュニオ、魔法は何が使える?」

「得意の、は、治癒魔法なの。……でも、拘禁枷シャックルが」


 能力を縛ってるシャックルとやらがなければ、どうにかなると。それじゃ、試してみるか。

 小柄な身体を抱き締めるようにして、胸元の拘禁枷を剥ぐ。懐に仕舞うつもりでやってみたが、案外あっさり上手く行った。ビリッと痺れる抵抗感があったけど、知ったことか。続けて手首の枷と、足首の枷もだ。転げるように落ちてきたミュニオをキャッチする。

 解放成功。となれば、こんなところに長居する理由はない。


「外れたぞ、ジュニパー!」

「いいよ、乗って!」

「ちょっとだけ待って」


 ミュニオを水棲馬ケルピーの背中に乗せると、あたしは振り返ってマーリンライフルを構える。

 こちらが脱出に入ったことを察したのだろう。双方の兵士達が怒号を上げながら突撃を掛けてきた。迫り来る兵士たちを全部阻止するのは無理だ。先頭の脚を続けざまに撃ち抜くと、もんどり打って倒れながら後続を巻き込む。悲鳴を上げて血飛沫を撒き散らして身悶える味方の姿は、兵士達の足を止め闘志を殺いだ。続けて大型リボルバーレッドホークを連射すると固まった兵士の一団がバタバタと倒れる。それが戦意にとどめを刺したらしく逃走する者が出始めた。次席指揮官か上官か知らんけど必死で留まり戦おうと仲間を鼓舞している男に一発。拳を振り上げたアジテーションの姿勢のまま頭を弾けさせると、戦線は完全に崩壊した。


「いいぞ、ジュニパー頼む!」


 あたしたちふたりを背に乗せて、水棲馬ケルピーは数歩走って勢いをつけると踏み込んで城壁から宙に身を躍らせた。


「「んぐううぅ……ッ!」」


 胃袋がよじれるような長い浮遊感の後、意外に緩やかな衝撃とともに着地するとジュニパーはグングンと疾走し始める。馬上で抱き合うように視線を合わせて、あたしとミュニオは同時に笑い出す。


「見たか! やったぞ、やってやった!」

「うん!」

「あたしたちは……自由だ!」


「「自由だ!」」

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