目覚めた紐帯
丘を駆け下りるあたしを追い掛けながら、ジュニパーは周囲を警戒している。
「ど、どうするのシェーナ。このままじゃ、あいつらに見付かっちゃう」
「見付けさせるさ。さっき気付いた。あのクズ、ケームとかいう砦の指揮官だな」
「……うん。治癒魔法で命は取り止めたみたい。砦で部下や仲間を殺されたんで、怒り狂ってるって聞いたよ」
そんなお優しいタマかよ。その失態で降格したからだろ。馬に蹴られて生きていられただけでも儲けもんなのにな。わざわざチビエルフを捕まえてまで、あたしに喧嘩を売るか。そんなに死にたきゃ、殺してやる。
今度こそ、完全に息の根を止める。
「待って、シェー、にゃッ⁉︎」
振り返ったあたしを見てジュニパーが怯んだ顔で後ずさった。たぶん、紅い目が輝いてるんだろ。知らんわ。赤でも緑でも勝手に点滅してりゃいい。あたしは、やりたいようにやる。
「あたしは、ここにいるぞ!」
城壁前にいた兵士の一団が、こちらを見て一斉に手槍を構える。
「いたぞ、“赤目の悪魔”だ!」
なんだ、それ。中二病の二つ名か。向かってくる兵士との距離は二十メートルほど。厄介なことに、みんな甲冑付きだ。殲滅された状況を知って警戒したんだろうな。あたしと対峙して生き残ったのは甲冑を着込んだ指揮官だけ、となればなおさらだ。生き残りから戦闘の詳細報告でもあったのか、金属の盾を持った兵士が前に出て牽制しようとする。ご丁寧に城壁近くには弓兵が控えているのが見えた。そういや砦の弓兵にも生き残りはいたな。
「悪魔は弓を嫌がる! 悪魔の武器は呪符で止められる! 押し包んで殺せ!」
「「「応!」」」
「勝手なこと、いってんじゃねぇぞ⁉︎」
あたしはマーリンを取り出し、さっきから命令を出していた現場指揮官らしき男に向ける。片手用の小型盾を掲げて、男は勝ち誇った顔で笑った。
「貴様の攻撃な、どふぅッ」
ドゴン!
盾ごと胸板を貫いた357マグナム弾は、男を呆気なく吹き飛ばした。仰向けに倒れる現場指揮官。レバーを操作して次弾を装填。向かってくる順に鉛玉を喰らわす。甲冑の脇腹を抜けた弾丸は金属で角度が変わったのか、奥にいた弓兵のひとりを巻き込む。続けざまに九発を発射すると甲冑付きの兵士は半分以上が倒れた。
「さあ、逃げるなら、いまだぞ」
懐から出したマグナム弾を機関部横の
マーリンを革帯で背中に回し、懐からレッドホークを抜き出す。いまシリンダーに入っているのは38スペシャルだが、至近距離ならマーリンより扱いやすい。
「さあ、来いよ。あたしが、お前らの探してた――」
バンッ!
剣を抜こうとした兵士の頭が兜ごと弾ける。
「――
槍を向けようとした兵士の胸板に一発。三人並んで向かって来ようとした兵士には仲良く一発ずつ。武器を捨てて掴みかかろうとした勇気ある――もしくは破れかぶれの――兵士を
「ケームとかいう馬鹿に伝えろ。いますぐエルフを返せば、命だけは取らずにおいてやる。これ以上、手間掛けさせると……街ごと皆殺しにするぞ?」
完全装備の兵士が一瞬で虐殺されたのが効いたか紅い目の説得力か、生き残りの兵士は転げるように城門へと駆け出した。
「ジュニパー」
背後のケルピーを振り返ると、ビクッと身を震わせたのがわかった。いくぶん怯えた目で、あたしを見る。
「城壁の上まで飛び上がれるか」
「……う、うん。でも防御結界があるから、城壁の上は、たぶん
「それでいいよ。頼む」
身体を震わせると、彼女は人から馬形態に変わった。それが
「乗って」
「最初は、ミュニオのところじゃなく魔導師のいる監視塔だ」
「わかった。つかまってて」
あたしを背に乗せるとすぐジュニパーは猛烈な勢いで駆け出す。城壁近くまで来るとわずかに身を屈め、壁を蹴って斜めに駆け上がる。あたしが振り落とされないようにコース取りを考え、遠心力を使ったのだとわかる。
城壁の上まで出た勢いのまま、ジュニパーの背からピョンと飛び降りて、あたしは縁の胸壁に立つ。
すぐ目の前に、監視塔が見えた。そこに詰めていた魔導師ふたりが驚愕の表情でこちらを見る。魔珠に魔力充填をしていたらしく、周囲には護衛の兵士が五名。レッドホークを向けると、揃って驚愕の表情が絶望に変わる。
城壁の内側に手を伸ばしたため、防御結界に触れたのだろう。銃の先に青白い光が瞬き、指先に痺れと弾かれるような抵抗があった。
「あたしの名は、シェーナ。異界から舞い降りた、死神の遣いだ。死にたくなければ、結界を解除しろ」
我ながら悶絶しそうなイタい口上だけど、それだけに真顔で叫ぶと異常性はアピールできたようだ。魔導師の目が泳ぎ、近くの兵士に救いを求める。反応して動こうとしたその兵士を、レッドホークで撃つ。五発で五人。残弾は一発。魔導師を両方倒すには銃を持ち替える必要があったが、マグナム弾を喰らった頭がスイカのように弾けるのを目の当たりにして彼らは力の差を理解しようだ。
「か、解除、した! しました!」
試しに城壁の真ん中あたりまで進んでみる。さっきの弾かれるような抵抗は消えていた。
「全部の結界が、消えたわけじゃないよな?」
「四基ある、うちの、こここ、こちら側だけ、です!」
シリンダーにタマを込め直すあたしに答えながら、魔導師たちは両手を上げて必死に命乞いをする。彼らを追い払い、監視塔のなかに入って魔力充填用の魔珠を撃つ。台座に刻まれた魔法陣の真ん中に埋め込まれていたそれは、ボウリングの玉のようなサイズと質感だった。硬そうな外見の割に案外あっさりと壊れ、破片は青白い火花を散らして飛び散った。
「ジュニパー」
「ここにいるよ」
城壁の上に、馬型を維持したままの
「結界が消えて、ケームってやつは逃げたんだけど……」
彼女の先導で、ミュニオのところに向かう。途中に頭や胸が陥没した兵士の死体が転がっているところを見ると、ジュニパーも大活躍だったんだろう。指揮官が逃げたのはそれを見てビビッたからか。
城壁の上を二十メートルほど走った先に、ミュニオはいた。首をがっくりと落とした姿に不安が
「大丈夫、気を失ってるだけ。でも、
手首と足首に填められているのは、胸のと同じく“外せない呪具”なのだとか。いちいち陰険なクソどもの嫌がらせに苛立つ。磔にしている台座そのものは木材だけど、こんなぶっとい物を切断する道具はない。チェーンソーを買うか? いや、敵がその作業を黙って見逃してくれるとは思えない。
「これ、台座ごと運べないか?」
「引き摺っても良いんなら、なんとか……」
無理だ。城塞の周辺は、見通しのいい平地。のたのた逃げてたら追いつかれるし、弓矢や槍の的になる。
「……逃げ……て、いった、の……に」
「ミュニオ! よかった、気が付いたんだね」
良くない。助けに来たけど無理でした、という現在の状況なら、事態はむしろ悪化してる。
「わたし、は……だいじょう、ぶの」
大丈夫なわけねえだろ。顔は腫れ上がって目も塞がって、肌を縦横に走った鞭の跡でマスクメロンみたいになってるチビを置いて逃げるってか。
ふざけんな。
「……わたし、ふたりと、かん……関係、ないの」
「そりゃ、あたしはお前らとは、何の関係も、ねえけど」
「「!」」
あたしの言葉に、ふたりは息を呑む。城壁の反対側から、こちらに向かってくる声が聞こえてきた。魔珠を砕いたから結界の再生までには時間が掛かるとしても、もうすぐ兵士たちが襲ってくるのは間違いない。
「……この子を、見捨てて逃げるつもり?」
「足手まといは要らないって、いったよな」
ジュニパーが、涙目であたしを見る。そんな顔すんな。泣きたいのはこっちだっつうの。この世界に引きずり込まれてからずっと、殴られ蹴られて追われて捕まって虐げられて。
いい加減、ムカついてんだよ。
「……それ、で、いいの」
ミュニオが笑って、こちらを見る。目が塞がって、何も見えてないくせに。
兵たちの後方、甲高い怒号を上げて剣を振っているのは逃げていた指揮官ケーム。頭数を揃えて戻ってきたか。いまはどういう立ち位置なんだか知らんけど、あたしたちを剣先で指し示し、狂乱状態で兵士を
あたしはマーリンを取り出し、ゆっくり狙いをつけた。距離は三、四十メートル。長射程の銃を知らない向こうからしたら攻撃は届かないと安心できる距離。射撃初心者のあたしからしたら、ようやく
「あたしは誰の世話にもならないし、誰の世話もしない。生き延びるためには何でもする。だから」
ドンッ!
マーリンから放った357マグナム弾が、ケームの胴体を貫く。困惑した顔で腹を押さえたまま、傾いて城壁を乗り越え地上へと転落していった。
あばよ、クソが。
「いまも今後も、貸し借りは、なしだ。やってやろうぜ。……
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