奪還

「魔導師……っていうけど、そいつらも壁の向こうにいるんだよな?」

「うん、監視塔にね。ほら、壁の少し内側に配置されてる、あれ。結界を常時展開し続けると魔力消費がすごいことになるから、非常時だけ魔導師に注がせるもんなんだって」

「いや、理屈はともかくさ。壁の向こうにいるんだったら、あたしたちは手を出せないじゃん」

「ぼくは、無理だったけど。お嬢さんの武器なら、どうにかならないかな」


 ジュニパーが指差したのは、少し離れた場所にある小高い丘。あそこから狙い撃てということか。


「あれ、街までの距離は」

「半ミレくらい? 城壁の監視塔までなら……だいたい四半哩ってところかな」


 四半……って、四分の一か。それはともかく、“ミレ”って何じゃい。こっちの距離単位なんだろうけど、正確な数値がわからん。


「一フートがこれくらい。それが……たしか五千ちょっとで一ミレ

「ますますわからん。“ちょっと”って何だ」

「ぼくも、わかんないよ。人間が決めたことだもの」


 ジュニパーが手で示した幅は、三十センチくらいか。かける五千で、百五十の……概算で千五百メートル強。無理だろ。四分の一でも四百メートル近くある。拳銃はもちろんマーリンとかいうライフルでだって、そんな距離を当てられる気がしない。爺さんの話は適当に聞き流してたけど、有効射程――たぶん当てられる距離――は二百メートルとかいってた気がする。


「まあ、行ってから考えよっか」

「うん。乗って」


 馬形態との変化へんげが早いな。


「ねえジュニパー、さっきの服、脱いだり着たりはどうなってんの」

「服? 着てないよ、魔物だもの。そういう風に見せてる・・・・だけ」


 詳しく聞いてみると、人間のとき服のように見えていたのは一緒に変化させた肌と毛皮なのだそうな。

 いうたら、裸ペイントみたいなもんか。うわー、巨乳ヅカ美女の裸ペイントかー。すげーな。同性だから何も嬉しくないけど。


「なんでそんなヘンな顔してるの? ほら急いでお嬢さん」


 水棲馬ケルピーの脚力で丘の上に飛び、コルタルの街を眺める。丘の頂上は城壁の天辺てっぺんより少しだけ高くなっているが、壁のなかの街並みを俯瞰できるほどではない。磔にされているミュニオの姿も、豆粒のようにしか見えない。


「遠いな」


 最も近い壁面までだいたい百五十メートル、最も近い監視塔まで二百メートルくらいか。もしかしたらタマは届くかもしれんけど、やっぱり当てる自信はない。なにせ狙ったところで、あたしの視力では狙う対象まとが見えないんだから。


 どうにかならないかな。スコープ付きのライフルでも買うか? もう、あんまりカネはない。あの守銭奴のことだ、何度もツケは利かないだろうな。いますぐ金貨銀貨を手に入れられるあてもない。そもそも買ったところで、使いこなせる気もしない。

 それなら、何とか近付く方法を考えた方がいいか。

 ジュニパーに周囲の警戒を頼み、双眼鏡でミュニオを見る。十字架のような物に縛り付けられたチビエルフは半裸に剥かれていて、あちこち肌に走った傷が痛々しい。横にいる口髭の男・・・・が何か怒鳴りながら鞭で叩き、周囲に何か叫んでいる。城壁の内側に集まった街の群衆に聞かせているのだというけど、こちらまでは聞こえてこない。


「ジュニパー、あれ何を叫んでんの?」

「“こいつは帝国軍の砦を襲った殺人鬼集団・・・・・の一味で、主犯を匿っている”って」

「え」


 もしかして……じゃないな。それは、あたしのことか。殺したのは確かだけど、最初に襲ってきたのはそっちだろうに。

 鞭を当てられるたびに何か叫ぶミュニオの甲高い悲鳴が、こちらにまで切れ切れに聞こえてくる。


「……あいつ、なんていってる?」

「“来ちゃ、ダメなの”って」


 ジュニパーは歯を食いしばって、絞り出すようにいった。


「彼女はエルフだから。ぼくらが、いることを察知してる」


 ――馬鹿じゃないのか、あいつ。


 なんで見知らぬ他人の心配してんだよ。あたしは砦であいつを助けたわけじゃない。なにをしてやったわけでもない。あたしは、ただ……

 ただ、帝国軍兵士あいつらを殺してやりたかっただけだ。恨みと、憎しみと、カネのために。


「あの子……というか、この国のエルフの性分なんだよ、きっと」

「は?」

「この大陸の、北の果てに昔、エルフの国があったの。誰とも争わず誰も傷付けず平和に暮らそうとして、滅びた。……あの子は、その末裔だから。きっと、そういう運命・・・・・・なんだって……」

「……ふッざけんな!」


 殉教者かよ。くだらん妄想で滅びた馬鹿どもが、後の世代にまで害悪を広めてんじゃねえ。そんな理想論が通用すんのは強力な法整備が進んだ社会か、お互いに力を持ち敬意を持った関係でだけだ。

 クソみたいなやつらで一杯の未開世界じゃ、争わないと負けるんだよ。負けると、奪われて踏み躙られるんだよ。


「……ぁあーッ!」


 ミュニオの叫びに合わせて、何かがチカチカ青白く光るのが見えた。彼女の左胸には奇妙なコルセットのようなものが着けられていた。そこが、兵士に鞭を当てられるたび光を振り撒く。


「あの胸のは、なに?」

「帝国軍がエルフを縛る拘禁枷シャックルだよ。魔力の流れを遮断して、魔法行使を阻害する」

「あいつ魔法、使えるんだ」

「枷さえなければ、人間なんてエルフの足元にも及ばない」


 そこで失言に気付いたのだろう、魔物であるところのヅカ執事はあたしを見て視線を伏せた。


「……ごめんなさい、お嬢さん。君を愚弄するつもりは」

「いいよ。その代わり、“お嬢さん”ての止めてくんないかな。あたしは」


 鬼見城きみしろ科戸しなと。たぶん、この世界じゃ誰も発音できない、あたしの真名。元いた世界の爺さんもか。まあ、いいや。ジュニパーの目を見て、あたしは笑う。

 いま、ここから。あたしの名は。


「シェーナだ」

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