囚われた檻

「おい! てめえら動くな!」


 こんだけギャーギャー騒いでたら当然なんだけど、あたしたちは盗賊団に気付かれてしまった。盗賊どもの顔が下卑た欲望に歪む。そうだよな。あたしはともかく、ジュニパーは見た目だけならかなり良い女だ。魔物だけど。


「カリム、メイヘム! あのふたりを捕まえろ!」

「ナニしてくれてんだよ、もう……」


 あたしが文句をいうと、ヅカ水棲馬ケルピーは“騒いでたの、ぼくだけじゃないのに”というような顔でションボリしつつ頭を下げた。

 正直、あのチビエルフを助ける義理はないと思うんだけど。それでも殺されるとなれば、見捨てるのも良くない気がする。義理や責任というよりも、精神衛生上。


「まあ、いいよ。ちょっとだけ待ってて」

「いや、逃げるなら、ぼくに乗って」

「逃げる? なんで?」

「え?」

「え?」


 お互い顔を見合わせて首を傾げるあたしたちに向かって、無粋な声を上げて盗賊が突っ込んでくる。


「「うぉおおおッ」」


 あたしは持ってた22口径のルガー・ラングラーを、走ってきたふたりの盗賊に向ける。乳幼児の指ほどしかない小さなタマじゃ人間相手には心許ないと思ったので、接近するのを待って手前の男の胴体に二発撃ち込み、念のためもう一発。倒れたところを顔面にとどめの一発。その間に距離を詰めてきていた後続の男には、胸板に突き付けるように一発。相手がわずかに屈んだせいで初弾は喉に当たる。結果オーライ。もがきながら転がったところを後頭部に一発。これでラングラーは弾切れだ。いま再装填の時間はない。手下ふたりが一瞬で倒されたのを見て、残りの盗賊たちが動揺し始める。


「……魔道具持ちか。可愛がってやる気は失せたぜ。ふたりとも殺せ!」


 怯んでいるのは明らかだったけど、いまさら逃げるという選択肢はなかったらしく、手に手に武器を持って散開しながら向かってきた。ふたりはそれなりに手練れっぽい顔で、ボスらしき大男は胸に皮鎧を重ね着けしている。


「38スペシャルが通るかどうか、だけど……」


 強力な357マグナム弾を装填したレバーアクション式のカービン銃マーリンは木々の生い茂った場所で振り回せる自信がなかった。から取り出した大型リボルバーレッドホークを向けて、男たちに一発ずつ撃ち込む。ふたりは倒れて動かなくなったが、ボスだけは被弾した胸を押さえて唸りながら、腰を落として剣を横に構えた。重ねた皮鎧を貫通できなかったか、軌道が変わって急所を逸れたようだ。


「ぶっ、殺す!」


 不思議なことに、殺気を剥き出しにした暴漢を前にしても怖いとは思わない。これが、爺さんのいってた“力の差を平等化する物イコライザー”の効果なのかもしれない。真っ直ぐ手を伸ばして、向かってくるボスの下腹に一発。皮鎧のない部分なので、それで勝負が決まる。


「……ッぐ、あ」


 悔しそうに呻いたボスは、腹を押さえて悶えながら白目を剥いて死んだ。

 手持ちの金でもないかと盗賊たちの胸倉をまさぐり、汚なくて臭そうな皮袋を四つ奪う。重さからして中身は期待できないが、そんなことはどうでもいい。必要なのは、“こちらから何かを奪おうとした奴らから、逆に奪ってやった”という事実だ。

 馬車の方を見ると、商人たちは既に逃げ去っていた。残された馬車の積荷を根こそぎ奪って、あたしはジュニパーを振り返る。


「お待たせ、行こうか」

「う……うん。じゃあ、乗って」


 彼女はいつの間にやら馬形態に戻っていて、あたしのために膝を折って腰を下げた。


「ありがとね、お嬢さん。お願いしてみようとは思ったけど、こんなにすぐ聞いてくれるとは思わなかった」

「そうかな。……うん、そうかも」


 自分でも、矛盾してるとは思う。距離を詰められたから警戒心で突き放してはみたものの、こいつらには特に恨みも嫌悪感もないのだ。これで死なれたら、たぶん罪悪感でモヤる。


「逃げるには、乗り物あしが、要るかと思ってたとこだし」


 取って付けたような言い訳に、ヅカ馬(の魔物)はフニャッと嬉しそうに笑う。


「つかまってて、ちょっと飛ばすよ」


 背中に乗ってすぐ、ジュニパーは凄まじい勢いで木々の間を縫い、道を塞いでいた倒木も飛び越え谷間を一瞬で抜ける。平地に出るとさらに速度を上げ、体感では百キロ近いスピードで街道を疾走する。


「でもさ、この先の街で殺されるって……なんで、アンタが知ってたんだよ」


 ふたりはあたしと同じく川辺で別々の方向に分かれた気がする。その後に合流したのだとしても、それがあたしを追い越した先の街というのがよくわからない。


「君と別れた後、別の村で噂を聞いたんだよ。明日コルタルの城塞で、エルフの殺人鬼の処刑が行われるって」


 視界が開けて田園風景が広がり、その奥に石造りの城壁が見えてきた。それがコルタルの街だと、ジュニパーがあたしに告げる。水棲馬ケルピーの背に揺られながら、あたしは双眼鏡で街の周囲を確認する。


殺人鬼・・・?」

「うん。それで気になって行ってみたら……あれが」


 近付くにつれて、ジュニパーの指していたものが何か、あたしにもわかってきた。城壁の高さは十メートル近くあって、足掛かりもなく登れそうにない。コルタルの街に入るには城門を通るしかないのだが、入ろうとする人間が列を作った城門の上で、ミュニオがはりつけにされてた。


◇ ◇


 人間形態になったジュニパーと一緒に、あたしは城壁が目視できる位置まで歩いてゆく。奪還するにしても見捨てるにしても、まずは状況確認だ。


「自分で助けようとは……」

「思ったよ。試してもみた。でも、あの街は外壁に防御結界の魔法陣がある。魔物は入れないし、引きずり込まれたら出られない」

「アンタは魔物だからわかるけど、なんであいつまで?」

「エルフは魔族だよ。少なくとも、この帝国ではね」

「へ?」


 魔族なんてのは、マンガの虫歯菌みたいなカッコの連中――この世界にいるのかどうかも知らんけど――を指すのではないかと思ってたんだけど、違うのか。


「やっぱり、君はこの国の……この大陸の人間じゃないみたいだね。遥かな海の果てにある北の大陸には、人間と亜人と魔族が共存してる国もあるって聞いたことがある」

「へえ……いや、その話は後でいいや。防御結界って、あたしも引っ掛かるかな?」

「たぶん。防御結界は魔力量に反応するからエルフは弾かれるし、ドワーフや獣人も半分近くが引っ掛かる」


 魔力量がそいつらの比じゃない魔物などはいうまでもないし、どうやらあたしも魔力持ちみたいなので以下同文ってわけだ。


「魔法陣があると出られないとしたら、ミュニオあいつを救い出す方法は?」


 ジュニパーは、すらりと長い指を折って告げる。


「魔法陣を壊す、壁を崩す、魔法陣への魔力供給を断つ」

「う〜ん……ここから見る限り、あの壁は崩すには厚過ぎる。あたしの武器じゃ、そこまで大規模な破壊はできないから、他の案」

「だったら、魔法陣も同じかな。いくつか位置を探ってみたけど、みんな壁のなかに埋め込まれてるみたい」


 だったら三番目しかないわけだ。魔力の供給を断つために具体的な策はあるか。あたしの質問に、ジュニパーは少し考えてから答えた。


「魔力を込めるのは、監視塔にある専用魔珠からだと思う。そこにいる魔導師を殺せばいいんじゃないのかな」

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