ガンズ・アンド・ローズレッド


 川の流れに沿ってしばらく歩くうちに、結局さっきは水を飲んでなかったのを思い出す。トボトボと水辺まで歩き、手にこびり付いた血を洗った後、水のなかに転がって身体中の汗と埃を落とし、ついでに着たきりの野良着も洗う。いつ誰が来るかわからないから、服は着たままだ。安物の粗い生地が肌を擦り、申し訳程度の下着も張り付いて気持ち悪いが背に腹は変えられない。この陽気なら、小一時間で乾くだろう。

 足首を紐で留める布サンダルエスパドリーユといったていのボロ靴も、野良着と同じく奴隷狩りに身ぐるみ剥がれた後で馬車に転がっていたのを当てがわれたものだ。履き心地など裸足に毛が生えたくらいものだが、ないよりマシなので洗って履き直す。あたしの服とブーツ返せ、クソどもが。


「あぁー……」


 久しぶりにサッパリした。できる限りの汚れを落とすと、川のなかに座り込んだまま水をすくって飲む。冷えていて、なかなか美味い。日本と違って、少し硬度のある感じの味。木々があって先は見えないけど、上流には岩山があるのかもしれない。

 渇きが癒やされたところで、砦で手に入れた革の水袋をから取り出す。手当たり次第に奪ったから、全部で大小七つ。中身は水か酒か知らんけど全部捨てて何度かすすぎ、小川の水で満たした。容量は平均ひとつ三百ミリリットルくらいか。掛ける七で重量は二キロを超えるが、に突っ込めば持ち歩きに不便はない。問題は量だ。合わせても成人が一日に必要なギリギリくらいにしかならない。この気温のなか水場から離れて無計画に歩き回れば、すぐに底を突く。

 あたしは流れに座り込んだまま、今後の方針を考える。そんなものはないことなど重々承知の上だが。

 雲ひとつない空を、小鳥が飛び去ってゆく。周囲には、他に生き物の気配はなかった。


「“市場マーケット”」


 あの爺さんとの最初の出会いは、ほんの気まぐれに発した言葉からだった。この世界にある――あるいは召喚された転移者に付与された――なんらかの魔法的公理セオリーなのだろうとは思うが、どういう経緯からの発動だったかは忘れた。

 懐の謎空間と同じだ。この世界の理論や呪文を知らなくても、なぜかことわりは機能する。それで十分だ。


「やあ、シェーナ。優雅に水浴びかね?」


 川岸に現れた守銭奴の爺さんは、相変わらず聖者のように穏やかな笑みを浮かべる。

 うるせえよ。この状況のどこに優雅な要素があるんだ。あたしは爺さんの言葉を無視して、目の前の演台に金貨銀貨の詰まった箱を乗せる。箱は開いて中身を見せ、その上に指揮官から奪った剥き出しの金貨銀貨を加えた。皮袋は血塗れだったので捨てたが、渡す相手がこの爺さんなら気を使っただけ無意味だったな。

 いくつも奪った兵士たちの皮袋さいふはこちらで使うためにとっておく。どうせ中身は少額貨幣だ。


「ほう?」


 爺さんは満面の笑みで満足そうに頷く。相変わらず、目は全然笑ってないが。


「これはこれは、素晴らしい成果じゃないか。君は無事に危機を乗り越え、見事に目的を果たしたわけだ。わたしが見込んだだけのことはある」

「御託はいいから、さっさと数えなよ」


 爺さんは箱にちらりと視線を向けただけで、あたしに目を戻した。


「もう十分だよ。渡した銃の金額を、遥かに超えている。これからは、必要なものがあったら何でもいってくれ」

「レッドホークの弾薬タマ、38スペシャルとマグナムを五、六箱ずつ。服と食いもんと簡単な野営の道具もだ。それと、もう少し遠くから狙える銃が欲しい」

「そうだと思って調達しておいた。荷物を運ぶための魔法は使えるかね?」

「ああ……使える、みたいだな」


 この爺さん、元いた世界の住人のはずが、こちらの状況を理解している風なのが不気味だった。以前に同じような経験でもしてるのか。魔法で持ち運べる容量はまだ不明だと伝えると、爺さんは笑って頷く。ひょいと屈んで視界外に消えたと思ったら、すぐに演台の陰から手が伸びてきて、あれこれと品物を積み上げ始めた。

 五十発入り箱の357マグナム弾がひと山に、小型テントと軍用毛布。缶詰がいくつかと大きな段ボール箱入りの携行食、オイルライターとストーブ、大型ナイフに小型の多機能アーミーナイフ。双眼鏡とゴーグル。ビニールで二十四本パックされた五百ミリリットル入りペットボトルの水に、なんでか大袋入りのカラフルな粒チョコ。


「……ずいぶん、用意が良いな」


 ここまでくると野営道具というより探検装備だな。そして、ものすごい量だ。収納できるのか自信がなくなってきた。マグナム弾の横に置かれたのは、ビニールテープで雑に巻かれたデカい段ボール箱。表示は掠れて読めん。ちょっと持ち上げようとするとアホほど重たい。


「なにこれ」

「38スペシャル弾だ。公的機関がリボルバーを使わなくなったので、安く放出された官給品でね。少し古いが千発分、サービスしておく」


 急に変わった対応の変化と、あまりの気前の良さに警戒心が芽生える。そんなあたしを見て爺さんは笑う。


「誤解のないようにいっておこう。支払いが保証されるなら、君は立派な顧客クライアントだ。満足させなければビジネスマンとはいえない」

「……ああ、そういうことにしておく」

「服だけは、少し待ってくれ。身長と靴のサイズは?」

「164、靴は24センチ」

「次の取り引きまでには、なんとかしておく。最後に、長射程の銃だな。それについては良いものがある」

「それは結構……って、おい」


 演台の陰から爺さんが出してきたのは、西部劇に登場するような細長いライフルだった。呼び方は知らない。機能もよくわからない。思わず声を上げたのは、銃身の下にある握るところと肩を付ける後端部が真っ赤な木で出来ていたからだ。


「だから……なんで、いちいち赤くするんだよ⁉︎」

「君の瞳の色に合わせた特注品だ」

「嘘つけ。そんなもん、頼んですぐ出てくるわけないだろ。こんな悪趣味な銃、特注品だとしても酔狂なオーダーメイドの質流れかなんかだろ」


 当たらずとも遠からず、といったところなのだろう。爺さんは笑みを浮かべたまま黙って肩をすくめた。


「マーリンM1894カービンというレバーアクションライフルだ。こういう銃は、西部劇映画ウェスタンムービーで見たことはないかな?」

「ああ、うん。こんな悪趣味な色は、してなかったけどな」

「コンパニオンライフルといって、レッドホークと弾薬を共用できる」


 ……こいつ、あっさり聞き流しやがった。まあ色なんて、どうでもいいといえばどうでもいいんだけどさ。


「横の装填口ローディングゲートから、銃身下ここのマガジンチューブに装填する。357マグナム弾なら九発、38スペシャルなら十発だ。プラス薬室チャンバーに一発」


 爺さんのレクチャーで装弾と装填排莢、簡単な手入れを教わる。同じタマを使っても拳銃とは威力が違うと聞いてあたしは首を傾げる。

 弾薬が同じなら、当然威力も同じだろうに。


「発射機構の密閉性がリボルバーより高い上に、これだけ長い銃身でしっかり加速されるからね。射程はハンドガンの比ではない。当たるかどうかはシェーナの腕次第だが、有効射程は二百メートル以上にはなる」


 そんなに遠くの物を撃つこともないだろうから、とりあえず用は足りそうだ。必要なものは仕入れて、取り引きは終了。それで問題はなかったんだけど、気になっていたことを尋ねる。


「なあ、それとは別に、もっと威力の低い・・・・・銃はないか。小さくて軽くて、タマが安いのがいい」


 さすがにあたしも四六時中、兵隊やら甲冑付きの敵とばかり戦うわけじゃない。即死させる必要がなれけばレッドホークの威力は過剰すぎる。これから必要になるであろう狩りや威嚇程度なら、いちいち手が痛くなるような武器を使いたくない。射撃の練習もしなきゃいけないんだろうし、弾薬のコストも今後の補給も気になる。


「そういうこともあろうかと思って、用意しておいた。これはサービスだ」

「あー、うん助かる。……って、だから何でまた赤いんだよ⁉︎」

「それはレッドホークと同じルガー社製の、ラングラーというリボルバーだ」


 またスルーかよ。別に、いいけど。

 今度も銃本体は銀色(というか明るいグレー)で、シリンダーはダークグレー。そして握るところが真紅まっかだ。こっちもライフルと同じく西部劇に出てくるような古臭い形の拳銃で……なんかこう、全体にこじんまりしている。持ってみると重量も軽く、どことなく子供のオモチャっぽい印象さえ受ける。


「22口径ロングライフル弾を六発装填する。なかなか悪くない銃だよ。弾薬付きでサービスしよう」

「何だよ爺さん、妙に気前が……ん?」


 出されたタマを見てあたしは眉をひそめた。


「……なにこれ。すいぶん、ちっこいタマだな。大丈夫なのか?」

「もちろんだとも。それどころか、まさに君の望み通りの弾薬だ。それは38スペシャルの半分以下、357マグナム弾の二割ほどのエネルギーしかないが、命中精度と殺傷力はなかなかのものだ。娯楽用射撃プリンキングから射撃競技まで広く使われるベストセラーの弾薬で、販売価格も驚くほど安い。これなんだがね」


 渡されたのは、アイスのファミリーパックくらいの樹脂製バケツ。なかには冗談みたいに小さな弾薬が、ギッシリ入ってる。ラベルを見ると、千四百発入りだとか。これも装填方法と簡単な手入れの方法を聞く。このラングラーって銃は西部劇に登場するコルトなんだかって名作拳銃を模したものらしく、タマの出し入れが面倒くさい。回転式弾倉シリンダーが固定式で、横に振り出されないのだ。撃鉄近くにある装填口から一発ずつ抜いて一発ずつ込めるか、シリンダーの軸を抜いて丸ごと外し、装填後にまた元に戻すかだ。


「めんどくせえ……ふつうに振り出し式スイングアウトにすりゃいいじゃん」

「女性にはわからないかもしれないが、その手間こそがロマンなんだよ、シェーナ」

「いや、知らんし」


 撃てて殺せりゃ何でも良いとはいったけど、余計な手間を喜ぶ趣味はない。ともあれ、使い道はありそうだからありがたく受け取っておく。一式をに収めたあたしは、爺さんに礼をいって接続を切った。

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