贄と人質

 とっさに建物の陰に隠れて、あたしは脱出方法を探る。


「うっわ……なんだ、あれ。無理だろ、マジで」


 砦に駆け込んできたのは指揮官と副官といった感じの騎兵が二人。その後ろからは二頭立て馬車が二台、御者台に兵士が各二名ずつ。馬車の荷台には槍持ち歩兵が……二十やそこらだ。最後尾には妙なくつわを咬まされた馬が繋がれているが、なんでかそいつには何も載せられていない。


「きゃああぁ……ッ!」

「黙れ!」


 馬車の荷台から降りてきた兵士たちは奴隷狩りに使われた馬車を調べ、物陰に隠れていた女たちを引きずり出す。抵抗する奴は思い切りぶん殴るというケダモノのような扱いを見て、こっちの兵隊はどいつもクズなんだと痛感する。


「ハにしやンん、だ……ッ!」


 殴られても従わなかった女が、あっさりと首を刎ね飛ばされる。広場の方まで転がった頭を見て、あたしが顔面を蹴り上げた中年女だとわかった。

 まさか剣を持って殺気立った兵士にまで喧嘩を売るとはな。殺されちまったけど、馬鹿なりに見上げた根性だ。

 御愁傷様。地獄で会おうぜ、ババア。


「「ひゃあああぁっ」」

「黙れ!」


 悲鳴を上げた女たちを怒鳴りつけたのは、偉そうな態度の指揮官らしき男。よく見れば偉そうなのは態度だけではなく、面構えも装備もだ。口髭を生やして高価そうな剣を持ち、貴族なのかお大尽なのか知らんけど、ご大層な金属製の甲冑まで着込んでいる。


「手間掛けさせんじゃねえ! 殺すぞ!」


 ……お、おう。中身は、ふつうに部下たちと大差ないクズだった。こんなド田舎の盗賊砦みたいなとこに送り込まれるってことは、平民上がりか平民に毛が生えたような下級貴族なのだろう。その辺の事情は知ったこっちゃないけど、やっぱり指揮官と副官の騎兵ふたりは問題だ。あの甲冑は38スペシャルじゃ抜けるかどうか不安が残る。マグナムの残弾三発を使って倒すか。この期に及んで切り札の銃弾を使うことに躊躇してしまうあたりが貧乏性である。シリンダーに混在する弾薬を撃ち分けられる自信もない。


「しっかし……最悪だな」


 ざっと数えた限り、敵は全部で二十と七人。逃げられるもんなら当然ソッコーで逃げるけど、歩兵連中は門の前に馬車を停め、何やら作業を始めているから内外の行き来を完全に遮断している。砦から脱出するには二十人以上いる兵士を倒すか、砦のどこから見てもバレバレな衆人環視のなか丸太組みの壁をじ登り乗り越えるかだ。無理ゲーなのはどちらも同じだけど、実現可能性なら戦った方がまだマシだ。丸太で組まれた外壁は高さが三メートル近いし、見たところ手足を掛ける場所もなく、上の方は尖った杭みたいになってる。仮に越えられたところで、砦の周囲はほとんど遮蔽物のない山道。見つかるのは時間の問題だ。


「戦って道を切り開くしか、ないか」


 歩兵はともかく、騎兵二人は難物だな。警戒してるのか馬から降りずに周囲を調べさせている。歩きの兵より動きも早いし、装備も硬い。その分、金目のモンくらい持っててくんないと割りに合わないな。


「おい、出てこい!」


 指揮官がいきなり、あたしが隠れてる建物に向かって怒鳴る。見付かったかと思って、一瞬あたしは死を覚悟した。そのまま唯々諾々と受け入れる気なんて微塵もないけど。この世界に引きずり込まれてから、死の覚悟なんて日常茶飯事だ。何万回目かもう覚えてもいない。ましていまは考える余裕も対処する時間も報復のための武器もある。


「ケーム隊長、賊はもう逃げたのでは?」

「死体からの血が、まだ止まってもいない。近くにいるはずだ、探せ!」


 なるほどね。さっきの怒鳴り声は当てずっぽうで叫んだだけか。で、砦の周囲に隠れられる場所はなさそうだったから、外には出ていないと判断したわけだ。ケームとかいうらしいあの指揮官、思ったよりも馬鹿じゃない。


「おっもしれえ」


 やってやろうじゃねえか。どいつもこいつもあたしを嫌って憎んで蔑んで、隙あらば殺そうってんだろ。だったら戦争じゃねえか。あたしと。この世界の。殺し合いにしか、ならねえってことじゃねえか。

 無理やり気味にテンションを上げ、気持ちを戦闘状態に持ち込む。まずは状況把握と対策だ。外壁を乗り越えるのは難しいが、建物の屋上に登るくらいならどうにかなるかもしれない。屋根までの高さは外壁と大差ないが、二階との中間地点に軒のような張り出しがある。

 兵士の動きを観察して隙を窺い、視線が逸れた瞬間を狙う。城門に背を向けて駆け出した勢いのまま建物に向けて大きくジャンプ。踏み込んだ壁を蹴って駆け上がると壁の突起に足を掛け腕を伸ばして身体を持ち上げ、屋根の上に転がり込んで身を隠す。


「ッしゃ……せーふ?」


 屋根の縁から見下ろした様子を見る限り、こっちの姿は見つかってない。

 人間離れした動きで二階建て家屋の屋根に駆け登ったことに、我ながら呆れる。日本にいた頃には、運動が得意というほどでもなかったんだけどな。こっちに来て以来あたしは運も状況も最低最悪のクソ以下だけど、唯一身体能力だけは凄まじく向上してる。理由なんか知らん。興味もない。

 あたしは手に入った力の全てを、敵に向けると決めた。あいつらが奴隷狩りの元凶なんだろ。あのババアどもは知ったこっちゃねーけど、少なくともあたしが首に縄付けて引きずり回されたのも、殴られ蹴られたのも、気に入ってた服を破かれて剥かれたのも、ブーツを盗まれたのもあいつらのせいなんだろ。

 だったら、みーんな殺してやる。38スペシャルの弾丸が六発装填してあるのを再確認して、あたしは屋根の上から兵士たちに銃口を向けた。いまは誰もこちらに気付いてないが、撃ったら当然、あたしの存在はモロバレになる。最初の一発はどいつに喰らわしてやろうか。殺すのは、“残しておいたら危険度が高い”順だ。


「おい、“魔族もどき”!」

「……あ?」


 あたしは屋根の上でひょいと顔を上げる。兵士たちは揃ってキョロキョロしてるところからして、見付かった風ではない。でも、いま呼ばれたのは、どう考えてもあたしだ。

 困惑しながら出方を伺っていると、ヒゲの指揮官が怒鳴る声が聞こえた。


「出てこなければ、女たちを殺す!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る