蹂躙

 手を振って爺さんを見送ると、たちまち時間が動き出す。すぐに兵士が三人、血走った目で扉をこじ開け建物に踏み込んできた。


「おおおおおぉッ!」

「ぶち殺してやる、ガキがぁッ!」


 バンッ!


「ッきゅ」


 まずは先頭の兵士。胸板に一発喰らわすと、小さく息を吐いてクニャリと前のめりに倒れる。

 いいな、38スペシャル。今度はマグナムより音が少しだけ軽く、発射したときの炎も少ない。手に伝わる反動も、予想していた以上に弱い。357マグナムさっきのがキツ過ぎたんだ。


 バンバンッ!


 銃を振って右の男に一発、最後に怯んだ顔で固まった左の男に一発。ひとりは膝から崩れ、ひとりは尻もちをついて、そのままコテンと仰向けに転がった。

 念のため銃を構えたまま兵士を蹴って確認するが、間違いなく死んでる。死体蹴りの趣味はないけど、こっちは命懸けだ。文句があんなら、あたしをこの世界に引きずり込んだやつにいってくれ。

 シリンダー内の残弾は三発。いっぺん全部出して新しい弾薬を込める。煩雑で無駄だけど、素人のあたしは三発だけ上手く入れ替える方法を知らん。空薬莢だけを捨てて、未使用の弾薬を六発詰める。懐に突っ込んどいた弾薬は、あと……ああクソ、何発だ。

 さっき捨てた弾薬の空箱を見付けて、なかの台紙を見る。穴は五段十列、五十発入りか。残弾は38が四十七発と、357が三発。あと五十人も殺せば多少のカネくらいできるだろ。それが無理なら、あたしには生き延びる能力がないってことだ。

 爺さんに引き取りを断られた売れ残り・・・・の山から布の肩掛け袋を引っ張り出し、ボロい短剣と携行食料らしき包み、革の水袋をあるだけ突っ込んで背負う。水袋の中身も状態もわからん。水だとしても古いだろうから、どこかで井戸か川を見付けて入れ替えよう。

 剣の鞘を吊る革ベルトみたいのを発見。西部劇のガンベルトにちょっと似てる。あたしが着てるのは、奴隷狩りで剥かれた後に当てがわれた野良着だ。ポケットもベルトもないので武器を装備しにくいのが悩みどころだったのだ。革ベルトを腰に巻き、背負い袋にもいくつか剣や短剣を突っ込む。これも拾ったのは使うためが半分に売るためが半分。とはいえ素人のあたしでもわかるくらいの安物で、正直それほど値が付く気はしない。


「……ああクソ、知るか。手当たり次第に持ってきゃ、小銭くらいにはなんだろ」


 建物の戸口で外を伺う。目につく限り兵士の姿はないが、馬車に積まれた女たちが泣き喚く声で敵の気配がわからない。


「おい、黙れ! 声を出したら殺す!」


 戸口から怒鳴ると、ピタリと声が止んだ。扉から出てきたあたしを見て、ずっと絡んできてたババアが目を見開く。さっき蹴り上げた鼻と口からは血が流れ、開かれた唇から折れた前歯が覗いている。汚ったねえな。


「お、おバぇ、そデ……ダ、ダにボんだよ!」

「黙れって、いったよな?」


 銃を向けると、怯えた顔で震えながら、逆上したように吠える。自分に突きつけられているのが何なのかはわからないにしても、それで兵士を殺し回ったのは見ているのだ。


「そんダ、ボんに、ダバされるとでボッ」


 この期に及んで虚勢を張るか。これで案外、度胸はあるみたいだ。望み通りに殺してやろうかと思ったけど、せっかく手に入れた弾薬を無駄遣いする余裕はない。もしかしてこいつ、いまあたしが兵士を射殺してたのを見てなかったのか?


「ぅひッ⁉︎」


 ボロ雑巾に包まれた小娘と目が合うと、ビクッと震えて馬車の縁に隠れる。なんかこう、小動物的な哀れみを覚えるタイプだ。


「おい」

「ふぁいッ⁉︎」


 背負い袋から短剣を一本、取り出して馬車のなかに放る。


「生き残りたければ、それを使え」


 自分の縄を解くのもよし、周りのババアどもを虐殺して回るのも、世を儚んで自殺するのも勝手だ。


「おい、ちょっとそれ貸しな!」

「ふざけんじゃないよ、あたしが先だよ!」

「やめて……返してなの……」


 ドン臭いボロ雑巾は、早くも短剣を奪われたようだ。使えねえ……


「邪魔すんじゃないよ! 殺されたいのかい!」

「やれるもんならやってみな!」


 荷台の女どもが口々に罵り合い、醜い争いを始める。その間にも何人かは要領よく縄を解き、あるいは逃げるが勝ちと縛られた手足のまま荷台の縁を乗り越えて降りようとしていた。

 ボロ雑巾はといえば、結果的に良いポジションを手に入れたようだ。いつの間にやら縛めは解いてシレッと馬車の陰に隠れている。荷台の上は大混乱だが、そっちはあたしの知ったこっちゃない。立ち去ろうとする背中に、ヒステリックな女の声が追い掛けてくる。


「ちょっと待ちな。まさかアンタ、あたしたちを見捨てて自分だけ逃げる気かい?」


 振り返ると、馬車のなかで説教こいてきた元美女・・・な感じの中年女だ。


「なんだ、それ。お前らがどうなろうと、あたしが知るかよ。好きにすりゃいいだろ。“魔族もどき”は人間の手を借りねえし、こちらも手を貸さねえ。お情けで・・・・くれてやった短剣それで、もう十分だろ?」

「……!」


 悔しそうな女どもの顔を見ながら、あたしはひどく嫌な予感がしていた。それは身勝手なババアたちとは関係ない。この砦の規模に、用意されていた食料。馬車と馬と武器と、女。少なくとも二十人以上は想定されていたように思える。

 ということは、だ。


「ちょ、ちょっとォ! ヤバいよ、奴らが……!」


 その声に女たちが後ろを向き、震えた悲鳴を上げる。その直後に複数の蹄の音。急速に近付いてくる。


「トールファン! 門衛はどこに行った!」


 怒りを込めて喚く男の声。ああ、クソッ。


 城砦の本隊が、帰還しやがったんだ。

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