スロゥ・ザ・ライフ

 駆け込んだ建物のなかで、あたしは略奪品の山を引っ掻き回す。山ほどの銅貨とわずかな銀貨、なかに数枚だけ薄汚れた金貨。後は、なんかわからんネックレスと指輪と安そうなドレスと薄汚れた銀の燭台。安物と汚れ物とガラクタとゴミの山。これなら剣や甲冑の方が、まだカネになりそうだ。


「ああ、クソ。まだか爺さん! なにグズグズしてやがんだ、オイ!」


 ようやく現れた演台の向こうで、爺さんは肘をついて溜息を漏らす。


「……シェーナ。君は口の悪さを改善するべきだと思うよ」

「うるせえ、タマだ! あるだけ出せ、早く! ホラ金目のもんだ、なんでも持ってけ!」


 あたしのファーストネームである科戸しなとは発音できないらしく、爺さんの呼び名も適当なところシェーナに落ち着いたようだ。そこは日本人の友人たちも似たようなもんだったけどな。シナちゃんとか、シナとん、とか。

 ともあれ、まず優先すべきは取り引きだ。あたしは目ぼしい貴金属と硬貨、剣や甲冑を次々と演台に積み上げる。それを端からひょいひょいとつまんでは脇に避け、爺さんは首を振って笑った。


「残念ながら、足りないな。渡した銃の価格の、せいぜい半分てところだ」


 知るかよ。いっそ残った二発で、こいつを撃っちまおうかな。

 あたしの心の声でも聞こえたか、爺さんは笑顔のまま少し前屈みになる。あたしもそれに応えて銃を演台に置く。銃口は向こう向きにして、抜き撃ち競争でも挑むみたいに笑いながら両手を挙げる。


「いいぜ、抜きなよ。演台の陰にある銃・・・・・・・・をさ。それがアンタのビジネスマナー・・・・・・・なら、付き合ってやろうじゃねえか」


 勘で宣告したのは当たりだったようで、爺さんはわずかに笑顔を強張らせる。


「……WinーWinだ、シェーナ」

「あ?」

「曲がりなりにも取り引きが成された以上、君はわたしのビジネスパートナーということになる。片方だけが得をするのは二流、双方が損を分け合うのは三流以下だ」


 よくいうよ。弱ってる小娘の身ぐるみ剥いで、ケツの毛までむしるのがアンタの流儀だろうに。


「へえ、それで?」

「お互いの努力で、ともに利益を得るのが一流の商人というものだよ。だからこれは、君への投資だ」


 勿体ぶってほざいた爺さんは、手の平に乗るくらいの紙箱を出す。たぶん拳銃の弾薬なんだろう。箱の表記を眺めるうちに、先ほど聞き流していた言葉が蘇る。うろ覚えでは、あるが。


「なあ、これ……“38スペシャル”って書いてあるぞ? いまレッドホークこれに入ってんのは、たしか397とかいってた気がするんだけど」

「37だ。357マグナムは、この38スペシャルを延長して装薬を増やした強装弾でね。レッドホークその銃には、38スペシャルこちらの弾薬も使える。むしろ君には、こちらの方が撃ちやすいのではないかな」

「知らんけど、だったら最初からそっちにしてくれりゃ良かったのに」

「38口径専用の銃で、357マグナムは撃てない。これからの君には、いくつも銃を揃える余裕はないだろう?」


 どうでもいい。もったいぶってねえで早く寄こせ。

 そこであたしは背後に妙な気配と異音があることに気付く。振り返ると、それはペラい扉が軋む音だとわかった。剣先が差し込まれ、こじ開けられた建材の隙間からは殺気を纏った兵士の顔が覗いている。破られるのは時間の問題で、その時間もたかが知れてる。


「……うぉい、嘘だろ? 時間が止まってんじゃないのかよ」

「ああ、そのようだね。君にはもう、おしゃべりしている暇はなさそうだ」


 爺さんは面白そうに笑って、あたしの手元を指差す。


「さあ、装填を教えよう。円柱型の部分が、弾薬を込める回転式弾倉シリンダーだ。その後ろのボタンでスイングアウトされる」


 なるほど。ヤクザがいうところの蓮根レンコン型ってやつか。振り出された弾倉には六発の弾薬が入っていて、うち使用済みの四発は尻の中心に小さな窪みがある。


「残った357は、いっぺん全部抜いて38スペシャルだけにした方が良い。威力が二倍以上違うから、初心者が混ぜて使うと狙いが狂う」

「ああ、そうする。けどさ、この38スペシャル弱い方のタマじゃ鎧着た連中を殺せない、なんてことはないだろうな」

「それはない。リボルバーが主流だった時代には、世界中の警官に愛用されていた弾薬だよ。弾道が素直で扱いやすくて高性能。そちらの兵士が平時に着用している程度の軽甲冑なら、問題なく撃ち抜ける」


 逆にいや、戦場で騎士様が着込んでるようなゴッツイやつは無理ってことか? まあ、いいだろ。戦場なんて近寄らんし。雑兵を襲って金目の物を漁るだけにしとこう。

 装填の終わった銃を構えて残りの弾薬を懐に突っ込む・・・・・・と、あたしは爺さんを横目に見て手を振る。


「じゃあな、爺さん、次に呼ぶときまでには、借りてる分のカネをできるだけ作っとくよ」

「ああ。その日が来ることを祈ってる」

「なんか引っ掛かるいい方だな、オイ。ここであたしがサッサと死んだら、アンタは持ち出しなんじゃねえの?」

「ああ、そうだとも。だから君とは、これからも良い関係を築けると期待しているよ」


 どうだか。

 日本人のあたしは知らんけど、きっと民間の銃所持が許可されている国では銃弾なんて二束三文なんだろう。ましてこの爺さんは、あたしの勘じゃ裏稼業かなんかで稼いだベテランの悪党だ。小銭程度の投資、あるいは完全な暇潰し程度の遊びなのかもな。

 さっきよりさらに近付いている兵士の姿を見て、あたしは深く考えるのをやめた。老いぼれた業突く張りの懐具合や思惑なんて、いま気にする問題じゃない。


「ったく……次から次へと、何なんだよこれ。あたしが望んでたのはファンタジーな異世界でのスローライフだってのに」

「スロゥライフ?」


 爺さんは怪訝そうに首を傾げる。せかせかしない人間らしい暮らし、みたいな意味だったと思うけど。通じないのは、あたしのカタカナ的な発音のせいか。それか、もしかして和製英語かも。


「望み通りじゃないか、シェーナ。きっと君は、その世界で多くの生命ライフ廃棄処分スロゥアウェイし続けることになる」


 そういう話じゃねえよ。なに“上手いこといったった”みたいな顔してやがんだ。ジジイ、ぶっ飛ばすぞ⁉︎

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