第五羽

 気分が悪いので保健室へ行くと嘘をついた。

 いい気持ちはしなかったが無人の廊下を歩く事は感じた事がないほど新鮮だった。


 教室内には確かに生徒がいる。同じように授業を受けるべき生徒のはずが廊下を歩くその感覚は妙にフワフワと浮ついていてタンチョウの気分を変にした。


 バレー部の部室へ入るとタンチョウは静かに深呼吸をした。


 持っていたクリップを引き延ばして準備を整えるとタンチョウは安藤のロッカーの前に立った。


 いざピッキングを始めようとしゃがむと足音と話し声が聞こえて来た。



「天野先生、どうしたんですか?」


「いや、こっちの部室棟へ行く生徒が見えた気がしてね」


「授業中ですよ。他の先生ではないんですか?」


「確かに制服を着ていたんだよ」


「しょうがないですね。見回りますか」



 二人の教員が部室棟を見回り始めた。


 タンチョウは安藤のロッカーのカギ穴に棒を差し込もうとした瞬間に少し前に見た四人が歩く光景を思い出した。


 その時の違和感の理由が分かるとタンチョウは別のロッカーのカギ穴に棒を差し込んだ。カチャカチャと音が出る。


 ほどなくしてガチャリとロッカーの扉が開く音がした。そして中にあるラッピング包装された小さな箱を手に取った。


≪パッケージ確保≫


≪了解≫


≪やるじゃーん。タンチョウは出来る男だと信じてたよ≫


≪早く戻って≫


≪それが不味い事態になってる。教員が部室棟を見回っている≫


≪最近、喫煙疑惑が剣道部員にあったからね。警戒してるんだよ≫



 静かにロッカーの扉を閉めると部室の壁際に立って外を窺った。出られなかった。


 二人の教員はタンチョウが潜むバレー部の部室に近づいていた。


 教員は部室の扉を開けて中を確認している。


 タンチョウは部室内を見回した。あるのはロッカーとボールの入った籠や必要な道具たち。役立ちそうな物はない。


 窓が一つある。壁の上方にある小さな窓は開けばタンチョウが抜け出せる。そこを使うしかない。


 タンチョウは急いで物を積むと窓を開けた。ガチャリと隣の部屋から音がした。バレー部の部室の隣の部室が調べられたのだ。もうすぐやって来る。


 間一髪のところでタンチョウはバレー部室を抜け出して走り去っていた。


 時間を確認するとすでに授業の半分が終わっている。


 タンチョウは走った。一年三組は部室棟の反対側にある。


 終わりの鐘が鳴る前にタンチョウは仕事を終えて教室へ戻った。



≪終わったよ≫


≪お疲れ様。捕まらなかったんだね≫


≪ギリギリでね≫


≪結局、安藤だったのか?≫


≪いや、石井だ≫


≪三人のロッカーを開けたのか?≫


≪いや、直前で石井に絞った。教員が迫って来ていたからな。三つのロッカーを開ける時間はなかった≫


≪じゃあ、どうして石井なんだ?≫


≪二人で部室から引き揚げてきた時にあの四人に会っただろ。

 あの時に心配そうに吉田に声をかけていたのは安藤と漆山だった。石井は三人の後ろをついていただけ。そこで石井じゃないかと思ったんだ。

 つまり、正々堂々と勝負する勇気はないが好意だけは寄せている。自分よりも一歩近づいていく他の男が許せない。そんな男の心情のイメージとあの時の吉田を見る石井の目が合致したんだ≫


≪なるほどな≫


≪土壇場だったが石井に絞って良かった。忍び込んで教員の存在に気づくまでは安藤のロッカーを開けてみて誕プレが見つからなかったら石井のロッカーも開けてみようとしか考えてなかったから≫


≪なんにせよお疲れ様、あとは吉田くん次第だね≫


≪大丈夫だろう。道のりが険しい方が燃えるからな。吉田も誕プレを持って燃え上がっているだろうさ。しかし、春だな≫


≪おっと、詩は禁止だよー。ね、コマドリちゃん?≫


≪ノーコメント≫


≪き、聞きたいの?!≫


≪見守ろう。俺たちの仕事は終わった≫


≪おつかれー、私のゲームのイベントも終わっちゃったよ。報酬の回収も終わったから。本格的に協力するかーと思ってたのに≫


 こうして四人の部屋は閉じられた。


 四人は普通の生徒を装って学校の中に溶け込んだ。


 その日、夕暮れの中で裏庭の鳥の巣箱が設置されている木の下で一組の男女が手をつないだ。


 巣箱の管理人は後からそれを知って微笑んだ。


 一羽の鳥が屋上の手すりに降り立った。そして綺麗な声で鳴いた。誰もが聞いた事のある鳴き声で、そして気にも留めない日常に隠れた声だった。

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