第20話 文芸部
そのまま九条さんと藤岡の文学談義は続いていたが、本来の目的を思い出したのか、藤岡は本棚に近づいて行った。
「文芸部には、図書室にない本も沢山あるんだよ」
そう言いながら本棚のカーテンを外し、自慢げに中身を示した。そこには過去の先輩方がコツコツと集めてきた本がずらりと並んでいる。
「この本達が、入部してくれればなんと読み放題なんだよ!」
瞳をキラキラさせながら言うけど、それに惹かれる人ってごく一部なのでは。
「すごいです!」
あ、ここにもごく一部の人いた。九条さんもキラキラしてるわ。俺にはここに並べられた本の価値なんて全くわからないけど、わかる人にはわかるものなんだろうか。
葵に目線をやってみれば無言で首を振られた。案の定あいつにもわからない世界だったようだ。
ならば邪魔はするまい、文学少女達よ。二人で会話を楽しんでくれ。
「部長は何を読んでるんですか」
そんなわけで俺は部長に話しかけてみた。彼女が手に持っている本にはブックカバーがされている為、傍目には何を読んでいるのかわからない。本を読んでる時に話しかけるのは微妙だが、どうせ集中してないしいいだろう。
「これよ……」
言葉少なくそう言うと、読んでいた本に栞を挟んでから俺に差し出してきた。
「うわ、洋書だ」
部長から受け取った本を開いてみると、中身は英語で書き綴られていた。
「……ふふっ」
ニヒルに笑っているつもりか、ちょっとドヤってるぞ。邪魔している俺が言うのも何だが貴女さっきからこれ全然読み進めてないからな。全然集中してなかったろ。
「これ、面白いんですか?」
「……えぇ」
「さすが部長ですね、こんな洋書まで読んでるなんて」
「シェイクスピアだもの」
「何か関係あります?」
さすがの俺でもシェイクスピアくらいは知ってるし、日本語訳された作品ならいくつか読んだこともあるが……今ここでそう言われる理由はわからん。
「翻訳されたものだと、ニュアンスが微妙に変わってしまうの」
「はー、だから原文で読むって事ですか」
「……そういう事」
部長に本を返すと再び本を開いて読書の振りに戻ってしまったようだ。いや、今度こそ本当に読むのかも知れないけど。キャラ作りとかやってる事はアホっぽいけど、洋書読めるだけの英語力があるのはすごい。
「シェイクスピアは英文学の代表的な作家だからね」
部長に感心していると、藤岡が先ほどの話に割り込んできた。
「有名だもんな」
「うんうん、作品を読んだことを無くても、タイトルは聞いたことある人も多いよね」
「まぁ、私でも知ってる位だからね。読んだことはないけど」
文学に全く興味ない葵が自分を卑下するように同意していた。
「もちろん図書室には日本語版の作品が何冊もあるよ」
図書室にも詳しい藤岡らしい補足だな。
「部長みたいに原書で読めなくても、別の人の翻訳で読んでも微妙に違いがあって面白いよ」
それも上級者な楽しみ方ですねぇ。
「私には理解できない世界だ」
葵は軽く引いてる。俺も自分でやろうとは思わないけど。
「シェイクスピアの様に有名な物だと、翻訳も多くされているのでその分楽しめますからね」
あ、九条さんもそっちの人なのね。
「そうなの、劇作家だった事もあって翻訳者のセンスで上演に合わせて訳されてるのもあれば口語調で読みやすさを重視されているものがあったりで」
今日の藤岡はめっちゃ喋るな。九条さんという同志を手に入れてテンションが上がってしまったんだろうか。前から本の事になると割と饒舌になるとは思ってたけど、今日は特にだな。
九条さんも結構楽しそうだし。
「……その楽しみを突き詰めるとここに至るのよ」
部長も混ざって来ちゃった、やっぱ読書しなかったな。無口キャラは今日で廃業か?
「To be, or not to be」
「ハムレットでもっとも有名な台詞ですね」
部長が英語喋ったかと思ったら、作品からの引用だったのか。九条さんが注釈してくれなかったらわからなかったな。
「それが?」
「この言葉は翻訳するのがとっても難しいと言われていて、今までも様々な訳され方をしてきたの」
理解できていない葵の為に藤岡がもっと詳しく説明してくれた。俺も全く理解できてなかったけど葵のおかげで助かった。
「翻訳をした時期によってある程度の傾向があるのも面白いのよ」
「確かに、初期と近年では主流が違いますものね」
もう九条亜さんめっちゃ馴染んでるな。俺なんかよりもはるかに文芸部員らしいよ。部長と藤岡の文学トークに余裕でついていけてる、どころか楽しそうだし。
「これだけ長い歳月が過ぎても物議を醸されるなんて、文学の魅力ってすごいと思わない?」
藤岡が皆に投げかけるように問うと、当然の様に九条さんは頷いていた。部長も本を閉じて思いをはせるように短く同意している。正直俺と葵は置いてけぼりだ。
まぁ、九条さんが楽しそうでよかった。今日の本題は文芸部の見学だからな。この調子ならもし入部する事になっても楽しくやっていける事だろう。
「文学少女って素敵じゃない?」
なんて思ってたら、部長がアホな事言い出した。
「急に何言ってるんですか」
葵も呆れ気味に突っ込んでる。
「文学少女って人気のある属性だと思うの」
属性て。
「確かに、昔からの定番ではありますよね」
「主人公のパターンもあればヒロインのパターンもありますね」
九条さんと藤岡は文学少女らしく物語のキャラの属性として受け止めたのか。
「私も文学美少女をやってるわけだけれど、無口系クールビューティーって結構疲れるのよ」
「今日あんまり無口じゃないですし、自分で言うのもクールビューティー感ないです」
アホな事言い出してるから一応突っ込んでおかないとな。美少女になってる部分は事実でもあるからスルーしておこう。
「じゃぁ私は?」
藤岡さん、何で俺に聞くの? こっち見ないで。
「クラスメイトに勘違いさせる系文学美少女ね」
よかった、何故か部長が答えてくれた。そして上手いと思った。
「えぇ、どういう意味ですか?」
本人は理解できなかったみたいだ。誰にでも優しいから男を自惚れさせる罪な女である自覚はないんだな。まぁ自覚あってやってたら怖いけど。
「では、私は……?」
おずおずと手を小さく上げる様は微笑ましいけど、俺に聞かないでほしいんだ九条さん。
「……和風お嬢様系文学美少女、ね」
真剣な顔つきで何言ってんだこの先輩。九条さんも照れてるし。
「…………」
そして、何で俺を見てるんだよ。しかも葵は文学少女じゃないだろ。自分でも理解してるから何も言わないのかもしれないけど。
「…………」
さすがに部長も何も言えないみたいだな。両肘を机の上に置いて口元で手を組んで黙り込んでしまった。
「……その見た目で文学美少女になったらギャップがあって良いのでは?」
と思ったら何か言い出した。というかその言い分は、その見た目だと本とか読まなそうだって言ってるようなものだと思うんですけどね。
「ギャップ……」
ほら、葵が真に受けちゃった。素直な子なんだから変な事言うのやめてほしい。
「部長も普段は無口っぽいのに本当は良く喋るからギャップありますよ」
特に今日は良く喋ってますよ、という意味も込めて言っておこう。
「あら……貴方といる時だけよ?」
少しだけ首を傾げて薄く笑う姿は、もう無口キャラとか何も関係ない。ただの後輩男子の純情をからかって遊ぶ先輩で、質が悪い。
この場にいる他の女子は全員素直なんだから、誤解されかねないんで勘弁して欲しい。
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