第21話 文芸部の帰り


「あ、もうこんな時間だね」


 藤岡の言葉を聞いて時計を見れば、結構な時間が経過していた。完全放課という訳でもないが、文芸部は遅くなる前に帰るようにしているし良い頃合いだろう。


「戸締りして、帰りましょうか」


 普段何もしない俺だから、こういう時の雑用は引き受けるようにしている。と言っても鍵を職員室に持っていくだけだが。


「そうね……」


 思い出したようにキャラを作る部長の同意を得て、文芸部の本日の活動は終了となった。


「九条さんが来てくれたから、楽しくて時間が経つのあっという間だったよ」


「私もです、今日はありがとうございました」


 帰りの支度をしながらも和気あいあいと喋っている。文学少女組は本当に楽しそうだったもんね。でも、この時期に見学が九条さんだけって大丈夫なのか。


「しばらくは仮入部期間だし、気軽に遊びに来てね」


 藤岡はさり気なく勧誘してるし、やっぱ部員は欲しいのか。積極的に新入部員は勧誘しなくても来てくれた人は歓迎するという感じなのかも知れない。

 戸締りと忘れ物がないかを確認し、全員が部室を出たところで入り口の鍵を閉める。


「んじゃ俺は職員室行くから、先帰ってて」


 俺はここでお別れだ。待たせても悪いしな。葵と九条さんにはどこかで追いつくかも知れないけど。


「ありがとう、高崎くん。また明日ね」


「さようなら……」


「はい、また明日」


 藤岡と部長にも別れを告げ、職員室へ向かう。結局、今日は最後まで文芸部に居てしまったな。適当な所で他の部活も見学しようと思っていたのだが、タイミングが訪れなかった。目的は九条さんの部活探しだから本人が楽しめたのならいいんだけど。



 職員室に行き鍵を返却した事だし俺もさっさと帰ろう。と思って下駄箱に向かうと、碓氷先輩がまだそこにいた。


「また会いましたね、部長」


「そうね」


 何でここに居たんだろうか。俺の事を待っててくれたのかな?


「これ……忘れてたのよ」


「あ、そっすか」


 俺が何か言う前に鞄の中のノートを出して見せてくる部長。教室に取りに行っていたって事ね。もう少し夢見させてくれてもいいのに。


「……行きましょう」


「はーい」


 心の中でグチグチ言ってたら部長に急かされたのでさっさと行こう。



 なし崩しに部長と一緒に帰ることになったけど、会話がないな。片方が一応無口キャラだからある意味当然と言えば当然なのかも知れないけど。


「……ねぇ」


「なんです?」


 と思ってたら部長から声をかけてきた。何だろうか。


「私……今年で卒業するのよ」


「普通に考えたらそうですね」


 急に何を言い出すのだろうか。何かとんでもない失態をやらかさない限りはそうだろう、3年生なのだから。


「去年新入部員は一人しか来なくて、貴方達に名義を借りたわ」


「そうですね」


 ふむ、割と真面目な話かな。真剣な感じだ。饒舌になってきてるし。


「3年生が卒業したら、あの子は一人になってしまうのよ」


 藤岡の事を心配していたのか。


「残していく後輩の事が心配ですか」


「えぇ……とてもね」


 今の碓氷先輩はキャラ作りとかいったん置いて、本気で藤岡を心配しているんだろうな。それが伝わってくる。


 確かに、文芸部でちゃんと活動しているのは部長である碓氷先輩と副部長の藤岡だけだ。一応不定期に参加する人も少ないながらにいるらしいがそれは全部3年生。2年生には俺と葵しかいないし、その俺と葵は幽霊部員だ。

 なるほど、これは先輩として心配になるのもわかる。というか部の存続自体怪しいのでは。


「今日は誰も来てなかったみたいですけど、1年生は来ないんですか?」


「今のところ誰も見学にすら来ていないわね」


「文芸部ってそんな人気ないんですか」


「そんな事はないわね、物語の舞台にも使われるし。女子には人気の部活のはずよ」


「でも、見学にも来ないんでしょ」


「それが不思議なのよね……」


 そういうと部長は片手を口元にやり、真剣に悩みだした。原因がわからければ改善も出来ないからな。是非とも原因解明してほしいものだが。


「そういう意味でも、今日貴方が連れて来てくれた九条さんが入部してくれると嬉しいのだけれど」


 確かに、文学が好きだし藤岡とも気が合いそうだったしで新入部員としては申し分ないだろうな。


「まぁ、それは彼女が決める事ですから」


「そう……よねぇ……」


 俺が入部しろ、って言って入部するとは限らないし。無理やり入部させても上手くいかないかもしれないし。九条さんに入部したい、と思わせることが大事だろう。もっとも、今日の手ごたえであれば入部してもおかしくはない気がするが。ほかの部活を見学してよほど興味を惹かれなければ大丈夫な気もする。


「そう言えば、1年生じゃないですけど九条さんは部活動紹介を見て、文芸部は楽しそうだって言ってましたよ」


「あら、それは光栄ね」


「だから他にも興味自体を持ってる生徒はいるんじゃないですかね」


「そうね、あれは3年生一同で練りに練った会心の出来だったもの」


「そうなんですか?」


「えぇ……最上級生として後輩に残せるものを残すという意味でも、新入部員を獲得する為に全力を尽くしたのよ」


 そうしたり顔で言うけど、結果として新入生は見学に来てないんですよね。


「九条さんから聞いた内容だと、割と堅苦しそうだと思ったんですけどね。実際どんな感じだったんですか?」


「ふふ、文芸部の素晴らしさを前面に押し出す事にしたのよ。文学に触れて心を豊かにし教養を得て自分の人生だけでは知る事のできない事を知り、言語によって表現された芸術作品に触れ自らも創作していく事がどれだけ人生を充実させるかを端的に説明したのよ」


 そっすか。


「多分俺だったら入らないっすわ」


「貴方は文芸部員でしょう」


 先輩の柄に合わない長文を短い言葉で切って捨てたらジトリと睨まれた。


「実際の文芸部の活動を否定する気はないですよ。俺はあんまり顔出してないけど、お勧めしてもらう本は面白いし、語り合うのも楽しいから」


 勘違いで怒られても堪らないのでしっかりと訂正しておこう。


「でも、部長の言い方だと高尚そうというか、格式が高いと言うべきか」


「あら、文学というのは芸術よ。そんな事を気にする必要はないわ」


「その事実を1年生たちは知らないんですよ」


「む……」


 そういえば、パンフレットも似たような感じだったな。もちろん藤岡や九条さんみたいなタイプには魅力的に見えるんだろう。でもそういう人がいない可能性もあるのだ。

 そうでない人達にとっては、手を出しにくいように感じられたのではないだろうか。ちょっと興味あるかな、ぐらいの人には逆効果になってしまっていたりして。もうあまり覚えてないけど、去年俺達が見た時もそうだったのかも知れないな。


「ポスターとかに、気軽に見学してね。みたいに書いても良いかも知れませんね」


 実際に見学にさえ来てもらえれば、誤解も解けるだろうし。


「まぁ、まだ仮入部期間は残ってるんですし、これから見学者も入部希望者も来るかも知れませんけどね」


 先輩たちが藤岡の、文芸部の為に頑張ってくれたんだしそうであってほしい。


「私はね……」


 そう言うと先輩は足を止め、その場に留まった。


「部長?」


 一体どうしたんだろう。立ち止まった先輩は、目を閉じ胸に手を当てて呼吸を整えている。緊張しているのか、あるいは覚悟を決めているのだろうか。しばらく経ってからそっと目を開き、言葉を紡いだ。


「私はね……高崎くん」


 いつになく真剣な先輩の空気に、俺は何も言えず口を閉じたまま次の言葉を待つ事しか出来なかった。


「新入部員が欲しくて欲しくて仕方がないけれど、キャラに合わないからそれを表に出したくはないのよ」


 なんかアホみたいな事言い出したぞこの先輩。無駄に時間かけてシリアスな空気作って表情もキリッとさせている。


 聞かなきゃよかった。

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