第19話 部活動
新年度が始まり数日が経ち、少しふわふわしていた独特の空気も収まりつつある。転校生でもあった九条さんだが、本人の人柄やクラス替えもあったことで上手い具合にクラスに馴染む事ができた様だ。
そんな九条さんに一つ、悩みごとが出来てしまった。それは部活動である。
特別に1年生向けの部活動紹介に九条さんも参加して来たのだが、これぞという部活はなかったらしい。昼休みになって食事をすませてから彼女はずっと頭を悩ませていた。
「そういえば、皆さんはどんな部活動をなさっているんでしょうか」
各部が新入部員獲得のために頑張って作ったパンフレットとにらめっこをしていた九条さんが、ふとそんな事を言い出した。俺達の生の声を聞いて参考にしたいのだろう。
「俺は料理研究部に入ってる」
「なるほど、本田さんにピッタリですね」
そんな明の言葉を聞いて我が意を得たりと言わんばかりに頷く九条さん。まぁ意外皆無だよな、家での明を知っていれば。
ただ、明の外見は背が高くて体格も良いし顔も厳つい為良く人からは意外だと言われている。部の仲間はもう慣れたみたいだが、新入部員にはまた勘違いされるのかもと本人は少し気にしていた。
「部員として九条さんにアピールしてみたらどうだ?」
九条さんは料理研究部とか外見的にもピッタリだし、悪くない気がする。
「あー、本格的な活動は月に1、2回くらいしかないんだ。材料費の兼ね合いもあるからな。しかも部室の家庭科室は先生の許可がないと入れないから普段もそんなに活動はしてない。たまに空き教室とかで話し合ったりはするけど、スマホで済ませるパターンも間々ある」
こいつ勧誘する気あるのか?
「あんた撫子に入部されたくないの?」
「いや、入ってから知る方が嫌だろ、九条も」
「それは……確かに」
葵に突っ込まれていたが、明の誠実さだったか。なるほど確かに入部してから思ったのと違うってのは嫌だもんな。
「でも、料理をする時は皆真面目にやってる。レシピを増やすと言う意味でも技術を上げる意味でもな」
「確か今は新入生のために毎日何か作ってるんだろ?」
誠実なのも良いけど勧誘も大事だと思うから助け船でも出してやるか。
「あぁ、連続でやる分安く仕上がるお菓子とかになっちまうけど、逆に研究成果を見せる時だって張り切ってるよ」
「だから九条さんも、興味があったら見学してみてもいいんじゃないかな」
「私、2年生ですけど大丈夫でしょうか」
九条さんは心配そうに聞いてきたが正直俺に聞かれても答えられない。なんとなく大丈夫そうだとは思うけど。内情を知っているだろう明に目線で答えを促す。
「大丈夫だ。部員が増えれば部費が増えるから、問題さえ起こさなければ幽霊部員でも何でも大歓迎って言ってた」
「あ、あはは」
あまりにも明け透けな言葉に苦笑いしながらも、九条さんは料理研究部に興味を持ったようだ。入部するかどうかは別にして、見学してみるのもいいだろう。
「ちなみに、私と大和は文芸部だから」
「殆ど幽霊部員だけどね」
「文芸部」
葵の言葉は意外だったのだろう、九条さんは復唱する様に呟きながら手元のパンフレットに目を落とした。残念ながら俺にはパンフレットにどんな事が書いてあるかもわからない、ましてや部活動紹介でどんな事をしたのかなんてもってのほかだ。
「藤岡が去年たった一人の新入部員だったんだけど、人数が少ないって事で誘われて入る事にしたんだ」
活動への参加も任意で良いって話だったから、帰宅部するつもり満々だった葵も誘った。
「顧問は殆ど来ないし先輩もうるさくないし、悪くはない部だと思うけど」
葵はそういう部分で割と気に入ってるみたいだな。ただ九条さんにお勧めする理由としてはどうかと思うよ。
「ふふ、部活動紹介でもお話を伺いましたが楽しそうだと思いました」
「ふーん、どんな事言ってたの?」
「俺も気になるな」
文芸部員二人が文芸部の紹介を教えてもらうというまさかの展開。
「文化と芸術を嗜む部活で世に出ている作品を見たり、自分たちで創作したりする事を中心に活動してると」
うーん、堅苦しそう。
「要は本を読んだり書いたりするって事でしょ、言い回しが文芸部って感じ」
「お前も文芸部だろ」
葵が他人事のように言うものだから明が呆れながら突っ込んでる。九条さんにパンフレットを見せてもらうと、高尚そうな部活に見えて仕方がない。これを見て楽しそうだと思う九条さんの感覚って一体。
「俺達が言うのもなんだけど、藤岡達は真面目に文芸部してるから、興味があったら案内するよ」
まぁ、本人がそう思うのならばそれで良いのかもしれない。一応俺達も部員なのだから歓迎する意味でも誘っておこう。
「文芸部も是非見学させていただきたいです」
よろしくお願いします、と頭を下げる九条さんを見ていると確かに文芸部もピッタリなのかもなと思う。
放課後、九条さんは早速部活を見学しに行くらしい。この時期は1年生も見学しているだろうし上手いこと混ざれば特に目立たずに見て回れるだろう。
彼女の希望により、まずは文芸部から案内する事となったので俺と葵は九条さんを文芸部部室まで連れて行った。
「こんにちは」
部室の扉を開けながら挨拶をして入室すると、既に中にいた部長と藤岡がこちらに視線を投げかけながら挨拶をしてくれる。だが、意識は俺や葵ではなくその後ろにいる九条さんに向かっている事だろう。
「見学希望者を連れてきました、こちら同じクラスの九条撫子さん」
「2年1組の九条撫子です」
簡単に自己紹介を済ませる九条さん。
「九条さん、来てくれたんだ」
クラスメイトの来訪に藤岡が喜んでいる。九条さんも知り合いがいて心強いのではないだろうか。俺や葵は幽霊部員だから考慮外だ。
「で、こっちが3年生で部長の
「……よろしく」
「よろしくね」
俺が水を向けると部長は相変わらずの無表情で一瞥するのみで、藤岡は笑顔で手を振っていた。部長は癖のない黒髪を長く伸ばして所謂姫カットとかいう奴にしている。人を選びそうな髪型なのに、整った顔たちによく似合っており涼しげな目元や凛とした態度も相まって近寄りがたい雰囲気すらある。
「じゃぁ折角見学に来てもらったことだし、文芸部がどんな活動をしているか説明しようかな」
そう言うと藤岡は椅子から立ち、コツコツと部室の中を歩きながら説明をしだした。その動作は特に意味もなく、なんとなくカッコ良さそうだからやってるんだろうな。
「文芸部っていうのは何も堅苦しい部活というわけではないの――――」
藤岡が説明を始めたのだが、部長は我関せずとでも言いたいのか手元の本を読んでいた。いや、読んでいる振りをしてるだけだな。目の動きは不自然だしページも捲られていない。後輩に説明させて自分は読書をする系女子の演出をしているのだろう。でも後輩が頑張ってくれているからその内容はしっかり聞いている、と言ったところか。
俺が部長の観察をしている間に長い説明を終え、棚から部誌を取り出し九条さんに手渡していた。
「作品に触れるだけではなく、自分たちで作品を作ったりもしているの。よかったら読んでみてね」
「はい、ありがとうございます」
そう言って受け取った部誌に目を通す九条さんとそれを見守る藤岡。葵は勧誘には参加するつもりがないのかガチで本を読んでいる。部長は本を読む振りをしながらも九条さんが気になって仕方がないのか全くページを捲る気配がない。
そんなに気になるのなら自分も話しかければいいと思うのだけれど、この人の無口はキャラ付けなので本人は破るつもりはないらしい。無表情もポーカーフェイスで頑張っているだけらしいので時折崩れている。
だが本人の努力も相まって殆どの人間は部長の事を無口系クールビューティーだと思っているらしい。俺からすればそんなキャラ付けしてる時点でクールではないのだが。
「……なにかしら」
ジッと見すぎていたのか、視線に気づかれ目が合ってしまった。部長は読みかけの本から顔を上げて俺の方に向き直った。
「なんでもないですよ」
貴女のキャラ作りを観察していました、とは言えずに俺は開き直ってしらばっくれた。
「…………そう……」
明らかに納得はしてないだろうけど、深く追求される事もない。これも無口系キャラクターの宿命だな。無表情を取り繕っているくせに不満がありありと出ているのは何故なのか。
部長の観察は面白いけど、あんまりやると怒られるからここまでにしておこう。本命の九条さんと藤岡の様子を伺えば本の話で盛り上がっている。
九条さんも文学少女だったのか、誰それの何て本が良かっただのどこの描写が素敵だの記述に対する見解だのを言いあっている。すっごく文芸部っぽいわ。
もう入部しちゃえばいいのに。これは俺だけじゃなくて葵も部長も同感だったと思う。
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