第18話 入学式の日
今日は入学式という事で在校生である俺達は休みだ。午前中に仕事を終わらせ、昼食を取り午後から勉強という非常に充実した休日を送っている。
昨日あんな会話をしておいて俺の成績が下がっていたら格好悪いし、しっかりやる事やっておかないとな。
ふと時計を見れば予想以上に時間は経過していた。長時間ダラダラやるのは性に合わないので、短時間でもしっかり集中してやるのが俺流だからな。
少し休憩でもするとかと思えば、タイミングよくスマホが音を鳴らす。誰かが連絡してきたようだ。画面を見れば
『あ、先輩。今大丈夫ですか?』
「あぁ、どうした?」
通話ボタンを押せば相変わらず明るそうな後輩の声が聞こえてくる。
『実は私今日入学式だったんですけどぉ』
知ってるよ。
「あぁ、おめでとう」
『ありがとうございまーす! それで、学校終わって後は帰るだけなんですけど』
「ん?」
さっさと帰ればいいだろ、とは思っても言わない。
『ちょうど先輩のおうちの近く通るんで、お世話になってる先輩に可愛い後輩の制服姿をみせてあげようかなぁって』
上からくるねぇ、可愛い後輩なのに。
「別に無理しなくてもいいぞ、学校始まればいつでも見れるから」
『学校が始まる前に特別に見せてあげたいっていう乙女心じゃないですか』
「そうだな。それじゃぁ折角だし、お言葉に甘えるよ」
『さっすが先輩、後10分くらいです』
「はい、気を付けておいで」
電話の向こうの声がより楽し気になったので一応窘めつつ通話を終了した。10分か、折角だし温かい紅茶でも用意しておいてやるか。
台所へ行くと明が何かやっていた。夕食の準備にはさすがに速いけど、研究してたり仕込みだったりとよくある事だから気にしない。
「ちょっと紅茶淹れさせて」
「あいよ」
そう言ってコンロを一口使わせてもらう。
「これから桜来るから」
「入学式の日にわざわざ何しに?」
お湯が沸くまで暇なので雑談がてら明に伝えてみた。
「制服姿のお披露目してくれるんだとさ」
「あぁ……」
納得はしたが理解はしてないって顔だな、理解する気もないんだろうけど。理解していなくても相手がそう行動するという事を納得していれば十分という事だろう。
お湯が沸騰したので火を止めて茶葉を入れる。ウチは茶葉も無駄に種類があるので拘れる。ロイヤルミルクティーにするのでサイズは細かいのがいいだろう。
適度に蒸した後は牛乳を加えて再度温める。その後茶葉をこしてティーカップに注ぎ完成だ。
俺の分はこれで良いとして桜の分はもうひと手間加えてやろうかと考えていたら。
「ほれ、はちみつ」
気の利く男がはちみつ取ってきてくれた。
「サンキュー、明の分ははちみつマシマシにしておいてやろう」
「いや、淹れてくれるなら普通が良い」
サービスしてやろうと思ったら冷静に断られてしまったのでほんのり入れておいた。
準備を進めていると連絡があったのでスマホを確認すれば桜が到着したとの事。庭から縁側に来るように伝えておこう。
連絡を入れ、準備に戻ろうとすれば明が。
「俺が持って行ってやるから、先に行ってやれ」
「悪い、ありがとうな」
明さんのお心遣いが胸に染み渡りますわ。お言葉に甘えて後の事を明に任せ、俺は縁側に向かう事にした。
縁側に向かえば、制服姿の桜がもう既に待っていた。
「あ、先輩」
「よう、桜」
高校生になったことで少し大人びたのか、いつもよりもおすましさんだな。人懐っこい顔は少しメイクをしているのか、派手すぎない程度に飾られている。
でも無言でどうだと言わんばかりの表情でおろしたての制服を見せつけてくるあたり、中身はあんまり変わってないかもしんない。
「よく似合ってるよ。大人っぽくなった、桜ももう高校生なんだな」
「えへへー、そうでしょそうでしょ」
俺の言葉に満足げに頷く桜はその場でくるりと一回転して最後にポーズをばっちりと決めた。いつもよりも余計にゆるふわしているウェーブなセミロングの髪がふわりと揺れる。ワンポイントで三つ編みに編み込まれているのも可愛らしい。悔しいが様になっている。
「先輩には受験勉強でもお世話になったし、一番に見せたかったんです」
今日入学式に行ってきたんだろうし、全く一番ではないと思うけれど突っ込むのは野暮なんだろう。こういうのは気持ちの問題だ。その気持ちが嬉しいもんだ。
「可愛い後輩にそこまで感謝してもらえて、俺も嬉しいよ」
「んふー」
満面の笑みで頭を差し出してくるので軽く撫でてやる。入学式だからと気合が入っていたのか髪型はバッチリ決められていたので、崩さないように丁寧に気を付けながらだが。
じゃついてくる桜の相手をしていると、明がトレイを持ってやって来た。
「お待たせたな」
「ありがとう、明」
「こんにちはー」
「おう、入学おめでとさん」
「ほらほら、なんかいう事ないですか?」
この後輩、今度はあからさまに催促してきた。親指を立てて自分に向けてドヤってる姿は微妙にウザい。
「よく似合ってるよ」
「雑だなぁ」
「ほら、入学祝だ」
せっかく褒めてやったのに不満げに文句を垂れられた明だったが、意に介さずといった様子でクッキーが綺麗に盛り付けられた皿を桜に渡している。
「わぁ、ありがとうございまーす!」
「ったく、花より団子じゃねぇか」
あっという間に機嫌を直して嬉しそうに皿を受け取る姿はやはりまだまだ子供っぽいな。こいつの場合はそれが可愛らしく見えるからいいんだろうけど。
「こっちは大和からな」
そう言って俺の用意していた紅茶も置く気遣いボーイ改め明くん。
「先輩もありがとうございます!」
「どういたしまして」
桜が縁側に腰かけ、いただきますと口にし始めたので俺も続こうと思ったのだが、ティーカップは二客しかなかった。
「あれ?」
1客足りなくない? という意味を込めて明の方を見ると。
「俺はやることあるから向こうに戻る、後は任せた」
あらら、今の明はあまり台所から離れたくはないのかな。ならば無理には誘うまい。感謝だけして立ち去る彼を素直に見送ることにしよう。
「あいよ、ありがとな」
「ごゆっくり」
「……」
明はそういって台所へ戻っていった。クッキーを口に入れていた為喋れなかった桜は、少し慌てた様子で咀嚼している口を片手で押えつつも無言でお辞儀をしていた。
「美味しいでーす」
桜は口の中のクッキーを飲み込み紅茶を一口飲んだ後で、もう既に見えなくなった明の方向に向かっててお礼を言っている。特別大きな声という訳でもないので聞こえてはいないだろうけど、聞こえなくてもお礼は言っておきたかったのだろう。
「これでまた、先輩の後輩ですね」
「別に去年もずっと後輩だったろ」
「もう、そういう事じゃないのに」
俺の答えが気に入らなかったようで文字通り頬を膨らませる桜。しかたない、気に入りそうな言葉を考えてみるか。
「桜がウチの学校に来てくれたのは嬉しいけど、仮に違う学校でも大事な後輩だってだけさ」
「なら、いいんですけどぉ」
満足という訳ではなさそうだがとりあえず機嫌が直る程度の答えは出せたようだな。
「受験勉強頑張ってたもんな」
「そうですよ! 合格圏内とは言え余裕じゃないから結果が出るまで心配で心配で」
試験前よりも試験の後の方が不安に追い込まれていたかもしれない程だったからなぁ。
「でも、先輩が応援してくれたおかげで頑張れたんですよ?」
あざとく上目遣いで瞳を潤わせて来る後輩のこの姿は、付き合いが浅かったら自分に惚れていると勘違いするかも知れないな。俺には日常茶飯事だから勘違いするはずもないけど。
「桜が可愛いから、応援したくなるのさ」
「先輩!」
俺がニコリと笑って言ってやれば、感激したと言わんばかりに胸の前で手を組み合わせみせる。桜とこういうじゃれ合いするのはいつもの事だ。
「先輩、これからもまたよろしくお願いしますね?」
だというのに、時折こいつは不安そうにこちらを伺ってくる。俺が今さら後輩を見捨てるとでも思っているのだろうか。今日も寂しくてわざわざウチまで来たんじゃないだろうな、全く。
「あぁ。何かあったらすぐ言えよ、可愛い後輩なんだから」
「ふふ、頼りにしてまーす」
今度の俺の答えには満足したみたいでよかった。この後家に送り届けるまで、ずっと楽しそうだったから間違いないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます