第17話 デザート


 4人で明と九条さん合作の昼食を頂いた後、九条さん力作のデザートも頂く。桐生さんはいないので彼女の分は帰って来た時にでも渡せばよかろう。4人分のプリンが食卓に並べられている。


「よっ、待ってました!」


 明が無駄に囃し立てているが、確かに皆お待ちかねだ。葵も小さく拍手してるし、楽しみにしていたのだろう。九条さんは初めて作ったからか少し複雑そうな面持ちだな。楽しみな反面失敗が怖くもあるのかも知れない。隣で見ていた限りは全く問題なさそうだったけど。


「何か失敗などしていなければいいのですが……」


「大丈夫、とても美味しそうだよ」


 やはり恐怖の方が割合は多いのかもしれない。レシピがウチのだからってのも大きいのかもな。フォローはしてみたがあまり効果はなさそうだ。むしろ葵がうんうんと頷いている。こういう時はさっさと食べて直接答えを確認するしかあるまいね。


「それじゃぁ早速、いただきます」


 そう言ってまずは一口。うん、旨い。レシピ通りとはいえ九条さんが丁寧に作ってくれたのがよくわかる。


「とっても美味しいよ」


「あぁ、旨い」


「美味しいから撫子も食べなって」


 俺の言葉に続いて明や葵も評価を下していた。葵に促されつつ九条さんも自身で作ったプリンを口に運ぶ。その綻んだ顔を見れば、感想を聞かずとも答えはわかったも同然だ。


「わぁ、美味しいです」


「でしょ、ありがとう。撫子」


「へ?」


 この顔は何で葵が礼を言っているのかわかっていないって顔だな。


「美味しいプリン、作ってくれてありがとう」


 言っている内容は同意だけどそのドヤ顔はちょっとムカつく。

 

「えっ、そんな! 高崎さんの指示通りに調理しただけですので、美味しいのは高崎さんのおかげです」


「俺は口を動かしただけで何もしてないよ。九条さんが作ってくれたからこのプリンがあるんだ」


「そうそう、だからありがとうって事」


「だな」


 案の定というかやはりというか九条さんは謙遜していたので、3人で誉めそやす。明は尻馬に乗っただけかも知れないが。

 謙遜しすぎるとレシピに対して失礼だし褒めすぎると自画自賛みたいになるしという板挟みになってしまった九条さんはとても微笑ましかった。



 その後、プリンに舌鼓を打ちながら談笑をしていれば話題に上がるのはやはりというべきか学校の話だった。


「春休みなんてあっという間に終わっちまったなぁ」


 嘆かわしそうに明が言った。春休みがあっという間だったのは同感だけどな。


「明日は入学式で俺達は休みなんだからまだいいだろ」


「たった一日じゃ誤差だろ」


「どんだけ休みに飢えてるんだよ」


「始まって早々テストもあるし嫌になるぜ」


 まぁそういう事を言いつつもテストの点を落とさないように努力するのがこいつの良いところなんだけどな。


「撫子はテストなんて余裕なんじゃないの? ぱっと見頭良さそうだし」


 こらこら、葵くん。人を外見だけで判断しちゃいけないぞ、その理屈だと君は頭が悪そうだし。実際のところはともかく。


「そんな、転校して初めての試験ですし少し緊張してます」


「あー、それもそっか。まぁ今回の結果である程度どんなもんかわかるでしょ」


 葵の言うとおりだな。九条さんの学力が以前と変わらないとしても周囲の人間はガラッと変わるわけだし、そういう意味では今回の試験は腕試しには持って来いという訳だ。まぁ葵と違って見た目だけで判断しているわけではないが、会話をしていて教養を感じる事も多いし九条さんは勉強はできそうな感じはする。


「転校するのにも試験があったわけだし、この休みの間も真面目に課題をやっていたんだから九条さんなら心配はいらないと思うよ」


「ふふ、ありがとうございます」


 俺のフォローに対して微笑みながら礼を返す九条さんは、本人が言うほど緊張しているようには見えない。やはり試験そのものに対してと言うよりも周囲との差を気にしているという事なんだろうか。


「羨ましい話だねぇ」


 他人事のように明が呟いているが、こいつは別に成績悪いわけでもない。一応特待生だし、あまり成績が落ちたらまずいから勉強は嫌いだが成績は落とさないようにしているからな。


「あんた別に成績悪くないじゃん」


 と思っていたら葵がそのまま突っ込んだ。


「テストに対して何の心配もいらない、ってのが羨ましいんだよ」


 こいつはテスト直前は必死こいてる事も多いからな。


「……勉強したら?」


「ごもっとも」


 葵の正論に明は同意を返す事しかできなかったようだ。せめてもの反抗なのか肩をすくめてお手上げ状態になっているが。

 明らかに改めるつもりはなさそうだな、現状問題ないしいいんだけど。


「そういう葵は大丈夫なのか?」


 一応確認しておこう。


「とりあえずは問題ない……と思う」


 最後の付け足しに多少の不安が残るけど、本人が問題ないと言っているならまぁ問題ないのか。


「そうか、ならいいけど。何かあったら言えよ」


「うん」


 葵本人も実は不安だったのか、俺の提案に素直に頷いていた。


 ところで、俺の成績の心配は誰もしてくれないのかな。まぁ俺が一番成績が良いから仕方ないか。成績優秀品行方正容姿端麗な俺だから! 


「……」


 心の中で自画自賛していたら葵に無言の抗議を食らってしまった。アホな事を考えているのがバレてしまったのだろうか。


「何だよ?」


「……何でもない」


「そうか」


 ふぅ、しらばっくれたら事なきを得た。葵も確信があったわけじゃないんだろうな。怪しんではいても考えが読めるわけじゃないから深くは突っ込めまい。



 午後、葵は九条さんを連れて買い物に行くことにしたらしい。日用品などの買い物はしていたが、いわゆる女子高生的なショッピングはしてなかったかも知れない。なんて気が利かない同居人たちなんだ、葵にも胡乱気な目で見られてしまっていた。


 折角だから女の子同士で楽しんでおいでと二人を送り出した。同性だけの方が気兼ねなく行動出来ていいだろう。自分の気の利かなさを誤魔化す為でもなければ女性の買い物に付き合うのが面倒だった訳でもない。



 桐生さんが帰って来た時に、時間もちょうどいいからお茶にしてその話をしてみた。


「いやぁ、やっぱり若い女性には若い女性の目線が必要だね」


「おや、この家にはもう一人若い女性がいたはずだが……?」


「あ、珈琲おかわり淹れようか?」


「それで誤魔化せると思っているのかな」


 そう言いながらコーヒーカップをこちらに手渡してくるのは、誤魔化されてくれるからだ。折角誤魔化されてくれるのだから大人しくおかわりを用意して来よう。



「全く、あまりお姉さんをからかうものじゃないよ」


 おかわりの珈琲を受け取り、一口飲みながら言うその姿は照れ隠しにしか見えない。これを突っ込んだら今度は誤魔化されてくれない事間違いなしなので心の中でだけ楽しむけど。


「ところで、大和くん」


「何?」


「新学期、どうだったかな」


 どう、とはざっくりした質問だ。でもこの人に見栄を張っても仕方ない、正直に答えよう。


「情けない事に、空回りしちゃったよ」


「おや珍しい」


「でもまぁ何とかやっていけそうかな」


「そうか、それは何よりだね」


 しみじみとした表情で言った桐生さんは、また一口珈琲を飲んでいた。


「あの大和くんがもう高校二年生か、と思う事もあるけど」


 ん?


「私が同じ年の頃はもっと子供だったよ、高校生なんてついこの間の事にも思えるけどね」


「そうかなぁ?」


 桐生さんが今の俺と同い年の時はもっと大人びてたと思うけど。


「そうだよ。君は自分で思っているよりも、ずっとよくやっている」


 あぁ、励ましてくれてたのか。心配をかけてしまっていたのかな。


「ありがとう、桐生さん」


「なに、お姉さんだからね」


 俺がお礼を言うと、当然だと言わんばかりの表情で返された。なんか今日お姉さん押しが強いな。お姉ちゃんの日か?


 普段何気なく言うのは良いんだけど、こういう風に待ち構えられると逆に意識しちゃって恥ずかしいから言いたくないんだよなぁ。

 直接言われた訳ではないから気が付かなかった事にしてしらばっくれてもいいんだけど……。

 チラッと桐生さんを伺えばいつも通りにクールぶった表情だが、雰囲気が明らかに待っている。珈琲を何度も口に運んでいるのは喉が渇いているのではなく手持ち無沙汰なだけだろうし。


 よし。今回は励ましてもらったし、俺も頑張るか。


「いつもありがとう、お姉ちゃん」


 腹を括り、期待に応えるとお姉ちゃんは満面の笑みでお返事をくれた。


「あぁ、どういたしまして」


 そのまま頭を撫でられて完全に弟になってしまったが、ここまで喜んでくれたら恥を忍んだ甲斐もあったかな。



 お姉ちゃんの日、それはいつやって来るかわからない桐生さんがお姉ちゃんぶりたい日だ。

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