第16話 お昼の準備


 さて、明が帰ってくる前に準備を終わらせておかないと怒られてしまうからな。さっさと帰って早いとこ準備を済ませておこう。

 頼まれたのは九条さんだけど、怒られるのは俺だろうし。九条さんも台所の細かな配置などがわからないし一人では不便だろう。


 家に帰り、手早く身支度を済ませて台所に向かう。遅れて少しして髪を後ろでまとめた九条さんもやって来た。


「はい、九条さんはこれ使って」


 まだエプロンを持っていない九条さんに俺のエプロンを渡す。別に桐生さんのエプロンでも良かったのだが、この間の意趣返しだと思われても面倒だから俺のでいいだろう。


「ありがとうございます、お借りしますね」


 俺の飾りっ気のない地味な黒いエプロンでも、九条さんがつけるとオシャレに見えるから不思議だ。


 今回は九条さんがやる気に満ち溢れているし、俺は口を出すだけで手を出すつもりはない。物の位置などがわからないだろうから指示をするだけで、やり方等に口を出すつもりもない。米の保管場所を教えてやれば手際よく米を研ぎ、水に浸している。文句なしだな。ちなみに炊飯器によっては炊飯に浸水時間も含まれているのもあるから注意だ。


 後はしばらく放置して浸水させてから炊くだけだ。もうやる事は殆ど終わっているんだが、九条さんのやる気はまだまだ残っていて、もっと何かしたいという意思が何も言わずとも伝わってくる。俺に何かを言うでもなく、少しソワソワしながら辺りをキョロキョロと確認して仕事を探しているな。その仕草が何とも可愛らしくて、甘やかしてあげたくなる。


「折角だし、デザートでも用意しようか」


「はいっ」


 俺が助け船を出すと、彼女は花笑みながら元気に頷いた。



 とは言っても、特に材料を用意してあるわけでもないしプリンくらいしか思い浮かばないんだけど。幸いにも九条さんもプリンは好きみたいだし、他の奴らもそうだから今回はプリンでいいか。


「九条さん、プリンって作ったことある?」


「ありません」


 申し訳なさそうにシュンと答える姿はこちらも罪悪感を抱くから勘弁して頂きたい。


「あぁ、気にしないで。作ったことあったらどっちのレシピにしようかな、ってだけだから」


 作ったことがないなら、我が家のレシピで問題ないだろう。昨今巷で流行っているオシャレなとろとろのプリンとはかけ離れた昔ながらの固めのプリンだ。


「今日は高崎家のプリンを九条さんに作ってもらおうかな」


 とは言うものの、俺もレシピを覚えてる訳じゃないのでノートを見てカンニングするのだが。


「はいっ頑張らせていただきます」


 うむ。相変わらずやる気は十分だな。一応俺も明のエプロンを装着してはいるが、手を出さずに口だけ出すから頑張ってくれたまえ。


 素直に俺の言う事を聞いてカラメルソースを作る九条さんの顔は真剣そのものだ。時折不安そうに俺に確認を求めて来るが、手際よく上手い具合に作れている。

 効率を考えたらその間に俺がプリン液を作っていた方が良いのだが、なんとなく全部彼女にやってもらおうと思った。


「そこでお湯を一気に入れて、はねるから注意してね」


「はいっ」


 別に固唾を呑む程注意はしなくても良かったんだけど、今の九条さんは真剣だから仕方ないのかも知れない。


「えっと、えっと……」


 ソースのはねっぷり、あるいは水蒸気が九条さんの予想以上だったのか、ちょっと慌ててるな。


「大丈夫、ヘラで混ぜながら火にかけて煮詰めよう」


「は、はい!」


 だが俺が指示を出してやればすぐに作業に戻る。緊張気味でおっかなびっくりなのは変わらないけど。途中で明が帰って来たけど九条さんの真剣な顔を見て、温かい目で見守っていた。料理大好きマンな明だが、この健気に頑張る少女に対して容赦なく同時に調理を開始するほど無粋では無かったようだ。

 その後葵もやってきたが、調理を頑張る九条さんとその横で指示だけして手を動かない俺、さらにそれを微笑ましそうに観察している明を見て呆れていた。こちらにやって来なかったのはあいつなりの優しさなのかも知れない。

 

 浸水もいい具合だったので炊飯器のスイッチを押しつつ、プリンをオーブンに入れて焼き上がるのを待つばかり。


 そうなれば待ってましたと言わんばかりに明が俺からエプロンを奪還し厨房に入る。九条さんはそのまま残り明を手伝ってくれることだろう。俺の出番はここまでだな。ノートを仕舞ってお勤め終了だ。


「ふぅ、一仕事終えたぜ」


 葵のいるダイニングまで行き大げさに汗をぬぐう仕草をしながら椅子に座る。


「口しか動かしてなかったじゃん」


「それが仕事だったからな」


「はいはい、お疲れさま」


 うーん、扱いがぞんざい。


「さっき葵と別れた後で九条さんと話したんだけどさ」


 この話を葵にするのは二人が料理に集中してる今がチャンスだろう。


「何?」


 葵も俺の声のトーンが変わった事に気付いたのかちゃんと聞く態勢になった。


「結論から言うと、俺はもうグループとか気にせず学校でも九条さんと仲良くする事にしたから」


 回りくどいのは苦手なので簡潔に伝えるに限るな!


「……なんでそうなったの」


 やっぱり理由聞くよね、いくら簡潔にっていっても限度はあるか。反対というわけでもないんだろうけど。


「九条さんにそう言われた」


「マジ?」


「マジ」


 葵にとっても意外だったんだろうか、ちょっと驚いてる。直接言われた俺はもっと意外だったけどな。


「俺達が見放したように思えて、寂しかったのかもしれないな」


「……」


 葵にだってそんなつもりはなかっただろうけど、思うところもあるのか何も言わない。


「だからそういう意味じゃ、あの葵の行動は嬉しかったんじゃないかな」


「私はまたやってしまった、としか思ってないけどね」


 自嘲気味に笑って吐き捨てる葵はちょっとやさぐれているのだろう。


「確かに九条さんと仲良くなろうとしてたクラスメイト達は葵にビビって逃げてったんだけどさ」


 俺が直球で傷を抉るとグサリと来たのか図星なのか呻きながら俯いている。


「九条さんには葵の気持ちは伝わってたんだから、いいじゃないか」


 俺がそう言うと、葵はチラりと台所で調理する九条さんの方を見やった。


「本当良い子だよ、初めて会った日からさ」


 しみじみと噛み締めるように呟く葵の姿は実感がこもっているように見えた。まだ会ってから2週間も経っていないのに、随分と心を開いたものだ。


「葵は誤解されやすいけど、それさえ解ければ良い子だからな。九条さんみたいな素直な人はその誤解をしないから相性がいいのかもな」


「うっせ……」


 からかうつもりなんて一切なく心から出た素直な言葉なのに怒られてしまった。九条さんだけじゃなくて自分も褒められて照れてしまったんだろうけど、そういうところが誤解を生むんだぞ。


「葵は失敗したって思ってるかも知れないけど、九条さんは嬉しかったんだよ」


「他の友達と仲良くなるきっかけを潰したのに?」


「転校したてで心細い所に、友達が助けに来てくれただけだよ。折角同じクラスにいるのに見てるだけで放置されるよりずっと良いさ」


 ふふ、俺の事だから言ってて胸が痛い。


「それに、九条さんも葵ともっと仲良くなりたいってさ」


「私たちの空回りだった、って事?」


「そういう事になる」


「だっさぁ……」


「本当にな」


 葵は背もたれに体重を預け、天を仰いだ。今になって自分の行動が恥ずかしくなってきたのだろう。俺も経験したことだからよくわかる。乾いた笑いしか出んわ。


「そんなわけで、俺達と一緒にいたら仲良くなる人が偏るとかもう気にしない事にした」


「私と一緒にいたら本当に偏るけど」


 葵は面倒見が良いのに友達が少ないからな、怖がられているし。

 でもいいんだ。


「彼女が俺達と一緒にいたいと思ってくれてるんだから」


「撫子が良い子過ぎて辛い」


「だから葵も、変な事気にせず仲良くしたらいいさ」


「うん……そうさせてもらう」


 葵は素直に頷いた。葵も九条さんの為を思って行動して裏目に出ただけで、本当は学校でも仲良くしたかったはずだもんな。仲良くできるならそれに越したことはないだろう。

 これで今後は心配ないだろう。九条さんとは普段通り過ごせばいい。その上で九条さんが困っていたら助ければいいだけだ。



 それに、九条さんと一緒にいる葵を皆が見ていけば少しずつ葵に対する誤解も減るような気がする。減ったら嬉しい。減ってほしい。減ったらいいな。

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