第15話 放課後


「いやぁ、すごかったねぇ、九条さん」


 自己紹介をすませた藤岡がそんな事を言い出した。


「あはは……」


 九条さんは苦笑いで返しているが、迷惑だったら迷惑だって言ったほうが良いと思うよ。


「水上さんは相変わらず優しいんだね」


「別に、そんなんじゃないけど」


「照れちゃって~」


 良かった、藤岡もフォローしてくれれば葵のケアは大丈夫だろう。ぶっきら棒に応えてる様だけどあれはあれで喜んでいるはずだ。


「ただ、撫子があんまりにも質問責めにされてるから見てられなかっただけ」


「まぁ転校生が来たら気になるのはしょうがねぇんじゃねぇか?」


「でも限度ってものがあるでしょ」


 明と葵は意見が反対だな。


「でもわかるなぁ、九条さん可愛いし。皆仲良くなりたいんだよ」


 そういう君も可愛いよ。


「そんな、私なんてとてもとても」


 九条さんは謙遜してると言うよりも本気でそう思ってるんだろうな。自己評価が低いのかもしれない。


「九条さんが可愛いのは確かだけれど、九条さんは内面だって素敵だから。それを知ってもらえれば皆もっと仲良くしたいと思うはずだよ」


 ふ、決まった。ええこと言ったわ。


「あぅ……ありがとうございます」


 おっと、九条さんが照れて俯いてしまった。そして葵と藤岡の目が白けてる。おかしいな、予定と違う。


「でも、確かに高崎くんの言う通りだよ。まだ初日だし、これから仲良くなっていけばいいんだもん」


「そうですね、そうなるよう頑張ります」


 両手をグッと握り締めて胸ほどの高さで小さめなガッツポーズをする九条さんはやる気に満ちている様だ。


「もちろん私とも仲良くしてね」


「はい! こちらこそ是非」


 さすが藤岡、この短時間でぐっと距離を縮めたな。仲良くなれそうで何よりだ。


 その後、しばらく会話したあと藤岡は図書室に向かうと言う事でこの場は解散となった。葵と藤岡が居てくれれば九条さんが孤立する事はなさそうだな。



「葵、昼どうすんの?」


 帰り道、葵に聞いてみた。


「今日は自分で適当に用意する」


 ふむ、用意はされていないわけね。


「じゃぁ、折角だしウチで食べるか?」


「いいの?」


「いいよな、明」


「あぁ、問題ない」


「そっか、じゃぁお邪魔しようかな」


 そんなわけで葵もウチで昼食をとる事となった。それが嬉しいのか、九条さんも楽しげに見える。先導するように葵と九条さんが俺と明の前を歩いているが、前の二人はキャピキャピとしている。男二人で花が無い後方とは大違いだ。


「やっぱ、あいつへこんでるのか?」


 ふと、明がそんな事を聞いてきた。俺が急に葵を誘ったから意図を探っているんだろう。別に葵を食事に誘うこと自体は珍しい事でもないけど、今回はタイミングがタイミングだったからな。


「少し、気にしてるとは思うよ」


「そうか、じゃぁ美味いメシでも食って元気出しもらうか」


「あぁ、それがいい。頼むよ、料理長」


 言ってる事は単純だが、正しくもある。美味い飯を食えばある程度幸せになれるだろう。



「んじゃ俺買い物してくからこっちな」


 途中、明が買い物の為に抜けた。九条さんが手伝おうとしていたが一人で良いから、先に家に行って米を洗っておけと言われていた。

 次に葵が自宅に向かった。一旦家に帰って着替えてからウチに来るらしい。

 つまり、残り短い距離ではあるものの九条さんと二人っきりになったわけだ。ちょうど良いから聞いてしまおう。


「授業もなかったし、短い時間だったけど、初登校どうだった?」


「とても緊張していましたが、皆さんのおかげで無事乗り切ることができました」


「そっか、質問責めにあって大変だったね」


「転校したのだなと、改めて実感しました」


 そう、俺達はあまり九条さんにああいう事はしていなかったんだよな。会話の中で質問する事はあっても、根掘り葉掘り聞くような事はしていなかった。

 別に興味が無いってわけではなく、事情があるのはわかりきっていたから聞くのが怖かったのもある。

 その結果、九条さんは引っ越してきて始めての質問ラッシュにあってしまったという訳だ。ある意味お約束イベントとも言えるけど。


「転校生のお約束みたいな所はあるだろうね」


「ふふ、そうかも知れませんね。」


 そう言う九条さんは先ほどの喧騒を思い出しているのか苦笑いしていた。


「でも……」


「うん?」


「えっと……その……」


 なんだろう、九条さんが言い淀む事か。まさか葵の乱入は実は迷惑だったか。


「皆さんが私の事を考えてくださっているのは、その、伝わっておりまして。ありがたいのですが、その……新しいお友達も出来たら嬉しいのですけれど、皆さんとも……もっと親しくなっていけたら、いいな。なんて……おこがましいかも知れないんですが……」


 やってしまった。


「その……高崎さんも本田さんも葵さんも此方に来た時からお世話になっていて、良くして頂いて、クラスまで同じになれてとても嬉しかったんです」


 彼女は不安だったんだ。俺達は俺達の考えで、最初のグループ分けが肝心だからと九条さんがクラスメイトと仲良くなれたら良いと思っていた。すぐ近くにいるから、何かあれば手を出せば良いと彼女を一人にしてしまっていた。


「あっ。もちろんクラスメイトの皆さんも良い人ばかりだとは思うのですけれど」


「九条さん! ごめん!」


「え!?」


 俺はその場で九条さんに頭を下げた。そんな俺の行動が予想外に過ぎたのだろう、彼女は驚きの声を上げ、慌てふためいていた。あまりこのまま頭を下げていても九条さんを困らせるだけだしさっさと顔を上げ、続きを話そう。


「俺、九条さんがクラスメイトと仲良くなるのを邪魔したくなくてさ。わざと傍観してたんだ」


「高崎さん?」


「葵も、明も一緒だと思う。最初から俺達が仲良くしていると、その影響はどうしても出るからさ」


 これは間違いない事実だ。去年1年間過ごしてきて、ある程度の住み分けはされている。クラス替えがあっても、全部0からという訳ではない。


「でもそれは、九条さんと距離を置きたいとか、そういうことじゃないんだ。俺達も、もっと君と仲良くなれたら嬉しい、そう思ってる」


 俺達は最初だけ、九条さんの友達作りを邪魔しない様に行動しているつもりだった。でも彼女がそれを望んだわけでもなければ伝えた訳でもなかった。その結果、自惚れかもしれないけど、寂しがらせてしまったのかも知れない。


「やり方を、間違えてしまったんだ。だから、ごめん」


「そんな! 高崎さんが謝る事なんてないです」


 俺がもう一度彼女の目を見て謝ると、九条さんは強く否定してきた。


「今でもこの上ないほど良くしていただいているのに、高崎さんが謝る必要なんてありません」


「九条さん……」


「ただ、少しだけ寂しかったので……学校でも、構っていただけたら嬉しいです」


「…………」


 意外だ。九条さんもこういう事言うんだな。謝る俺に気遣って空気を変えようと頑張ってくれたのだろうか。軽く頬を染め、上目遣いで恥ずかしそうに言うのが俺的にポイントが高いぞ。


「あの……何か言っていただけると……」


「ごめん、意外だったから」


 おっといかん、あまりの衝撃に言葉を失してしまった。折角九条さんが空気をぶち壊してくれたのに何にも言えなかったのは勿体無い。


「やはり柄にも無かったでしょうか」


 言ってからますます恥ずかしくなってしまっているのか、もう顔が真っ赤だ。


「意外ではあったけど、そんな事はないよ」


「なら……いいのですが……」


 口ではそう言いつつも顔には羞恥と後悔が溢れているな。レアな九条さんを見れた俺はラッキーだ。2度目は無いかもしれない。


 でも、おかげで吹っ切れた。九条さんの交友関係とか、そういうの後だ。今の彼女を寂しがらせていたら元も子もない。今日の事を気にしているだろう葵にも言っておかないとな。


「ありがとう、九条さん」


「えっと、何に対してのお礼を言われているのか」


 俺が何でお礼を言ったか理解できてないようだ。それもそうだろう。俺が勝手に悩んで勝手に解決しただけなんだから。


「珍しく、甘えてくる九条さんを見せてもらったからね」


「ぁぅ……」


 照れ隠しに誤魔化すと、九条さんの方が大いに照れてしまった。


「これからは学校でも、よろしくね」


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

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