第13話 幼馴染と土いじり
午後、昼食を終えた俺は庭の手入れをしていた。この春の時期に雑草を抜いておかないと夏に酷い目に合うのだ。
せっせと草取りに精を出していると、後ろから声が聞こえた。
「よっす」
「よう」
顔見なくても大体わかっていたが、一応チラりと見れば葵だった。
「仕事頑張ってる?」
そう言いながらしゃがみ込み、手を差し出してくるので俺の着けていた軍手を渡す。そうすれば自分の手にはめ、雑草を抜いてくれる。
「あぁ、ぼちぼち」
「ふーん」
自分から聞いておいて興味なさそうですねぇ。
そのまましばらく黙々と庭のお手入れをする俺と葵。こいつ何しに来たんだ。手伝ってくれるのはありがたいけど。
もしかして、九条さんの様子を見に来てくれたのかな。
「今日、九条さんと学校言って来た。無事手続きも終わって後はもう新学期に登校するだけだって」
「そっか、よかったじゃん」
「あぁ、一安心だ」
葵もちょっと安心してる。なるほど、やはり様子を見に来てくれたんだな。素直じゃない奴。
「あの子いい子だし、すぐに友達も出来るでしょ」
「葵も、もう友達なんだろ?」
「そうだけどさ」
こいつ見た目はチャラいのに、中身は繊細だからなぁ。
「俺や明はいるけど、男だからな。同性のお前が友達でいてくれるのは、心強いと思うよ」
「そうかな?」
「そうだよ、同じクラスになれなかったとしても、同じ学校で、同級生なんだから」
「むしろ私よりも友達沢山できそうじゃない?」
それはありえる。葵は友達が多いほうではないからな。それに対して九条さんは誰とでも仲良く出来そうだ。いやでも美少女っていじめられたりもするのか? 本人にそのつもりが無くても男に媚びてるとか因縁をつけられるパターンってあるよな。逆に可愛いから皆の中心になるパターンもあるか。こればかりは俺達がここで心配していてもどうしようもない。
「なんか言えよぉ」
おっと、考え込んでいたら何かが背中をグリグリと押し込んでいる。多分葵が頭を押し付けているんだろうな。手は土いじりで汚れているから。
「悪い悪い、九条さんにそれくらい友達が出来たら嬉しいなって思って」
「そりゃそうなんですけどぉ」
俺の答えはお気に召さなかったようで背中の圧力はなくならない。
「葵だって、九条さんとはすぐ仲良くなってたじゃないか」
何があったかは知らないけど。あったその日に、俺が見てない間に随分仲良くなっていた。
「撫子がいい子だったからね」
「葵もいい子だよ」
「知ってる」
圧力は止まったが今度は顔を押し付けるようになってしまった。そのまま喋るものだからちょっと生暖かい。
「こんなに九条さんの事心配してくれる友達がいて、俺も嬉しいよ」
「普通だし」
それを普通だと言える事が嬉しいんだが、照れちゃったかな。そっけなく言ったきり何も言わなくなってしまった。
俺はそのまま雑草取りを続けていたんだが、いかんな。周囲の雑草は全部抜いてしまった。
別に動けば良いんだけの話なんだけど、今は俺の背中に体重を預けているやつがいるからあまり動くのも可哀相だ。
どうするかと迷っていたら、一瞬背中がさらに重くなったと思ったら一気に軽くなった。葵が離れたのだろう。再び雑草を抜いてる葵を見れば、何食わぬ顔だな。
ただ、髪型がちょっと乱れてるぞ。頭を押し付けたりするからだ。そしてお互いに手は汚れているから今は直すことも出来ない。ギャルなのにそれでいいのか。
「そういえばさ」
「ん?」
しばらく作業を続けていたら、不意に葵が口を開いた。
「学校もそうだけど、家ではどうなの」
「どうって……」
「今はお爺ちゃんもいないし、桐生さんは兎も角同い年の男二人と同居でしょ」
痛いところをついてくるぜ。
「それは、正直言ってわからん」
「わかんないのかよ……」
俺は正直に言っただけなんだが、葵は呆れた顔だ。
「素直に受け取れば、九条さんも随分と楽しんでくれているし、馴染もうと努力してくれてると思うよ」
「素直じゃなかったら?」
「ちょっと、無理はさせちまってるかなって。遠慮していると言うか気を使っているというか」
九条さん自身不安やらストレスとか色々あるだろうけど、それでも彼女は他人への気遣いを忘れないタイプなのかも知れない。それが自分の負担になっていても、だ。
「でも……それを俺達が気遣ってるのがバレたら、もっと気を使う人だと思うんだよなぁ」
まず間違いなく、俺達に気を使わせないように気を使うことになるだろう。それじゃ本末転倒だ。
「確かにそういう子かもねぇ」
「だから彼女を気遣うのは内密に、普段はいつも通りにしようとは思ってる。それでこっちの環境に少しずつ慣れていってもらえればな」
まずは新しい生活に慣れることが一番大事だろう。いきなり適応するなんて普通の人には無理なんだ。ゆっくりでもいいから時間をかけて、少しずつやればいい。そして俺達は慣れるまでの間、彼女の支えになってやればいい。
「そっか、それがいいね」
そう言うと、葵はこちらに近づいて肘で俺を突きながら茶化してきた。
「ちゃんと考えてんじゃん、管理人さん」
「代理だけどな」
「代理でも、立派じゃん」
「ありがとう」
その褒め言葉は茶化しの延長だったのか、純粋に褒めてくれたのかはわからない。でも、努力を褒められるのは悪い気はしないな。
「よし、これくらいでいいだろ」
もう少し続けても良かったが、葵が手伝ってくれたので作業自体は随分進んだ。あまり手伝わせるのも悪いのできりのいい所で終わらせてしまおう。
「はーい」
返事をしながら抜いた雑草をかき集める葵。それを日当たりが良い場所に置く。乾燥させた後で埋めるからだ。肥料になるからな。
「ありがとな。葵、助かった」
「どういたしまして」
「お茶にしよう、他の人も誘ってさ」
「遠慮なく~」
土で汚れた手を洗い、身支度を整えている葵を残して台所へ向かう。
「おつかれさん」
お誂え向きな話で、明がおやつを作っていた。
「お、何作ってんの?」
「ドーナツ、二人が庭の手入れ頑張ってくれてたからな」
「やったぜ。じゃぁ俺は珈琲淹れよっと」
頑張った俺達にご褒美を用意してくれていたのか。持つべきものは親友だ。
おやつにドーナツと珈琲、オシャンティじゃないか。明の作るドーナツはお店で売ってるお洒落な奴とは違う素朴な奴だけど。色は茶色のみで。
余ったら俺が飲めば良い理論で皆の分の珈琲を淹れてしまおう。どうせ飲むだろう。
「何かめっちゃいい匂いする」
ようやく身支度を整えたのか葵がやってきた。時間かかったな。ドーナツの匂いと珈琲の匂いがとっても食欲をそそるからな。廊下にもこの匂いは漂っていただろうし、そう言いたくなる気持ちはわかるぞ。
「葵、2階の二人誘ってきてくれないか」
「はーい」
そう言いながら部屋を出て行く葵、すまんな。Uターンみたいな感じになってしまった。
ふむ、勢いで人数分の珈琲用意してしまったけど、先走りすぎたかな。他の3人は好みがわかるから良いとして、九条さんの珈琲どうしようかな。ブラックどころか珈琲が飲めなかったら可哀相だ。
俺としては、飲めないなら飲めないで俺が飲むからいいのだけれど、既に淹れてあると知ったら気を使って言い出せない可能性もある。
もう淹れちゃったし、直接聞くしかないんだけど。
「俺と明は珈琲にするけど、皆は何が飲みたい?」
ダイニングにやって来た3人はさっさと席に着かせて、オーダーを聞こう。明が何か言いたそうに既に入れてある珈琲と俺を見やるが気にしてはいけない。
「そういえば、撫子って珈琲飲めるの?」
葵ナイス! 10ポイント!
「ブラックは苦手ですけれど、甘いものでしたら」
少し恥ずかしそうに答える九条さん。そうか、甘ければいけるのか。
「じゃぁカフェオレなんてどうかな、それか紅茶とかも合うと思うよ」
カフェオレならすぐできる。葵の分はその予定だったし。
「あ、私カフェオレが良い」
ほらな、葵は予想通りだ。
「私もカフェオレをお願いします」
葵に倣って九条さんもカフェオレにする様だ。
「では、私はそのまま頂こう」
そして桐生さんはやっぱりブラック。最初から決めてたくせにここまで言わなかったのは、九条さんが珈琲飲めなかった時の為だろうな。桐生さんが紅茶を頼めば九条さんも頼みやすいだろう。そういう気遣いが自然とできる所はやはり大人の女性なんだなぁと思う。
「かしこまりました」
さて、注文通り用意してお茶にしよう。
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