第12話 新しい制服
図書室を出たところで携帯を確認するがまだ九条さんから連絡は来ていない。だがそれなりに時間も経過していたので一旦職員室の方まで向かう事にした。
廊下を進んでいくと、職員室の近くの廊下の端で携帯を操作する九条さんが目に入る。なんて良いタイミングで戻って来たんだ。自分を褒めてやりたいね。
「九条さん」
すぐそこが職員室だから控えめに声をかける。
「高崎さん」
こちらに気付き、笑顔でこっちに向かってくる姿は小動物を連想させる。
「もう手続きは終わったの?」
「はい。只今終わったところでしたので、連絡させていただこうかと」
「そっか、ならちょうど良いところに来たみたいだね」
「長い間お待たせしてしまって、申し訳ありません」
「これくらい問題ないさ」
そのおかげで面白い体験もできた訳だし。まぁやるべき事を済ませたのならさっさと帰ろうか、長居は無用だ。別に悪いことをしている訳ではないけど。
次に俺達が向かったのは学校指定の服屋だ。俺や明、葵も去年そこで制服を購入している。俺達が勧めた訳でもなく、九条さんもそこで買う事にしたのは爺ちゃんが関わっていたらしい。
「以前、転入試験を受けるために一度こちらには伺っていたのですが、それでも急な話でしたので」
制服を間に合わせるために無理の利く店を勧めたってことか。遠くまで来て試験を受けて、合否を確認して制服の採寸をして、って大変だったんだな。というか転入試験ってその日のうちに結果が出るんだね、知らなかった。
「はい、九条さんね。出来上がってるよ」
店に着き、おばさんに注文書を渡すと準備してくれていたのかすぐさま出てくる品々。
おばさんへ連れていかれ、奥の更衣室で試着をする九条さん。さて、俺はどうするべきだろうか。女の子が着替えているところに近づくのは微妙だよな。いくら着替えそのものが見えなくても九条さんも恥ずかしがるだろう。
俺たち以外に客のいない店内には、九条さんの着替えの音と二人のやり取りだけが聞こえている。
所在ない俺には心を無にすることしかできない。音も聞かないようにしよう、悪影響だ。
しかし、そんな俺の努力を嘲笑うかのようにおばさんが俺を呼びつけた。この場では男は逆らってはいけない、それくらいはわかる。素直に出頭する。
「何ですか」
そう言いながら向かえば、そこにはウチの制服を着た九条さんが立っていた。
「如何でしょうか……?」
そう言いながら上目遣いにこちらを伺う九条さんは、ブレザータイプの制服は着慣れないのだろうか、もじもじとしていて少し恥ずかしそうだった。
「よく似合ってるよ、九条さんのためにデザインした服なのかな?」
「あ、ありがとうございます」
ちょっと大げさには表現しているが、お世辞というわけでもない。本当によく似合っている。だというのに顔をほんのりと赤く染め、軽く俯いてしまった。声も尻すぼまりで、最後の方は殆ど聞こえないほどだ。
「変なところはないかい?」
店のおばさんがそんな事を聞いてきた。あるわけないだろう、つま先から頭の天辺まで全部可愛いぞ。
「はい、大丈夫みたいです」
俺が答える前に、体を軽く動かして確認をしながら九条さんが答えた。あ、そういう意味ね。危ない危ない、早とちりする所だったな。
「外見も変なところは一切なく、バッチリ可愛いよ」
でもどうせだから言っておこう。
「はぅ」
関節を屈伸させたりしていた九条さんだったが、そんな言葉と共に動きが止まってしまった。ははーん、照れているな。そういうところが可愛いんだぞ。
「そうだね、別嬪さんだ。私の若い頃そっくりだよ」
え? これは笑うところか? もしくは突っ込み待ちとか。ならば突っ込むべきだろうが、そうじゃなかった場合非常にまずいことになるだろう。ここは頷いてくべきか。
だが、もしも俺達の空気を和ませるためのギャグだった場合は申し訳ないことになる。いけ、高崎大和。勇気を出して突っ込むんだ。
「今でも十分別嬪さんですものね」
俺には無理だった。話を合わせる事しかできない。
「おしゃまな子だねぇ、こんなおばさん口説くんじゃないよ!」
「ぐふっ」
おばさん特有の手の動きで背中に甚大なダメージは食らったが、対応は間違いではなかったらしい。俺に掌底を叩き込んだ後は、元気に笑っていた。
その後も体操服等も試着するという事で、俺はその場を離れ再び心を無にする事に苦心した。背中に張り手を食らったことで良い感じに煩悩が消えているような気もする。
制服の類もまとめて買うとそれなりの荷物になるんだな。料金こそ前回支払ってあったみたいだが、持ち帰る商品は大量だ。
「すみません、高崎さん。そんなに沢山持って頂いて」
帰り道、私の荷物なのにと恐縮しきりな九条さん。でもいいんだ、正直量こそ多いけどそこまで重くはない。比較的重いものは俺が持っている筈だがそれでも大した重さじゃないし。それよりも買ったばかりの制服に皺が出来たらもったいないからな。そういったものだけ九条さんに持ってもらっているのは大正解だろう。
「大丈夫、嵩張ってるだけで重くはないから」
「ありがとうございます」
両手で抱きかかえる様に制服を持つ九条さんの姿は、愛おしそうにも見える。やはり女の子だし、新しい服ってのは嬉しいものなんだろうか。ウチの制服は可愛くて人気があるって聞いた覚えもあるし。
家に着き、俺は手がふさがっているので九条さんが玄関を開けてくれた。先に中に入ればいいのに、ドアの横に控えていてくれる。
「おかえりなさい」
俺が敷居を跨ぐ時、そんな優しい声が聞こえた。
「ただいま」
そう返したが、俺は先に家の中に入ってしまったので彼女の表情は見えない。
「おかえり」
だから振り返って、俺も同じことを言った。
「ただいま戻りました」
九条さんは笑顔で返事を返してくれるもので、つられて俺も笑ってしまった。家の中にいた明と桐生さんも気が付いたのだろう、遠くからもおかえりという声が届いた。それに俺と九条さんが同時に反応したものだから、また二人で笑いあった。
なんてことはない、ただの挨拶だ。同じ家に住んでいれば何度もする事になるだろう。
でも俺は、このなんてことのないただの挨拶が好きなんだ。そして九条さんもそう思ってくれているような、そんな気がした。
荷物を運ぶために2階の九条さんの部屋に向かうと、桐生さんが付いてきた
「折角天気が良いんだし、さっそく買ってきた服も洗濯してしまおうと思ってね」
との事だ。成程名案だと思うが、出来れば俺がいない時にその話をして欲しかった。
「ちょうど私も洗いたい物があったからねぇ」
ウチは基本的には俺が洗濯をしている。指定の場所にある物を俺が洗うようになっている。だが仮にも桐生さんは女の人だ、男に見せたくない物もあるだろう。そうでなくとも人に洗われたくない物やこだわりの服とかもあるだろうから、そういったものは各自で洗濯するようにしてもらっている。九条さんにも桐生さんからその旨伝えてもらってある。二人はなるべく一緒に洗濯をするようにしてくれているらしい。
以前から2階にある洗濯物を干す場所にはなるべく近寄らないようしていた。さすがに洗濯物を見られるのは恥ずかしいだろうから。さらに九条さんが来たからには今まで以上に気を付けるべきだろう。
だからそういう話を九条さんとする時は男がいない時にやってくれ。
「じゃぁ俺はもう戻るから、後は二人でよろしく」
戦略的撤退。荷物を桐生さんに押し付けてこの場を後にする。
「ふふ、あれは照れているだけだよ」
後方から何やら嫌な声が聞こえた気がしないでもない。だが無視だ。構っていたらもっとからかわれる事になるからな。
「あ、高崎さん!」
ぐっ……九条さんに呼ばれたら仕方があるまい。その場に止まり振り返る。
「なに?」
「お付き合いして頂きありがとうございます。とても助かりました」
こんな時まで礼儀正しいんだから。
「どういたしまして」
九条さんの純真さのおかげか、先ほどまでの早くこの場から逃げなければいけないという焦燥感は消えた。だが油断はできない。洗濯にかこつけてセクハラをかましてきても不思議ではない。そうなった時に被害を受けるのは俺だけじゃないかもしれないんだ。
これは、九条さんを守る為でもある。
そう自分に言い聞かせて、俺は今度こそ此処を立ち去った。
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