第11話 静かな図書室


「うん、そうだね」


 とりあえず質問は正直に答えよう。


「そっか、やっぱり男の子ってそういうものなの?」


「そういうものって?」


「女の子の手料理とか、憧れるのかなって」


 やっぱり、明の事を女の子だと思ってますねぇ。しかしこんな事を聞いてくるなんて。俺じゃなかったら自分に惚れてると勘違いしているところだぜ。


「女の子っていうよりは、好きな子の料理ならやっぱ憧れるんじゃないかな」


「えっその子の事、好きなの?」


 俺が当り障りのない一般論を言うと、藤岡は予想外の部分に食いついてきた。がばとこちらを向き、いつも以上に距離を詰めてくる。

 ぐいぐい来るな。やっぱ俺の事好きなんじゃないの? まぁ恋バナってのが好きなだけなんだろうけど。男と付き合った事はないって言ってたけど、興味がないわけではないんだな。

 それはそれとして、どう答えるべきか。もうちょっと擦れ違った振りして遊ぶか、ここでネタバラシしたほうがいいか。


「そうだね、恥ずかしくて本人には言わないけど。好きだよ」


 ごめん、藤岡。君がテンションを上げる姿が可愛らしいのが悪いんだ。俺の突然の告白に、彼女は眼を見開いた。そして続けざまに口を開こうとするその前に。


「明は小さい頃からの親友だからね」


「へ?」


 口を開いたままポカンとした表情でこちらを見る姿は、愛くるしくて非常によろしい。


「明だよ、本田明。知らないっけ?」


「本田君は知ってるけど……え?」


「この本を借りてたのが、明なんだけど」


 俺がすっとぼけながらネタバラシをすると、ようやく事態が飲み込めたのか成程と小さく呟いた。そして目線を彼方此方にさ迷わせた後、見る見るうちに赤く染まっていく顔を覆い隠すかのように両手で持った本を持ち上げた。

 恋バナだと思って一人で盛り上がったのが恥ずかしいのだろう。こういう仕草が可愛いんだよな、藤岡は。


「どうした、藤岡」


「何でもないよ、本当。何でもない」


 うーん、ここまで恥ずかしがられるとなんだかこっちが悪いことした気になってくるな。実際悪いこともしているんだけど。罪悪感もあるし、しょうがないから全てを打ち明けよう。別にそうしたほうが面白い反応が見れそうだからってわけじゃぁないぞ。あくまで罪の意識からだ。


「なんだ、てっきり明のことを女の子だと勘違いしていたのが恥ずかしいのかと思った」


「気づいてたの!?」


 顔を隠していた本をずらし、くわっとした目つきでこちらを見る藤岡。まだ顔は赤いけど隠すのやめてよかったのか?


「まぁ途中から、なんとなくね」


「恥ずかしい……」


 そう言って、再び本で顔を隠してしまった。


「恥ずかしがることなんてないのに」


「もぉ、気づいたところで言ってよぉ……」


 少し震えたいじける様な声で拗ねるように言った。


「はは、ごめんごめん。藤岡が可愛くてつい」


「嬉しくない。イジワル」


 プイと顔を背けてしまった。そもそも本で隠していたのに。しかしその仕草も可愛いんだからずるい。だがそれを今伝えるのも逆効果だろう。藤岡のこの行動は怒っています。というアピールなのだから。ぷりぷりと頬を膨らませて怒る藤岡も可愛いがここは素直に謝るべきだろう。


「悪かったよ、調子にのってごめん。藤岡と話してると楽しいからさ」


「べ……別に、そこまで怒ってる訳じゃないんだけどさ」


 彼女は根が優しいから、怒っていたはずなのに逆にこちらを気遣ってくれる。気まずそうにこちらを見やり、フォローしれくれるのは優しさの表れだろう。


「そっか、ならよかった」


「うん……」


 藤岡は俯き加減に視線をそらし、俺の言葉に頷いた。


 いかんな。からかいが過ぎたか? 少し微妙な雰囲気になってしまった。手持ち無沙汰でいるのもなんなので、作業自体は続けているが……。俺達の会話はなく、物音だけが静かな図書室に響いている。ただでさえ春休みで人がいない学校だ。遠くで運動部が張り上げている声が少し聞こえてくるのが余計にこの部屋の静けさを増している。



「そういえば、さ」


 そんな時、藤岡の澄んだ声が聞こえた。決して大きな声ではなかったのに、よく響いた気がした。


「ん?」


「高崎くん。野暮用って言ってたけど、何の用だったのかなって」


「あぁ、転校の手続きが終わるの待ってるんだ」


 言い終わってから、これは言葉足らずだったなと自分でも思った。


「え?」


 彼女の声と、本が落ちた音はどっちが速かっただろうか。そんな些末な事を気にしている場合ではないのに、何故かそんなことを考えてしまった。

 そんな事よりも今は藤岡だ。本を落としたことに気付いているのかいないのか、全く気にした素振りを見せない。瞠目し、つい先ほどまで赤みを帯びていた顔もその面影をなくしていた。


「たかさk」


「知り合い! 知り合いが! 転校して来るんだ」


 いくら藤岡がからかい甲斐があり、反応が面白くて可愛いからと言ってもさすがに2回連続はないだろう。わざとではないにしても褒められた内容でもない。俺はすぐさま誤解を解くべく言葉を続けた。彼女は彼女で俺を問い詰めようとしたのだろうか、右手で俺の服をしっかりと握りしめ、何か言いかけていた。


「知り合い……」


「そう、知り合い。俺は転校しない」


 俺の言葉を飲み込むように復唱する彼女は、目を閉じて長い息を吐き、一言だけ呟いていた。


「よかった」


 愁眉を開く藤岡は、目を開いたときには落ち着きを取り戻していた。


「紛らわしいこと、言わないでよ」


「悪かった、ごめん」


 どこか寂しそうに責めるような、懇願するような表情で言われると胸に来る。今回は完全に俺の失態なので最初から素直に謝ろう。


「今回は言葉足らずだった。わざと誤解させようと思った訳じゃないんだ」


「さすがにそんな事しないってわかってるけど、今のはタイミングが悪いよ」


 ですよね、面目次第も無い。でも、勘違いとは言え俺が転校するかもって話であそこまで動揺するとは思わなかった。やっぱこいつ俺の事好きだわ。

 ってこんなこと考えてたら反省していないと思われてしまうな。反省反省。


「本当に悪かったよ」


「ふふ、もういいってば」


 俺が神妙にしているのがそんなに面白いのだろうか。もう一度謝ると、彼女は楽し気に笑いながら許してくれた。随分とご機嫌になったものだから、つられて俺も笑ってしまった。


「ところで」


「なに?」


 俺が急に話題を変えたことに少し戸惑いを見せつつも、藤岡は小首をかしげて続きを促した。


「俺の事好きなのはいいけど、そろそろ手を放してもらえると助かる」


 このままじゃ君が落とした本も拾えないからね。


「え?」


 藤岡は俺が何を言っているのか理解できていないみたいなので、俺は自分の左腕に目線をやる。そうすれば彼女は釣られるように俺の視線を追いかけ、俺が見せたかった部分で停止した。


「ご、ごめん!」


 そうしてようやく気付いたのだろう。自分が俺の服をずっと握りしめていたことに。慌てて俺の服を放し、両手を開いて肩ほどまでにあげたまま何歩か後ずさった。

 まるで武器をもっていないアピールみたいだな、と思いつつも手が自由になったのでようやく落ちていた本を拾ってやれる。


「別に謝ることでもないけど」


 拾った本の状態をチェックして、埃を払いあるべき場所へ戻しながら藤岡に言った。


「あっ」


 そこで初めて自分が本を落としてしまっていたことに気が付いたのだろうか。彼女が小さく声を上げたので、とりあえず傷らしい傷もなかったから問題ないことを伝えると、安心したのかホッと息を吐いていた。


 だが、それも束の間。藤岡は思うところがあったのか、両手で顔を抑えその場に蹲ってしまった。本を持っていたら本で隠したのだろうか。


「今日の事は忘れて……」


 さすがにこたえたのだろうか。絞り出すような声でそう漏らした。


 俺にも幾分か原因が……いや大半は俺のせいだから罪悪感がある。彼女が忘れてと言うのならそうしてあげたいのも山々なんだが、こんな印象的な出来事を忘れられる自信はない。俺にしてやれるのは今日の可愛い藤岡の事を誰にも言わないでいる事だけだ。


 そしてその後も作業を手伝ってやりたかったが、あまりにも俺の事を意識するので無理だった。ずっと顔真っ赤だったし。



 女の子一人に任せて帰るのも嫌だったが、それよりも彼女の羞恥心に限界が来そうだったので俺は図書室を後にした。

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