第10話 春休みの学校
翌日。
今日は九条さんを高校まで案内する日だ。故に今日は制服を着ている。九条さんは始めて会った時のセーラー服だ。俺も付き添うので制服を着用している。
「次に登校する頃には新しい制服も届いているだろうし、セーラー撫子ちゃんも見納めか……」
セーラー撫子ちゃんって言うとなんか魔法少女感あるな。桐生さんはもったいなさそうに言うと、デジカメを取り出した。
「折角だ、外で写真を撮ろう」
玄関を出て、桐生さんの指示に従って九条さんと並んで立つ。高校入学した時もこうやって撮ったなぁ。
「うん、いい写真が撮れたよ」
「今度は俺が撮るよ」
次は俺が桐生さんと代わり、女の子二人を撮る。高校進学した娘と2ショットを撮る若い母かな?
「……撫子ちゃん、次お願いしてもいいかな?」
「はいっもちろんです」
あかん。余計な事考えてたら嫌な予感しかしない。
「ふふ、2ショットだね。大和くん」
そう言いながら俺の左腕を取り、両手を巻きつけてくる桐生さん。うーむ、傍目にはカップルあるいは仲良し姉弟なのだろうか。美女に腕を組まれて体を密着させられている。役得だなぁ。
さりげなく抓られていなければ、の話だけど。俺の小さな悲鳴は九条さんの元にまでは届かなかったらしく、気付いた様子はなかった。俺のポーカーフェイスも捨てたものではないらしい。
「桐生さんみたいに若くて美人で素敵な女性とこんな素晴らしい写真が取れるなんてぼかぁ幸せだなぁ」
「よろしい」
俺の言葉に満足したのか、体を離し頭を撫でてくる。少し痛かったけど、差し引きで言うと得したな。
「写真も撮った事だし、行って来ます」
「行って参ります」
「はい。二人ともいってらっしゃい」
桐生さんに向けて、俺は手を振り九条さんはしっかりとお辞儀をした。育ちが違うわ。
今日も天気が良くてよかったな。ちょっとした散歩みたいなものだ。
「こちらでは、ハコベを良く見かけますね」
「言われて見れば、そうかも知れないね」
去年一年間歩き続けたこの通学路。俺にとっては通いなれた田舎道でも、彼女にとっては初めての土地だからかな。彼女の目線に映るこの風景は新鮮なのだろう。今更目新しい事なんてないと思っていたけれど、なんだか少しだけ新鮮な気がする。
彼女の狭い歩幅に合わせて歩くせいか、隣で笑う少女の楽しげな雰囲気に感化されたからなのかはわからないけど。
学校に近づくにつれ、チラホラと学校の生徒を見かけるようになってきた。春休みだと言うのに登校するとはご苦労な事だ。そう都合よく知り合いに遭遇したりはしていないのだけれど、この学校の制服を着る俺と他校のセーラー服を着る九条さんの組合せが気になるのか、視線を感じる。話しかけるほどではないから、すぐに外されているみたいだけどな。
高校にたどり着けば、運動部の奴らがグラウンドで声を出しながら汗を流しているのが見える。
一部知り合いが目ざとく此方を見つけ、隣の九条さんを見て何がしかの反応をしていた。悪いね、こっちは美少女のエスコート中なんだ。部活に集中しててくれ給え。
「高崎さん、お知り合いでしょうか」
「あぁ、同級生だよ。今は部活中みたいだから、今度機会があったら紹介するね」
来客用の入り口から入り、それ用のスリッパに履き替えると、受付で入校許可証をもらった九条さんが首から提げていた。
悪い事しているわけじゃないのに、いつもと違うルートで学校に入ると緊張するな。しかも向かうのは職員室だし。
「ここが職員室だね」
「はい。ご足労いただきありがとうございました」
ここまで来たらお役御免だ。家庭の事情とか、俺がいたら話し難いこともあるだろうし。
「気にしない気にしない、終わったら携帯で連絡して、ここまで来るから」
「重ね重ね、ありがとうございます」
放っておくと何度もお礼を言ってくれそうな九条さんを急き立て、入室を見届けた。
さて。手続きって結構時間かかりそうだけど、どうしたものかな。とりあえず何となく職員室の近くからは離れよう。
時間を潰せそうな場所ということで図書室に来たんだが……。春休みって閉鎖していたのか。失敗したな。
まぁここでウダウダやっていても仕方ないからどこか別の場所に行くか、と踵を返すと。
「高崎くん?」
「ん?」
誰かに呼ばれたので再び声の聞こえた図書室の方を向くと。
「やっぱり、高崎くんだ。こんにちは」
「藤岡」
閉鎖されているはずの図書室のドアを少し開いて、
「どうしたの? 春休みなのに」
「あーちょっと野暮用で学校に来ることになったんだけど、しばらく時間潰さなくちゃいけなくてさ。本でも読めればと思ったんだけど」
「あぁ、春休みは閉鎖してるものね」
「そういうこと、途方に暮れてたんだ」
「ふふ、高崎くんなら入ってもいいよ?」
お?
「一応私がいる間だけ、だけどそれでいいなら」
「助かるよ、ありがとう」
ありがてぇ、遠慮なくお言葉に甘えることにしよう。
「お邪魔しま~す」
「ふふ、いらっしゃいませ」
図書室の中に入ると、特有の燻ったような淀んだ紙の匂いがする。あたりを見渡してみるが、俺たち以外の人間は見当たらない。
「藤岡だけ?」
「うん、春休みの閉鎖を利用して曝書してたの」
「え、一人でやるの?」
曝書って要は蔵書点検の事だろ? それを一人でやるって無茶なんじゃ……。
「私、本好きだから」
理由になっているようでなっていない気がする。他の図書委員はどうしたんだよ。
「高崎くんは何か読みたい本とかある? ジャンルでもいいから教えてくれたら探すよ?」
「俺も曝書する」
「え?」
さすがに女の子一人に作業やらせて自分は優雅に読書を満喫できるほど図太いつもりはない。ましてや藤岡は美少女だからな。彼女の優しさを象徴するかのような垂れ目がちな大きな瞳は魅惑的で、普段は下ろしているセミロングの髪が今日は一つにまとめられていて、どこか活発に見えて新鮮だ。そんな男子からの人気の高い同級生の女の子が一人で大変な作業をしている。これを手伝わない理由はない。
「暇だったんだ、体動かしてたほうが俺としては都合が良い。迷惑じゃなければ手伝わせてくれないか?」
「そっか、じゃぁお言葉に甘えちゃおう」
その後、藤岡の指示に従って蔵書点検を始めた。こうして改めて見ると、本を見当違いの場所に返すやつって多いんだな。悔い改めろ。
「高崎くん、ありがとね」
「ん?」
藤岡では台を使わなければ届かない高い部分の作業をしていると、そんな声がかけられた。
「手伝ってくれて」
「どういたしまして」
改めてお礼を言われたので俺も返事をする。
「男の子は背が高くて羨ましい」
俺の頭の位置まで手のひらを持ってきて、自分の頭との差をアピールする藤岡。
「お前より背の低い男子に謝るべきだ」
「う、今は二人きりだから大丈夫」
セーフとでも言いたげな表情で言い訳している。まぁ俺も本気で咎めてるわけじゃないしセーフで良いんだけど。
ふと気づけば料理関係の本がある棚じゃないか。適当に一冊抜き出して貸し出しの札を見ればバッチリ明の名前が書いてあった。わかりやすい奴だ。
「ふっ」
「どうかした?」
「いや、友達が興味ありそうな本だったから。借りているかなと思ったら案の定借りていただけだよ」
いかんな、思わず笑ってしまった。一人で笑う変な奴だと思われてしまう。
「ふーん? 何の本?」
そう言いながら俺が手にとった本の中身を確認する藤岡だったが、料理の本だとはちっとも思っていなかったのか、意外そうな顔をしていた。
「料理かぁ、彼氏に手作り弁当作ってあげたいとかそういう事?」
桐生さんが喜びそうな話題はやめてくれ!
「はは、彼氏じゃなくて家族に作ってるんだよ」
彼氏の部分はしっかり否定しておかないとね。
「へぇ、いい子なんだねぇ」
「あぁ。それは間違いない」
「高崎くんもその子の手料理食べたいんじゃないの?」
あれ、これ女の子だと誤解されてない?
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