第9話 ガツンと夕食


 九条さんの淹れてくれたお茶は結構なお手前だった。明の作った甘いどら焼きに合う様にしてくれたのか、やや濃い目に入れた熱い緑茶が相性抜群だな。

 おかげでリフレッシュして引き続き勉強に集中する事ができた。


 これに免じて伝言云々の件は水に流してやろう。


 そんな事を考えていると部屋のドアが無造作に開けられた。


「夕飯の時間だぞ」


 珍しい、明が呼びに来た。という事は桐生さんが作ったのか。自分が作るから明は勉強をしなさいとでも言ったんだろう。


「ちゃんと勉強してたのか?」


「したよ、わざわざ夕食作ってくれるってんだからしなきゃしょうがねぇし」


「偉い偉い」


「うるせっ」


 褒めてあげたのに怒られた。


「勉強する、って言って部屋戻ったのに直ぐ気分転換するからだろ」


 ここは正論で反撃しておこう。


「しょうがねぇだろ、ついだよ。つい」


 全くしょうがなくないぞ。そんな実りの無い会話をしながらダイニングへ向かうと、桐生さんと九条さんが二人で台所の方にいた。


「九条さんも料理してくれてたのか」


「そうみたいだな」


 さすがに九条さんは自分のエプロンを持ってはいなかったのか、桐生さんのエプロンをつかっていた。そして桐生さんが俺のエプロンをつかっていた。その工程は必要だったのだろうか。

 好意的に考えれば、俺に許可を取らずに借りるからその役目を九条さんではなく自分にした、とかかな。まぁエプロン勝手に使われたくらいで怒らないし、桐生さんもそんな事はわかっているだろう。特に深い理由も無く何と無しにやってるだけだろうな。


「お姉ちゃん、今日の晩御飯何?」


 俺も何となくで甘えてみた。エプロン姿の桐生さんに母性を感じたわけではない。


「うふふ、大和くんの大好きなから揚げよ」


「やった!」


 おっと、素で喜んでしまった。折角桐生さんがわざとらしくお姉さんぽさ全開で答えてくれたのに。普通にテンションが上がった俺を見て、慈愛の笑みを浮かべている。そういう仕草の方が普通にお姉さんっぽいから悔しい。本人には言わないけど。


 毎日食べたいのは優しい明の料理だが、たまにガツンとした料理も食べたくなるのだ。別に明がそういう料理を作れないわけじゃないんだけど、どうせなら日頃料理を作ってくれる明を労う意味も込めて、そういった料理は俺か桐生さんが作る事になっている。

 そして今日、桐生さんがチョイスしたのはから揚げだ。成長期真っ盛りな高校生男子には堪らない。


 俺はわくわくしながら、明は観察するように台所を覗き込んでいると、なんとも可愛らしいウェイトレスさんがやってきた。


「お二人は、お飲み物はどうなさいますか?」


「九条さんと同じのでいいや」


「俺も」


「注文の取りがいの無いお客様だこと」


 手間だろうと思って気を使ったつもりが、本日のシェフからクレームが入った。


「やはり君の淹れてくれたグリーンティーにしよう。銘柄は任せるよ」


「ふふ、かしこまりました」


 仕方が無いからオーダーをやり直した。これなら文句もないだろう。


「俺も同じので」


 明はもうちょっと乗ってくれても良かったんじゃないのか?桐生さんもやれやれ、って顔でこっちを見ないでくれ。言いたい事は本人にお願いします。そもそも九条さんは普通に了解してて文句ないみたいなんだからセーフだ。心の中で必死に言い訳をしているのが通じたのか、呆れられたのか、桐生さんは特に何かを言ってきたりはしなかった。


 九条さんがお茶を淹れる所を見るのは初めてだけど、手際が良いな。お湯の温度も意識しているしポイントも抑えている。通りで美味しいお茶だったわけだな。


「よし、完成だ。席に着きたまえ」


「待ってました!」


 給仕さんを観察していたら、調理終了の声が聞こえたので出来上がったものを運びながら席に着く。ご飯にから揚げ、味噌汁、漬物とサラダか。美味そう。


「二人の美少女の手料理が食べられるなんてなんて幸せな男の子達なんだ」


 九条さんは兎も角、その年で美少女は無理し過ぎでは? 口に出せば面倒な事にしかならないから言わないけど。


「何かな、大和くん」


「美少女二人の手料理がとても美味しそうだなぁ、って思っただけだよ」


「お、お口に合えば幸いなのですが……」


 危ない、無駄に勘が良いな。美少女なら意味深な笑顔を向けないでよ。もう一人の美少女は照れて俯いちゃってるんだぞ。さらにちょっと緊張もしているっぽい。桐生さんもこれが正解だって覚えておいたほうがいいぞ。


「仕方が無い、今回はそういう事にしておこうか。冷めない内に召し上がれ」


 許されたところで、早速頂くとしよう。いただきます。


「あー、お味噌汁がとっても美味しいよ」


「良かったです」


 まず味噌汁を飲み、感想を言うと九条さんはホっとした表情で呟いた。その後ふわりと笑った事を鑑みると、これは九条さんが担当していたのか。


「こっちのサラダも、包丁で切るのと手で千切るのを使い分けてるな。食感が良い。盛り付けも綺麗だし、うまいぞ」


 次は明がサラダを褒めている。俺も頂こう。なるほど、確かに美味い。


「こちらのサラダは、桐生さんと二人で作ったんです」


 えへへ、と教えてくれる九条さんは嬉しそうだ。二人で協力して作った事自体も嬉しいのかもな。


「さて、そろそろ皆が待ちわびたメインディッシュと行こうか」


「全く、焦らしてくれるよ。このから揚げは撫子ちゃんにも手伝ってもらったんだ。早く感想が聞きたいものだね」


「そんな、私は指示通りしただけですので……」


 あえてから揚げ以外から攻めた事で、評価が聞きたいらしい桐生さんがちょっと焦れていたみたいだ。珍しい。とはいえ冷めたら勿体無いからな、これ以上引き伸ばすのは得策ではないだろう。こんな事やっておいてなんだけど俺も早く食べたいし。

 

 いよいよから揚げを口に運ぶ。うん、美味しい。カリッとジューシーな桐生さん謹製のから揚げだな。これだよこれ。


「このから揚げもすっごく美味しいよ」


「はい、とても美味しいです」


 お手伝いしたという九条さんも絶賛だ。明もいつも通り美味い、と簡潔な言葉しか言わないものの箸の動きを見れば明らかに喜んでるのがわかる。味わいながらも勢いがいい。まぁこのから揚げは婆ちゃん直伝だからな。俺達の大好物だ。


「本当に、美味しいよ」


「そっか、良かった。沢山食べてね」


 そんな事言ったら本当に沢山食べちゃうからね。育ち盛り食べ盛りだよ俺達。自分達の分は確保しておかないとなくなっちゃうかもね。


「お言葉に甘えて一杯食べさせてもらうよ」


「あぁ、俺も遠慮しないぜ」



 俺と明なら大量に作ったから揚げもご飯もペロリだぜ、と思ってたけど絶妙な量だったな。無理をすればもっと食べられない事もないけど、もう充分に満足させてもらった。最後ちょっと余りかけたのを食い意地なのかもったいない精神なのかわからないが明が見事に食べきってくれた。


「ごちそうさまでした。二人ともありがとう、とっても美味しかった」


「ごちそうさま、ちょっと食べ過ぎたかなと思う位美味かったな」


「あんなに美味しそうに食べてもらえたら作った甲斐があるというものさ。ねぇ、撫子ちゃん」


「ふふっ、そうですね」


「から揚げも美味かったし、漬物を食べると口がさっぱりしてまたから揚げが美味いから止まらないんだよなぁ」


 すごいループ理論を提唱し出したけど、気持ちはわからないでもない。


「ご馳走になったわけだし、片付けは俺がやるよ」


「大和、頼んだ。俺は食休みだ」


 明は満腹で動く気もないのか。どんだけ詰め込んだんだ。別に片づけくらい一人でやるつもりだったからいいんだけどさ。


「あいよ、頼まれた」


 いつも俺達に食事を用意してくれる明からすれば、誰かが作った食事というのはありがたいのかもしれないな。それでハメを外してしまったというのなら仕方があるまい、許してやろう。

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