第8話 自室でもお茶
お茶の後はまた掃除だ。休憩した分頑張らないとな。
「さてと、じゃぁ俺は掃除を再開しようかな」
そう言いながら立ち上がると、九条さんも立ち上がり再び手伝いを買って出てくれた。
「ならお茶の片付けは私が引き受けよう」
桐生さんが気を利かせてくれたので礼を言って俺達はこのまま掃除に向かおう。
ところで九条さん。俺の仕事を手伝ってくれるのはありがたいけど、後ろをついてくるのがひな鳥みたいで可愛らしい。向こうで桐生さんも微笑ましそうに見ているよ。
掃除に集中していたらいつの間にか時間が経っていたようで、桐生さんが声をかけてくれるまで気が付かなかった。
「二人ともお疲れ様、もう直ぐお昼の準備が出来るよ」
「おっと、もうそんな時間か」
もう少し早めに切り上げるつもりだったのに失敗したな。捗り過ぎてしまった。九条さんに手伝ってもらってるからあんまり負担をかけたくなかったんだけど。
「ふふ、お家が綺麗になるのは気持ちが良いですね」
うん、問題ないな。非常に晴れやかな笑顔でいらっしゃる。
朝と同じく明が用意してくれた昼食をすませ、少し食休みをしていると。
「そういえば九条って宿題とか出てるのか?」
明がそんな事を聞いていた。この時期の転校ってどんな仕組みなのか全くわからんからな。宿題もどうなってるのか気になったのだろう。
「はい、課題と言う形でいくつかありますね」
「へぇ、宿題とどっちがおおいんだ?」
そう言って内容を確かめていたが、明らかに九条さんの課題の方が多かった。
「うへぇ、大変だなぁ」
「少しずつやれば、問題ありませんよ」
自分に出された課題でもないのに明はしかめっ面で、大量の課題がある九条さんは余裕の表情だ。二人の性格の差が出ているな。
「でも、そんなに課題があるなら無理にこっちを手伝わなくても良いんだよ?」
「そんな! 無理なんてしていませんから!」
一応助け舟出しておこうと思ったら、思いっきり否定されてしまった。
「大和くんも意地悪な事言わなくてもいいじゃないか、撫子ちゃんがかわいそうだよ」
ぐっ……九条さんが勢い良く言うものだから桐生さんが食いついてしまった。
「あっいえ別に意地悪とかではなくてですね」
しかし素直な九条さんは悪乗りなんてするはずもなく、俺が意地悪なんてしてないと弁護してくれる。被害者の俺よりもむしろ必死になってる。天使か。
「別に手伝うな、って言うんじゃないんだ。九条さんに無理をさせたくないだけだよ。今日だって九条さんと一緒に掃除をしたのはありがたいだけでなく楽しかったし。」
ここは変に否定するよりも素直に言ったほうが良いと見た!
「高崎さん……」
眼を潤ませて嬉しそうにこっちを見る九条さん。これは好感度上がったな。
「私を利用して良いところを見せるとは。大和くんもやるじゃないか」
それでも茶化してくるのはさすがだよ。
「ま、課題もあるんだから無理せず九条のペースでやってくれりゃいいって事さ」
「明くんは自分のペースだとすぐ料理に逃げるじゃないか」
「やらなくちゃいけないことがあるのに急に時間がかかる仕込みとか始めるよな」
明は上手い事を言っていたが、内容が内容なので俺と桐生さんに突っ込まれている。そして明のそれは多分試験勉強しようとしている学生が急に大掃除をし始めるのと同じ現象だと思う。
「いや、最初は気分転換のつもりなんだよ。息抜きっていうかさ」
「気分転換で何時間も台所にいるのかよ」
「うっ」
「もはや料理の気分転換に勉強していると言って良いだろうね」
「ぐっ……」
明のくだらない言い訳が九条さんはともかく、俺と桐生さんに通用するべくもない。完全に論破してしまった。
「九条さんも、やるべき事はやっておかないと明みたいになっちゃうから気をつけてね」
「は、はい! 肝に銘じます」
少し脅かしすぎてしまったのか、予想以上に力強い返事をされてしまった。根が真面目そうだから、効果も強かったという事だろうか。
「そんな気負う事は無いよ。明は日頃の行いのせいでやいやい言われてただけだから」
明を犠牲にして九条さんに少しだけフォローも入れておかないとな。
「じゃぁ俺はその日頃の行いって奴のために、お勉強してこようかね」
「偉いじゃないか、頑張れよ」
そう言いながら明は席を立ち、自室へ向かったので、俺も心から応援しておいた。
どうせ直ぐ飽きるだろうけど、その心がけは大事だぞ。
「折角だし、俺も午後は軽く勉強しようかな」
「明くんも大和くんも真面目だね、偉い偉い」
桐生さんは他人事のように俺の頭を撫でてくれる。いや実際に他人事か。でも勉強をするって言っただけでこれは子ども扱いし過ぎだ。抵抗しない俺も俺だけど。
それはそれとして、昨日も丸一日九条さんを連れまわして、今日の午前も掃除を手伝ってもらってたし、彼女にも休む時間は必要だろう。俺と明は部屋で勉強をしているから気を楽にして欲しい。
そう思いながら、それを言葉にすることはなく俺は自室へ戻った。言葉にしたら逆に気を使わせるだけだし、恥ずかしいから。
部屋に戻ればすぐに机に向かう。そうしないと勉強以外の事が気になって集中できないから。まぁ俺は春休みになる前から宿題が出された段階で少しずつコツコツ進めていたから宿題については何の心配もいらないんだけど。
むしろ宿題ではなく予習と復習の方が大変だ。短いとは言え長期休暇だからな。春休みの過ごし方が明暗を分けると学校の先生も言っていた。まぁ長期休暇どころかGWでも同じような事言ってたけどな。
「高崎さん、今よろしいですか?」
勉強が進んでいき、一区切りついたかというタイミングで申し訳なさそうな、控え目な声が聞こえてきた。この声は九条さんか。もうちょっと集中してたら気が付かなかったかもしれない。
「大丈夫だよ、どうしたの?」
返事をしながらドアへ向かう。俺が勉強すると言ったから気を使ってくれているのだろうか、彼女がドアを開ける気配はない。
戸を引くと、そこには誰もいなかった。
いや、いた。廊下で正座していたから一瞬気が付かなかった。
「集中なさっていたところ申し訳ありません」
そのままペコリと頭を下げてくる九条さん。
「そんな、気にしなくて良いのに。ちょうど一息ついたところだったから」
「ふふ、それはなによりです」
待てよ。あまりにもタイミングがいい気もする。まさかここで俺の部屋の気配を伺っていたんじゃないだろうな。俺の邪魔をしないように、ここで待っていてくれたとか。
「もしかして、お待たせしちゃったかな?」
教えてくれるかはわからないけど、一応聞くだけ聞いてみよう。
「うふふ、お気になさらず」
玉虫色の返事と微笑みだけを返してくれるけど、これはどっちなんだ。いや、明確に答えないってことは知られたくないって事なんだし、掘り下げるべきではないか。なので話を元に戻そう。
「それで、何かあったかな?」
「実は、本田さんが3時のおやつを用意してくださったんです」
「あいつ早速料理に逃げたんじゃないか」
「そう言われると思ったらしく、私が代わりに」
そんな理由で巻き込んだのか。
「ありがとう、九条さん。巻き込んでしまって悪いね」
「いえ、これくらいであればいつでも」
九条さんからお盆を受け取る。お茶とどら焼きだ。あんこから作ったのだろうか。どれだけ早い段階で勉強をやめたんだあいつ。だが勉強で疲れた頭にこの糖分はありがたい。今日は一日中食ったり飲んだりしてる気がする。
「どら焼きは本田さんが、お茶は僭越ながら私が淹れさせて頂きました」
「わざわざありがとう、嬉しいよ。明にも礼を言っておいてくれるかな。後、勉強しろとも」
彼女にお礼と伝言を伝えると、一瞬瞠目した後に思わずと言った様子で笑い出してしまった。
「し、失礼しました! ふふ、実は本田さんから、勉強しろという伝言があったらお断りしろと言われておりまして……」
「あの野郎」
人の行動読んでやがったな。俺が単純な奴みたいじゃないか。地味に恥ずかしい。
覚えてろよ。
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