第7話 縁側でお茶


「今日は陽が差していて暖かい、縁側でお茶と洒落込もうじゃないか」


 お茶とお茶請けを用意していると桐生さんがそんな提案をした。別に断る理由もないし、九条さんも乗り気だったのでそうする事にした。


「うん、風も強くないし良い感じだ」


「そうですね、陽射しが心地良いです」


 用意した座布団に座りながら桐生さんと九条さんはそんな事を言っていた。


「春だねぇ」


 特に気の利いた言葉も思い浮かばない俺は湯飲みに緑茶を注ぎながら適当に返事をしておいた。


「昨日案内して頂いた時も思いましたが、素敵なお庭ですね」


「手入れにはかなり手間隙かけてるから、そう言ってもらえるとありがたいね」


「爺孫そろって暇があれば土いじりをしているからね」


「ふふ、大好きなお庭なんですね」


 桐生さんが変な事言うから笑われてしまった。


「別に、無駄に広いから時間がかかるだけだよ」


「こんな事を言っているけどね、季節の花とか色々考えてるんだよ」


「そこの木蓮ももう少しで咲きそうですね」


 お、良いところに目をつけるね。あの木蓮は我が家の自慢の木蓮ちゃんだよ。


「そうだね、木蓮はもう少し暖かくなったら見ごろになると思うよ。花が咲き終わると一気に花びらが落ちてしまうから、ほんのひと時だけどね」


 そもそも木蓮は庭木としてはポピュラーだけど剪定が非常に重要で、成長するスピードも速いから手間がかかるのだ。もちろん俺が手間を惜しむわけもなくしっかりと

世話してあるから家の木蓮は何の問題もないけどな。心置きなく綺麗な花を咲かせてくれ。


「なら、その頃またここでお茶をしてもいいね」


「楽しみです!」


 茶菓子をつまみながら言う桐生さんと手を合わせて喜ぶ九条さん。桐生さんは花より団子じゃないの?


「大和くん、言いたい事があるなら聞いてあげるよ?」


「桐生さんは花より団子じゃないの?」


 つい言ってしまった。


「失礼な、私とて風流を解する心を持っているよ」


 全く信用できない。


「じゃぁあっちに植えてある蕾がついてる花の名前は?」


「ふむ……」


 俺がツツジを指差しながら尋ねると、そう言いながら顎に手を当てその花を見やる桐生さん。一見絵になっているけど絶対わかってないだろう。何度か話題に出したことはあるから思い出せれば答えは出るはずだが。


「九条さんはわかる?」


「え、えっと……」


 どうせ桐生さんには答えられないだろう思って九条さんに振ってみたが九条さんも言い淀んだ。あれ、九条さんは結構植物に詳しいかと思ったけど違ったか。


「その……」


 あぁ、隣で考え込んでる人をチラチラ見てる。桐生さんが答えられなかったのに答えて良いのか迷っているのか。どうせ正答できないから気にしなくて良いのに、その人見かけによらず適当だから。


「待って、今ここまで出てるから」


 そう言いながら喉元に手をやる桐生さん。九条さんが答えるのを阻止しやがった。随分必死だな。


「あはは……」


 九条さんのこの反応、軽く呆れてるんじゃないか?


「顔が出てくるのに名前が出てこないという奴か……」


「人じゃないんだから……」


 だいたい蕾とは言え現物は思いっきり見えてるだろう。


「よし、ヒントだ」


 急にヒント制にされた。ヒント求めてる時点でもう不正解だと思うんだが。まぁどこまでヒントだしたら正解できるか気になるしいいけど。


「ふむ、ヒントか……。何か良いヒントあるかなぁ」


「じゃぁ分類を教えて」


「それじゃ答えになっちゃう奴だね」


 ツツジはツツジ目ツツジ科ツツジ属だからな。


「むぅ……」


 ヒントって言われると難しいな。


「九条さん、何か良いヒントない?」


「えっと、赤い花の花言葉は恋の喜びです」


「このヒントでわかったら粋で優雅な風流人だと認めよう」


 ツツジの花言葉なんて俺も知らん。ツツジすら出てこない桐生さんにわかるわけがない。


「次のヒント」


 ほらね。ノータイムで次を要求された。てか意地を張って絶対答えようとする割りにヒントは問題ないんだな。


「じゃぁ、3文字だよ」


「ひらがなで?」


「うん、漢字にしたら2文字」


 俺に漢字は書けないけどな。


「すごいです。私漢字で書けないです」


 やばい、九条さんが恥ずかしそうに告白した。まるで俺が漢字で書けるみたいな空気になってしまった。


「わかった、檸檬レモンだね。私は漢字で書けるよ」


 したり顔で言ってるトコ悪いけどそれもう漢字云々でしか判断してないでしょ。


「レモンの花言葉は誠実な愛等ですから、ちょっと違いますね」


 予想外の角度から不正解を告げるな。花言葉とか好きなのか。


「惜しい!」


 惜しいのか。恋の喜びと誠実な愛だから惜しいっちゃ惜しいか。


「答えはツツジだよ」


「あぁ……ツツジか……」


 あれだけ悩んでムキになってたのに答え聞いてもこの反応。絶対興味ないだろ。


「でも、撫子ちゃん。レモンの花言葉までわかるってすごいね」


「確かに」


「そんな、好きで覚えてしまっただけですよ」


「好きこそ物の上手なれって奴だね」


その理論でいくとやっぱ桐生さんは花より団子だよね。


「よし、今度明くんにも同じ問題を出そう」


「本田さんはお花、御好きなんでしょうか」


「どうだろう、特別好きって程じゃないと思うけど。さすがに桐生さんよりは興味持ってるんじゃないかな」


「それは語弊があるよ、大和くん」


 そりゃ失敬。


「たまに手入れ手伝ってくれたりするからね。嫌いって事はないはずだよ」


「これ程素敵なお庭がありますから、自然と好きになってしまうのもわかる気がします」


「ありがとう、九条さん」


 庭を褒められるのは素直に嬉しい。でもね、そんな素敵な庭に咲いてる花の名前に興味を全く持ってないんですよそこの人。


「まぁ花の名前は兎も角、見事な庭だからね」


 ちょっと気にしてたのか。誤魔化してるぞ。


「そこのツツジなんてもう少ししたら蕾が綻ぶだろう」


 おっと、どっかで聞いたことあるお話だぞ。既視感って奴かな。


「これがデジャヴュか……」


「……っ……」


 お、九条さんが口元を抑えて震えながら俯いてるぞ。ツボに入ったのかな。


「ふふ、撫子ちゃんも感激して言葉にならないみたいだね」


「感激が理由なんですかねぇ」


「お二人は息がピッタリですね、とても楽しいです」


 まぁ、桐生さんもここで暮らして長いからね。


「大和くんとの付き合いもそれなりに長いからね、こうした掛け合いも日常茶飯事さ」


「九条さんもそのうち俺達と息ピッタリになるさ」


「それはとても素敵ですね!」


 楽しみです、と笑いながら言う九条さんは見てるこっちが楽しくなってくるな。心がぽかぽかする。春を感じさせるうららかな日差し、頬を優しく撫でる春風、美味いお茶とお茶菓子。うん、平和だ。


「ところで撫子ちゃん」


 人が平和な日常に幸せを感じてるところで桐生さんが話を切り出した。正直もう嫌な予感しかしない。


「なんでしょうか?」


「撫子の花言葉ってわかる?」


 わからないはすがないだろう。花言葉が好きな子が自分の名前と同じ花の花言葉を調べないはずがない。なのに何故桐生さんは花言葉を聞いたのではなく花言葉を知っているかどうかを聞いたのか。



 間違いない。からかうためだ。



「はい、ナデシコはその……無邪気、純愛などの花言葉があります」


 少し照れくさそうに頬を軽く染めて九条さんは答えた。その姿を見てニヤニヤしながら桐生さんは言葉を続ける。


「なるほど、どちらも同じ名前の撫子ちゃんにぴったりの花言葉だね」


ほらきた。


「恐縮です」


頬が更に赤くなってしまった。かわいそうに、悪いお姉さんに目をつけられてしまったね。


「色によって違う花言葉があったりするよね、それも聞きたいなぁ」


 だがそれくらいで引くような女じゃないんだ、桐生さんは。


「ピンクのナデシコの花言葉は純粋な愛、 赤のナデシコの花言葉は純粋で燃えるような愛、です」


 知らないって言っちゃえばいいのに、素直だなぁ九条さんは。


「純粋で燃えるような愛! 素敵じゃないか」


 確かに素敵だとは思うけど、桐生さんが言うと不穏だね。


「大和くんもそう思うだろう」


 こっちに振るのか。俺が桐生さんの味方をするとでも思っていたのだろうか。九条さんは恥ずかしがって何も言えてないんだぞ!


「うん、無邪気で純粋な九条さんにぴったりだ。赤の撫子の純粋で燃えるような愛、きっと相手も素敵な人なんだろうね」


 しまった。口が勝手に……。九条さんはますます縮こまってしまった。いや、責めてるわけじゃない。むしろ褒めてるわけだし。セーフだ。


 そもそも九条さんと同じ名前の花の花言葉を聞いて、ぴったりだねって言ってるだけだからね。決して顔を染める九条さんが可愛らしいからとかじゃないから。



 そんなこんなで縁側でのお茶はつつがなく終わったのだった。

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