第4話 家族
『撫子ちゃん歓迎会』が無事に終わり、皆で簡単に後片付けをすることになった。本当は主賓にまで手伝わせるつもりはなかったんだけど、本人がどうしてもと言う事で一緒にやる事とに。
俺と明のコンビネーションで食器を片付けてる間に3人が部屋の片づけをしてくれている。食器が片付いたら俺達も部屋の片付けに参加する。各自しっかり分担してやれば直ぐに終わる。
歓迎会自体は楽しかったけど、こういう片付けってちょっと切ない気持ちになるよな。
「後始末も終わったし、私は帰るよ」
葵がそう言うと、皆自然と玄関まで見送りに向かう。
「ご馳走様、撫子もこれからよろしくね」
「はい。こちらこそよろしくお願いします、葵さん」
名残惜しそうに二人が別れの挨拶を交わすのを横目で見ながら俺も外履きを履き、そのまま玄関のドアを開ける。
「おやすみ、またね」
「おやすみなさい」
そして二人で手を振り合ってから家を出る。あの、俺達3人事見えてますかね。二人の世界作ってませんか。
「じゃぁ、俺はちょっと送ってくるから」
いくら近所とは言え一応女の子だからな、毎度の事だけど。
「おう」
「いってらっしゃい」
いつもの事だから明と桐生さんは慣れたもんだ。だけど桐生さん、ニヤニヤしながら九条さんを肘で突くのはやめて差し上げろ。
桐生さんに言われて変に意識してしまったのかちょっと頬を赤く染めてしまった。
「いってらっしゃいませ」
だが、はにかみながらもしっかり声をかけてくれるのは嬉しいよ。
「うん、行ってきます」
ただ葵を送るだけで直ぐに帰ってくるし、いつもやってることなのに何故か俺まで少し気恥ずかしい。全部桐生さんのせいだな。
薄暗い夜道を葵と二人で歩いていく。特に会話も無いが別段気まずくも無い。話が尽きない日もあれば、無言で二人でいるだけの日もある。
「ねぇ」
「ん?」
なんて感慨にふけていたら、葵から沈黙は破られた。
「撫子、良い子だったね」
「あぁ、うまくやっていけそうで何よりだよ」
当然、というべきか話題は九条さんの事だった。
「そうだね」
「とは言え、だ。慣れない土地で暮らすのは大変だろうし、葵からも気にかけてあげてくれないか」
「うん、そのつもり」
「ありがとうな」
「お礼は榛名屋のあんみつでいいよ」
「クリームも乗せてやるよ」
「ふふ、やった」
真面目な話をしていたかと思えば、茶化すようにおねだりをしてくる。俺達のいつもの会話だ。
葵の家は近所だから、そんな話をしながら歩けば直ぐに到着する。
「ありがとう、大和」
「あぁ、おやすみ」
「おやすみなさい」
葵が家に入っていくのを見届けて、俺もその場を後にする。もう春とはいえ、まだ夜は冷える。用も済ませたことだしさっさと帰ろう。
「おかえり、寒かっただろ」
「ただいま。結構冷えたよ」
「風呂入れておいたから、暖まって来い」
「いつも悪いな」
家に帰ると明が出迎えてくれ、ありがたいことに風呂も沸かしておいてくれたらしい。遠慮無く好意に甘えるとしよう。
ウチは風呂は共同だが二つあるため男女はきっちり別れている。だから男湯に入ればラッキースケベも残念ながらありえないのだ。
だが今日はまだ入居初日、警戒してもし過ぎと言う事もない。桐生さんあたりが面白半分で何か企んでいるかも知れないからな。
まずしっかり男性用であることを見定め、脱衣所のドアをノックしながら声をかけ中に誰もいない事を確認、ここで油断せずに浴室のドアもノックしつつ中へと呼びかける。
「ここは男湯ですけど誰もいませんねー?」
返事がない、ただの杞憂のようだ。ちょっと神経質だったかな。後は浴室に入って鍵さえ閉めれば後から女の子が入ってくるハプニングも防げる。ゆっくりと癒されよう。
結局何か起こる訳も無く無事に風呂を上がった俺は明に風呂が空いた事を伝え、火の元や戸締りの確認をする。一通りを済ませたらダイニングで今日の分の日誌を書く。
これは爺ちゃんに言われている仕事の一つだ。たまに面白そうに読んでいるのを見かける。だから爺ちゃん宛に今回の件があまりにも急だった事をぼやいておかないとな。
「高崎さん、お風呂ご馳走様です」
声に気付いて顔を上げれば、すぐ近くまで九条さんが来ていた。爺ちゃんへのクレームを書くことに集中しすぎていた様で、全く気が付かなかったな。
先の言葉通り、風呂上りなのだろう。火照った顔は活気を帯びていて、寝巻き越しにも湯の湿り気が伝わってきそうだ。今日一日で九条さんの制服、私服、パジャマと色んな姿を見てしまったな。
「あぁ、どういたしまして」
「それは、日誌……ですか」
「うん、仕事の一つかな」
「なるほど」
なんだろう、このふわふわした感じ。九条さんは椅子に座るでもなく部屋に戻るでもなく、その場に立ち尽くしたまま、まごついている。
「立ち話もなんだから座ったら?」
「あっ失礼します」
俺に言われるがまま腰掛ける九条さんだったが、視線は相変わらず彷徨っている。俺に何か言いたいけれど、どう切り出して良いかわからないってところだろうか。
「何か、気になる事でもあった?」
ならばこっちから話を振ってやるしかあるまい。勘違いなら俺が笑われるだけですむ。
「え?」
俺の質問には答えず、ポカンとしたその顔はむしろこちらの意図を聞きたそうに見える。もしかして気付かれて無いと思っていたのか。
「何か話したそうに見えたからね」
「お気づきになってたのですか」
小恥ずかしいのか軽く俯いてる。おずおずと顔を上げるも、こちらを伺うその表情には迷いが感じられるが。
「あの……皆さん……どうしてここまで良くして下さるのでしょうか」
ぽつぽつと、しかしはっきりと九条さんは胸の内を俺に打ち明けたのだった。
「干渉し過ぎで鬱陶しかった?」
これはないだろう、と思いつつもあえて聞いてみた。
「まさか! そんなはずがありません」
良かった、速攻で否定してくれた。肯定されてたら寝込んでたわ。
「そっか、それはよかった」
「嬉しいですし、有難い事です。でも、何故皆さんがそこまでして下さるのか……」
「それこそ、したいからしただけだよ。これから一緒に住む九条さんと、仲良くなりたいから」
「高崎さん……」
「九条さんはどうかな」
「嬉しかった……です」
ポツリと呟いた。それは俺の言葉に反応したのか、自分自身に言っているのかはわからないけれど。九条さんは伏し目がちに言葉を紡いだ。
「少しだけ……少しだけ、心細かったんです」
当然だ。16歳の女の子が、どんな事情があるかは知らないけど、はじめて来た知り合いのいない家で暮らしていくのだ。不安にならないはずがない。
そう、当然なんだ。でもどこかで九条さんは大丈夫そうだと思っていた。明るく優しい彼女ならここで上手く暮らしていけそうだとも。あったばかりの少女の人柄に触れて、わかったつもりでいた。
「そりゃ、そうだよな」
「でも……お会いする方は皆さん優しくて……良くして下さって」
「うん」
「仲良く、したいって……家族……同然だ、って……言ってもらえて……」
感極まってしまったのだろう、今にも泣き出しそうな程に震える声で、不安に急き立てられる様に、搾り出す様に彼女は心のうちを明かした。
「ご、ごめんなさい! まだ一日も経ってないのに。少し、過敏になってしまったみたいで」
「謝る必要なんてないよ」
顔を上げ、努めて平静を装い、無理に笑っている姿がむしろ痛々しい位だ。瞳には涙が潤んでいて、声も少しくぐもっている。
人に迷惑をかけまいと必死に強がっている少女に、気付かない振りをしてやれるほど俺は器用じゃない。
「良いんだ。家族には少し位迷惑かけたって」
「……でも……」
「俺はもちろん。明だって桐生さんだって、家族に迷惑をかけて誰かに助けてもらって生活しているんだよ。君だけ誰にも迷惑をかけるな、なんて理不尽は事はない」
「……そうなの……でしょうか」
「そうだよ。少なくとも、俺達はそうやって暮らしているんだ」
俺は断言した。だってそれは当然の話だから。
「いきなり考え方を変えろって言っても無理かも知れないけどさ。ここで暮らしていく内に、少しずつでもそう思えてもらえたら良いな」
「高崎さん……」
「まだ会ったばかりだし、お互いの事も詳しく知らないけど。それでもここで暮らす以上、俺は家族だと思うんだ。だから、ここが九条さんにとって心許せる場所になるように、俺達も頑張っていく」
だから、と言葉を続けて。
「そうやって少しずつ、一緒に家族になっていかないか?」
俺の言葉に、呆気に取られたのか彼女は目を瞬かせる。いや、よく考えればちょっと言葉のチョイスを間違えたかも知れない。プロポーズみたいになってないか。何気なく本心を言っただけなんだけど、冷静になると結構恥ずかしい事言ってしまったか。少しだけ、発言を後悔しつつも反応を待っていると。
小さい声で、でも確かに、九条さんは笑っていた。
「ふふ……本当に、本当に嬉しかったんです。よくしてもらった事も、家族だって言ってもらえた事も。あのプレゼントもその証みたいで……すごく嬉しかったんです」
彼女は笑いながら、楽しそうに、慈しむ様に、静かに語った。
「でも、怖かったんです」
「怖かった……?」
「こんな素敵な皆さんに迷惑をかけて、嫌われてしまって、また居場所がなくなってしまうのが。怖かったんです」
「そんな……」
この子がここまで思いつめていたのは、ここに住む事になった事情も関係しているのかも知れない。過去にあった何かが、九条さんをここまで怖がらせているのか。
俺はそれが何か知らないけれど、どんな事情があったとしても、爺ちゃんが許可を出してるんだ。彼女だけが悪い、という事はないはずだ。自分の祖父に対してそれ位の信頼はある。
何よりも、今俺の目の前にいる女の子が悪い子にはとても思えない。
「家族だと言ってもらえて、優しくしてもらえて、嬉しいのに。それでもまだ怖がっていたんです」
「九条さん……」
「少しずつでも、皆さんと家族になっていきたいです。いつか、胸を張ってここが私の御家ですと、皆さんが私の家族ですと言える様になりたいです」
何かに縋るかの様に、でもはっきりと、彼女はそう宣言した。
「あぁ、俺達も九条さんに失望されないように頑張らないといけないな」
「ふふ……そうですね、私も皆さんに愛想をつかされぬよう、精進いたします」
「九条さんがそんな愛想をつかされる真似しないと思うけどなぁ」
「そんな事はありませんよ。そもそも、今もこうしてご迷惑をかけてしまっています」
そう、九条さんは微笑みながら言った。少し自嘲気味だけど、それだけではない気がする。茶化すような甘えるような、今までのこの子に無かった感情が隠れている。そんな気がした。
「これ位、迷惑でもなんでもないさ」
「高崎さん」
「うん?」
俺を呼んだ彼女は椅子から立ち上がり、佇まいを正し、胸に手を添えて静かに、しかしよく通る透き通った声で確かに告げた。
「改めまして……不束者ではありますが、末永くよろしくお願い致します」
言い終わると恭しく頭を下げる九条さん。それプロポーズみたいだって。とは言えこの空気で突っ込めるはずもなく。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
そう返事をするのが精一杯だった。
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