第3話 歓迎
「せーの」
「ただいまー」
一緒にただいまを言おうと言ったけど、すまん嘘だ。俺が言わなかったせいで九条さんの声だけが我が家に響いた。話が違うと言わんばかりの表情でこっちを向いている。
「おかえり、九条さん」
問い詰められる前に勢いと笑顔で誤魔化す。
「おかえりなさい、二人とも」
「おかえり」
九条さんをからかってると奥から桐生さんと葵が出迎えに来てくれた。
「うん、ただいま」
今度は俺もちゃんと言った。九条さんももう一回言ってた。マメというか、礼儀正しいというか。
「あぁそうだ。撫子ちゃんの荷物が届いてたから、二階の部屋の前に運んでおいたよ」
「わぁ、ありがとうございます。お手数をかけして……重くありませんでしたか?」
「殆ど明くんに運ばせたからね、問題ないさ」
なんでそれでしたり顔ができるんだよ。
「帰ってきて早々だが、葵ちゃんも来てくれた事だし荷解きをやってしまおう」
「そうだね。九条さん、買った物は俺に任せて行ってくると良い。疲れてたら指示だけ出して二人を使えば楽に終わるよ」
「なんで大和が偉そうに言うのか」
そうは言いながらも、手伝う気は充分にある二人に引っ張られていく形で部屋に向かう九条さん達に手洗いうがいだけはしておくように伝えて、俺もしっかり済ませた後に台所へと向かった。
「お待たせ、買ってきた」
「サンキュー」
忙しそうに調理する明を尻目に、ダイニングを見ると凄い事になっていた。
「これ、桐生さんのセンス?」
「あぁ、俺はそういうのわかんねーから言われたもの作っただけだな」
折り紙で作られた輪のガーランドや風船が飾り付けられ、目立つところに『撫子ちゃん歓迎会』と書いてある。そこに恐らく葵のセンスで色々と書き込みが足されているのも微笑ましいな。俺も書き足しておこう。明にもやらせねば。
「料理はどんなもんかな」
「順調だ」
「ならよかったよ、俺も手伝う」
「頼む」
とは言っても俺は明とは違ってそこまで料理が得意なわけじゃないから簡単な事しか手伝えないんだけどな。殆どアシスタントだ。邪魔にならない程度に頑張らせて頂きます。
「で、九条とのデートはどうだった?」
男二人で黙々と調理を続けていると、ふいに明がそんな事を聞いてきた。
「楽しかったよ、やっぱりいい子だったし」
「そうか、確かに今どき珍しいくらい礼儀正しいしな」
「あぁ」
多分、明も気になっているのだろう。あの子がなぜ高校二年生という中途半端な時期に転校して、ここに引っ越してきたのかが。
誰だって人に聞かれたく無い事や言いたく無い事の一つや二つあるだろう。彼女に直接聞く様な真似はしていない。でもこれから暮らしていく上で腫れ物に触る様な扱いをするつもりはないし、彼女もされたくはないと思う。同じ家で暮らしていく家族として、力になってやりたいと同時に無遠慮にあの子の心を踏み荒らしたくも無い。
「人間、色々あるよな」
ポツリと溢した明の言葉は、九条さんの事なのかそれとも明自身の事なのか……。
「そうだな、色々あるさ」
出来上がっていく料理を皿に盛り付け、テーブルへと運んでいく。ここでの見栄えも手を抜くわけにはいかないからな。二人でテキパキと準備を整えていると。
「入るよ」
ドアが開いてから葵の声が聞こえた気がする。気にしたら負けか。
「お、準備できてる?」
「あぁ、もうバッチリだ。そっちが良いなら呼んできてくれ」
「わかった呼んでくる」
返事をするや否やドアを閉めて部屋に向かう葵、出来上がった食事を見ていっきに食欲が沸いたな。実は俺もだ。歓迎会でなかったらつまみ食いしてた。
しばらく待つと、楽しげな声がこちらに近づいてくる。仲良くなれたみたいでよかったよ。そしてドアが開かれると、昼とは随分様変わりしたダイニングを見た九条さんが元より大きな目を更に見開いて、両隣の二人に顔を向けている。だがすまない、その二人は共犯者なんだ。
「ほらほら、立ち話もなんだから座ろうじゃないか」
「こっちこっち」
そう言いながら桐生さんが立ちすくんでいる九条さんの肩に手をやり、葵が手を引いて上座に用意した主賓席へと案内する。
椅子を引きエスコートする桐生さんもそうだがされる九条さんも妙に様になっている。
主役が座り、俺達も席へ腰掛けるとようやく落ち着きを取り戻したらしい九条さんが当たりをキョロキョロしながら尋ねてきた。
「皆さん、これは一体……」
「そこに書いてある通り、撫子ちゃんの歓迎会さ」
「私の……」
「うん。というわけで祖父が不在ですので変わりに挨拶させて頂きます」
そう言いながら立ち上がると早速野次が飛んできた。九条さん以外の全員が面白おかしく囃し立てる。くそ、この空気で真面目な事言うのは恥ずかしい。九条さんのためだ、我慢我慢。
「えー、本日から九条さんは我が家に住む事になりました。これからは家族の一員として、一緒に過ごしていって欲しいと思います」
さすがに真面目な事を言い始めると皆静かにしてくれた。けど結構恥ずかしい。
「えと、じゃぁ皆さんグラスを持ってください、お茶ですけど」
一名ほど酒の方が良いと思ってる人がいるけど無視だ。
「九条さんのご健勝とご多幸を祈念しまして、乾杯!」
俺の音頭に合わせて皆も乾杯とグラスを上げてくれる、一気にお茶を空にして酒を注ごうとしているダメな大人もいれば俺に拍手をしてくれる優しい同い年もいる。いつぞやの爺さんの真似だけどこんなもんだろう。後は一礼して終わりだ。
「ありがとうございました」
一仕事終えた達成感に包まれながら席につき、本日の主役にバトンを渡す。
「というわけで、今から九条さんに改めて挨拶して頂くから静聴するように」
「はっはい!」
他の3人に静かにするように言ったんだけど、思わずといった様子で返事をする九条さんに、その場の全員が優しい気持ちになった気がする。九条さんは意を決した様に立ち上がり、真剣な顔つきになる。釣られるように俺達も居住まいを正す。
「改めまして、九条撫子と申します。本日は、私の為にこのような素敵な歓迎会を催して下さり、ありがとうございます。高崎さんのお爺様にご紹介いただき、こちらでご厄介になる事となりました。至らぬ点が多々ある身ではありますが、どうかよろしくお願い申し上げます。」
言い切ると同時に勢いよく頭を下げるその姿に、一瞬圧倒されてしまった。だが、そこに感じ入る物があったのだろう。誰からとも無く拍手をしていた。そして皆が口々に歓迎の言葉を投げると、顔を上げた九条さんがまた感謝の礼をする。これじゃループしてしまいそうだな。
「撫子。それじゃキリがないよ」
「ふふ、そうですね」
葵が突っ込みを入れると、九条さんは楽しそうに笑った。あれ、君たちいつの間にか随分と仲良くなってるね。いや、そうなったら良いなと思ってはいたんだけど。
「お前たちいつのまに仲良くなったんだ?」
「明くん、女子の秘密を探るのは野暮というものだよ」
「そうそう、桐生さんが女子かはともかくね」
女子高生の歓迎会で一人酒を煽るこの人が女子かは甚だ疑問だ。
「ほう、大和くんも言うじゃないか」
いかん、ついつい思ってる事が口に出てしまった。酔っ払いに絡まれるのはごめんなので強引にでも話を流そう。
「おっと。さぁ皆、話すのも良いけど折角明が腕によりをかけてくれたんだ。冷めない内にご飯も食べよう」
「そうだな、九条も遠慮せずに好きなのを食ってくれ」
「はい。お言葉に甘えて、いただきます」
今回は大皿に盛られた料理を各自小皿に取り分けるスタイルなんだが……九条さんの周囲がすごい。世話焼き気味な葵が「主賓なんだから遠慮しないでいっぱい食べな」と言いながらよそってあげてるのは良いんだけど、アレもコレもとどんどん追加している。
「あ、これはウチから持って来た差し入れだよ、食べてみて」
なんて言って更にドン。悪意は欠片も無く善意でやっているのが厄介だな。食べきれない量になってもよそい続けそうな勢いだ。
「葵も九条さんに構ってばかりいないで自分も食べろよ」
ここらで助け舟を出しておくか。
「わかってるよ、っていうか別に構ってるわけじゃないし」
なんかよくわからん言い訳をしだしたな。
「いや、構ってはいただろ」
明も突っ込むよそりゃ。でもさっきまでちょっと困ってそうだった九条さんも笑ってくれてるし結果オーライかな。
そんなトラブルもありつつ、食事は楽しく進んでいった。
「もうこんな時間か、楽しい時間というのは本当にあっと言う間だねぇ」
食事も粗方食べ終わって来たころ、桐生さんがしみじみと言った。そろそろお開きかな。
「あ、あの!」
「ん?」
「皆さん、今日は本当にありがとうございます。こんなに良くして頂いて、何とお礼を申し上げたら良いか」
またもや九条さんにお礼を言われてしまった。何度目だ。
「そんなにかしこまらなくていいんだぞ、九条。俺達がやりたくてやった事だ」
「その通りさ、何せ君はもうお客様ではなく家族なのだからね」
明と桐生さんが良い事言ってる。嫌な予感しかしない。
「ほら、大和くん。もったいぶっていないで」
くそ、ニヤニヤしやがって。酔っ払いが。
「あー、九条さん。その食器は君専用だから、覚えておいて欲しい」
「えっ?」
九条さんが使用していた箸や茶碗は今日俺が買ってきた物だからな。目ざとい桐生さんと台所の主の明はすぐに気がついたのだろう。いや、葵の反応を見るに奴も気付いていたっぽいな。俺ってそんなにわかりやすいのだろうか。
「これからはお客さん用じゃなくて、九条さん用の食器が常備されるってことだよ」
「私の為に、用意して下さったのですか?」
改めて言われると照れるな。
「うん、使ってくれると嬉しい」
「はい、もちろんです。大切に使わせていただきますね」
「撫子ちゃんに撫子柄の食器か、可愛いし良いじゃないか」
「俺もわかりやすくて良いと思うぞ」
二人が全然違う角度から褒めてくれる。いや明のは本当に褒めているのか?無言の葵に居たっては褒めるどころか俺のセンスの無さを非難しているようにも見える。まぁ葵の時も葵柄だったからワンパターン感は否めない。
「まぁ選んだのは俺だけど、俺達全員からのプレゼントって所かな」
明と桐生さんは元々そのつもりだったし、葵も巻き込まれて嫌とは言うまい。
「本当に、本当に嬉しいです。皆さん、ありがとうございます。」
そう言いながら愛おしそうに茶碗を両手で持つ九条さん。お世辞ではなく、心から喜んでくれているように見える。そこまで大事にしてくれるなら選んだ甲斐があったと言うものだ。
こうして最後にサプライズをかましたものの、『撫子ちゃん歓迎会』は無事に終わった。
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