第2話 ご案内


 あの後4人で明の用意してくれた昼食を食べながら話したところ、なんと九条さん、ウチの高校に転入してくるらしい。って事はしばらくって言ってたけど、割と長い間ここに住む事になるのか。

 同じクラスになれると良いね、なんて話をしつつ食後のお茶を飲んでいると。


「あの、ちょっとお伺いしたいのですが」


「撫子ちゃんの質問なら何でも答えようじゃないか、大和くんも明くんも今付き合ってる彼女はいないよ」


「まだ質問されてないし、何で桐生さんが答えるのさ」


「知られて困る事じゃないけど、プライバシーもへったくれもないな」


 九条さんの一言に即座に反応しボケを挟んでくる桐生さんに俺と明が突っ込みを入れる。


「そして私も付き合ってる彼氏はいないが。すまない、大和くんと明くんに彼氏がいないかは答えられない」


「そっちは濁すのか……」


「誤解されたらどうすんだ」


呆れる俺と明、どう反応すればいいかわからないのかあたふたする九条さん。何か質問しようとしてたのに如何するんだよこの空気。


「おっと話が逸れてしまったね。何が聞きたいんだい?」


 逸らしたのはあんただ、と言いたいけどそうすると収集がつかなくなるので我慢しておこう。


「はい、高崎さんの事なんですけれど……」


「安心したまえ、彼氏が居た事はないはずさ」


「だからそれはもういいよ、ごめんなさい九条さん。何ですか?」


「あのっ私はこちらにお世話になる身ですし、そんなに心遣い頂くのは恐縮といいますか」


「なるほどね」


「心遣いって言うほど大層な事はしていないと思うんですが……」


「大和の喋り方だろ」


「そうです!」


 俺には全然ピンと来なかったけど、桐生さんも明もすぐにわかったみたいで悔しいな。


「お二人に接するようにして欲しいという訳ではありませんが、お心置きなく接していただけると嬉しいです」


「そうだよ大和くん、君はお客さんだと思って丁寧に接しているんだろうけど。」


「ここに住む以上、長い時間接する事になるんだ。仲間はずれはよくないぞ」


「ぐぬっ……」


 くそ、こいつらここぞと言うばかりに責めて来やがる。ニヤニヤと笑いやがって……。


「あのあの! 責めたい訳ではなくてですね、私に気を使っていただく必要は無いと言いますか」


「ほら、私達と対応を変えるから撫子ちゃんが不安になっちゃったんだよ」


「管理人代理として、責任をとってもらわないとな」


 いいからそのニヤニヤを引っ込めろ。俺だって別に好きで丁寧に接してた訳じゃないしな。社会人としてのマナーって奴だし。まだ高校生だけど。相手が良いって言うなら俺も好きにやらせてもらうさ。ありがたい位だ。


「ありがとう、九条さん」


「え?」


「少し緊張もしてたのかな、代理として気を張ってたのかもしれない。気が楽になったよ」


「それはなによりです」


 俺がお礼を言うときょとんとしていた彼女だが、言葉を続けると少しばかりはにかんでいた。


「ここで暮らす以上、君も家族同然だ。九条さんも俺達には気軽に接してくれ」


「はいっ!」


 そう言って花笑む九条さんは、少し眩しいくらいに輝いて見えた。他人の事でここまで素直に喜べる彼女は心暖かい人なんだろう。自然と俺も笑顔になっていく気がする。それはそれとして、その清らかさでさっきからにやけが収まってない馬鹿二人を浄化して欲しい。





「撫子ちゃんにこの辺の案内をしよう」


 せっかくちょっと良い空気だったのに桐生さんが何か言い出した。


「今日来たばっかで疲れてるだろうし、荷解きも終わってないんだから明日以降にしたほうが良いんじゃないの」


 とりあえず九条さんが断りやすいように、突っ込みだけ入れておこう。


「何を言ってる大和くん。だからこそ気分転換を兼ねて散歩がてらに案内をするんじゃないか」


「一理あるか」


「あるのかよ」


 速攻で掌を返したら明に突っ込まれた。


「荷解きなら帰ってきてから私が手伝うよ、二人でやればすぐ終わるさ」


「じゃぁ、九条さん次第かな。疲れてるなら気を使う必要は全く無いからね」


「それでは、ご迷惑でなければ案内をお願いしてもいいですか?」


「あぁ、任せたまえ。大和くんが君をエスコートするさ」


「人任せなのかよ」


「生憎とこの後は少しだけ用事があってね、夕方には終わるはずだからそれ位に戻ってくれれば荷解きも手伝えるさ」


「悪いな、九条。俺もやらなきゃいけない用事があるから大和に任せる」


「明は仕方ないよ、家の事だから。いつもありがとう。」


「私との扱いの違いを感じるよ……」


「ふふ、高崎さん。よろしくお願いしますね」


 ワザと3人でじゃれあった甲斐があったのか、九条は少し楽しそうに微笑みながらそう言った。



 今は暖かいけど日差しが隠れると一気に寒くなるという地元民特有の忠告から暖かそうな私服に着替えてきた九条さん。

 ブラウスにカーディガンを羽織って、ロングスカートを履いて小さめな鞄を持っている。シンプルなのにオシャレだな、品があるって言うのかな。

 ロンTにジャージ羽織って、ジーパンを履いてる俺。シンプルなだけだな、ジモティーって言うのかな。

 良いんだ、散歩がてら案内するだけだし……。



「今日はこの近所を案内するよ」


「はいっ」


「転入手続きとかしなくちゃいけないみたいだし、後で改めて学校も案内するからね」


「重ね重ねお世話になります」


「これ位大したことじゃないよ」


 仕事だからな。まぁ可愛い子に感謝されるのは役得だ。


「一応ウチは自転車通学も出来るけど、俺と明は毎日歩いて通ってるんだ」


「何か理由があるんですか?」


「爺ちゃんがそっちのがお勧めだってんでね」


「お爺様がですか?」


「うん、朝の散歩は健康にも良いし脳が活性化するとか、なんかそんな理由でね」


「なるほど」


「でもウチの自転車使って良いから、九条さんは自転車で通っても大丈夫だよ」


「ありがとうございます。でも、ご迷惑でなければご一緒させて頂いてもいいですか?」


「もちろん。仲間はずれにはしないさ」


「ふふ……嬉しいです」


 と他愛も無い話をしながら歩いてると、水上みなかみの婆ちゃんが家の付近を掃除していた。


「婆ちゃん、こんにちは」


「大和ちゃん、こんにちは」


「こんにちは」


「この子、今日からウチに住む事になったんだ」


「あらそうなの、よろしくね」


「九条撫子と言います。こちらこそよろしくお願いします」


「で、こっちは水上の婆ちゃんで俺の爺ちゃんとは幼馴染なんだ。昔からお世話になってて、俺達と同い年の孫もいてそっちは俺の幼馴染。」


「ちょっと素直じゃない所もあるんだけど良い子だから、仲良くしてあげてね」


「はい! 私も仲良くしていただけたら嬉しいです」


「あと、婆ちゃんは今でもウチに差し入れくれたりするから」


「皆美味しそうに沢山食べてくれるから嬉しくてねぇ」


「いつもご馳走様です、本当に」


「おっと、引き止めちゃったねぇ。どこか行くとこだったんでしょう?」


「そうだった、この辺の案内してるとこだよ」


「そうだったんだねぇ、気をつけてね」


「うん、またね」


「それでは失礼します」


 行ってらっしゃいと手を振ってくれる婆ちゃんに二人で手を振り替えして先へ進む。


「優しそうなお婆様でしたね」


「実際優しいよ、悪い事しなきゃ怒んないし」


「ふふ、悪い事してお叱りを受けたんですか?」


「ちっ……小さい頃ね、小さい頃。昔の話だよ」


「意外です」


 あかん、恥ずかしい。九条さんもちょっとからかって来てるだろ。こういう時は話題を変えるに尽きるぜ。


「そうだ! さっきちょっと言ったけど婆ちゃんの孫が同い年なんだよ」


「そういえば、そう仰っていましたね」


 慈愛の笑みを浮かべながら話を合わせてくれてるけど、その目をやめてくれ。微笑ましい物を見る目で俺を見ないでくれ。


「うん、学校も一緒だからさ。どこかで紹介するよ」


「そうなんですね、ありがとうございます。高崎さんにはお世話になってばかりですね」


 歩きながらでもペコりと頭を下げてくる九条さんは、お世辞ではなく本当に嬉しそうにお礼を言ってくれる。この人なら皆とすぐにでも仲良くなれるだろうな。


「そんな気にしないで、ウチに住んでいれば遅かれ早かれいつかは出会う人達だから」


「皆さん仲がよろしいんですね、素敵です」


「そうだね、ウチの人達も近所の人達も皆良くしてくれるよ」



 そんな話をしつつも案内を続けていると、スマホに明からの連絡があり買い物を頼まれたので商店街に向かった。



「ここが商店街、向こうにスーパーもあるけどね」


「沢山お店があるんですね」


「そうだね、いくつか冷やかしてみようか」


 頼まれた買い物をして荷物が増える前に何軒か冷やかし上等で見て回ることにした。とは言っても田舎の商店街だしそんな大層なものはないけどな。


「あの……高崎さん……」


 数軒目の店で少しだけ個人的な買い物を済ませて店を出ると、九条さんが控え目に声をかけてくる。


「どうかした?」


「その……」


 何か俺に伝えたい事はあるだろうに口ごもる、一体どうしたんだろう。時折ちらと目線をやる方を見てみると。

 

「…………」


 無言でギャルに睨みつけられていた。

 明るい色した髪を後ろで簡単に纏めて、綺麗に整えられた眉を吊り上げ、半分閉じられている瞳はじっとりとした感情が込められていそうだ。そうでなくともつり目がちの彼女は冷たい印象を与えるのに、そんな顔をしていたら誤解が加速するんじゃないか。九条さんはこいつをの事を言いたかったんだな。


「なにやってんだよ」


「……こっちの台詞」


 一応尋ねてみたけど、そっけない返事しか返ってこなかった。まぁネギがはみ出た買い物袋を持ってる所を見るにおつかいだとわかる。だから俺は別に良いんだけど、九条さんがちょっと怖がってる。


「この子、九条さん。今日からウチに住むんだ、だから案内してた」


「ふーん」


「九条さん、こいつは水上葵みなかみあおいって言うんだ」


「申し遅れました。九条撫子です、よろしくお願いします」


「水上葵です、よろしく」


 深々と頭を下げるお嬢様とペコリと会釈するギャル。うーん、九条さんはどうしていいか困ってるな。傍目には不良が優等生に因縁を付けてるようにしか見えん。でも実際は葵も初対面の人と何話して良いかわからないのと自分が怖がられてるの理解してるからある意味九条さん以上に困ってるんだろうけど。


「苗字で気付いたかも知れないけど、さっきの婆ちゃんの孫がこの葵だよ」


「え」


 空気を変えようと思って言ったら意外ですと言わんばかりに瞠目する。まぁ気持ちはわからんでもない。


「お婆ちゃんの事知ってるの?」


「偶然会ったから紹介だけしといた」


「ふーん」


「はい、少しお話させて頂きましたけど、とても優しそうなお婆様ですね」


「うん、優しいよ。悪い事すると怖いけど」


 それはもう俺が言ったぞ。くそ、被らせて来るから九条さんが笑いを堪えるのに必死じゃないか。場を和ませようとは思ったけど、こういう空気にしようとは思ってなかったんだが。


「え、何か笑うところあった?」


「ごめんなさい、高崎さんも同じ事を仰っていたのでつい」


「真似しないでよ……」


「俺の方が先に言ってるんですが」


「うっせ」


 理不尽だ。しかしまぁ悪くないムードになったのでここは必要経費だったと割り切ろう。第一印象こそアレだったかも知れないけど、最後に上手くいっていれば初顔合わせは成功としても良いはずだ。


「どうせ暇だろ、九条さんの荷解き手伝ってくれよ」


「そんな、悪いですよ」


「別に良いよ、男に見られたくないものとかあるだろうし」


 九条さんは迷惑をかけると思うんだろうけど、葵は葵で気を使える奴だからな。文句の一つも言わずに手伝う気になってくれてるし。この二人なら一緒に作業すれば仲良くもなれるだろう。


「ほら、本人もこう言ってくれる事だし」


「お手数をお掛けします」


「うん。1回家に戻ってから向かう」


「わかった、俺達は買い物したら帰るから。あ、晩御飯はウチで食ってけよ」


「ご馳走様でーす」


 ヒラヒラと手を振りながら帰路につく葵を見送っていると、九条さんは申し訳なさそうな顔をしたまま俺に尋ねてきた。


「よかったのでしょうか、水上さんにお願いをしてしまって」


「大丈夫大丈夫、良い奴だからさ。仲良くしてあげてよ」 


「そんな、それは私の方からお願いしたい位なのですが」


 俺が冗談交じりに言うと慌てて訂正するのが微笑ましい。


「つき合わせて申し訳ないけど、買い物だけしたら俺達も帰ろうか」


 ますます恐縮しきりと言った九条さんは否定しながらも少し楽しそうだ。



 上手い事やっていけそうで良かった。

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