第九話 第二次EWF戦 前編
士官食堂を後にして艦内を巡回した後は再び〈こんごう〉
「提督。艦隊運用に若干の遅れが生じています。一七〇五に完了予定です」
「五分遅れか、許容範囲だな」
コーヒーを飲みつつ時が満ちるのを待つ。
「提督、各艦隊の足並み揃いました。いつでも行けます」
オスカー副官より待望の報告が入る。
「副官、やるか……」
私の言葉に副官が頷く。私は帽子を被り直すと厳かに発令する。
「今時より『F作業作戦』を開始せよ!」
「『F作業作戦』開始します!」
次々と復唱されて作戦が指令書に従って順次実行される。ここまで来たらもう後戻りは出来ない。ただ前に進むだけである。
F作業とは海上自衛隊用語での釣りのことである。日本近海でやると漁業権だとかややこしいので公海上で釣りをすると聞いている。米海軍も洋上で釣りをするそうだが、こちらはキャッチ・アンド・リリースという話だ。今回はその釣りをモチーフとした作戦である。
前方に配置された第三艦隊と第四艦隊が釣りポイントに餌となね魔物を仕掛けた。その餌に食いついたところを釣り上げようと言うのが今回の作戦となる。第五艦隊と第六艦隊は待ち伏せて釣り人役。餌を仕掛けた第三と第四はそのまま観測任務とバックアップに入る。
他の艦隊も次の段階に向けて作戦行動中だ。
「さて、釣れるかな?」
「釣果は気長に待ちましょう」
「そうだな、オスカー副官」
ロトゲン近郊の第五艦隊、第九戦隊旗艦DDG‐六七〈コール〉麾下三隻と第十戦隊の四隻のアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦から五四口径Mk.四五 mod.二 五インチ単装砲計八門による艦砲射撃が開始される。発砲は各艦一回のみの計八斉射だ。これは敵を狙ったものではなくて誘き寄せるための打ち上げ花火の代わりである。
発砲した第五艦隊は速やかにその場を退避して次の持ち場に移動する。
暫くすると発砲現場にウィンド・ドラゴンがやって来た。暫く上空を旋回して地上にあるものを見つけるとゆっくりと降下してくる。
「目標Wが餌を見つけました!」
〈こんごう〉の戦闘指揮所のスクリーンには現地の観測班から電送されるリアルタイム映像が映し出されている。ウィンド・ドラゴンが餌に向かって降下している様子が良く見える。
固唾を呑んで映像に注視していると餌として置いておいた魔物の近くに降り立った。ウィンド・ドラゴンは魔物の周囲を匂いを嗅ぎながら周回した後に噛み付いた。
「よし!かかったか!?」
ウィンド・ドラゴンは少し啄みしただけで周囲を警戒するように見渡している。
「駄目か……?」
警戒して安心したのか再びウィンド・ドラゴンは啄み始めた。なにか細長いものを口に咥えると鵜飼の鵜の様に上に頭を上げると飲み込んだ。ウィンド・ドラゴンが飲み込んだのはMk.五〇短魚雷だ。以前、クラーケンが魚雷を食べて自爆したのをヒントに今回組み立ててみた作戦だ。
「かかった!」
暫くするとウィンド・ドラゴンの口から炎と煙が出て、その巨体は地面に倒れ伏した。弾頭に組み込まれている四五キログラムの成形炸薬弾が胃袋内で爆発したら内臓は既にズタズタだろう。その様子を見ていた第五艦隊と第六艦隊は主砲をウィンド・ドラゴンに向けると全力で斉射。ウィンド・ドラゴンに次々と砲弾が命中する。砲弾を打ち出した後の空薬莢が甲板に次から次へと砲塔前面から排莢されて甲板に散らばる。
一旦、成果を確認するために射撃が止まると静寂が訪れる。画面に映し出されたウィンド・ドラゴンは全身穴だらけで見るからに絶命しているようだ。第三艦隊が確認のために前進。第四艦隊はそのバックアップに入る。
確認を終えた第三艦隊から連絡が入る。
「目標Wのバイタル停止を確認!」
「おおっ!」
「やったぞ!」
〈こんごう〉戦闘指揮所内は作戦成功に湧き上がる。
「まだまだ次があるぞ!気を緩めるな!」
オスカー副官の一喝により静まり返る戦闘指揮所。すぐさま作業に取り掛かる船乗り猫達。
F作業作戦の裏で、とある作戦が同時に進行していた。第七艦隊麾下、第一三戦隊〈ハワード〉〈バルクリー〉〈マクキャンベル〉〈シャウプ〉第一四戦隊〈メイソン〉〈プレブル〉〈マスティン〉〈チェイフィー〉の八隻が後部Mk.四一 VSLより一艦から二発ずつ、計一六発のトマホーク巡航ミサイルを発射した。発射されたトマホークは内蔵された地形地図に基づき地表を這うように超低空飛行をして目標に迫っていた。
まず第一三戦隊のトマホークが目標EとFに殺到する。不意をついた攻撃が見事に弾着する様に見えたが直前に目標Fによる全力ファイヤーブレスによってトマホークは吹き飛ばされるが目標Eに対しては命中した上に転覆させることに成功。そこへ第一四戦隊によるトマホーク第二陣がFとEに殺到し今回は全て正確に弾着した。
目標Fも全力ブレスは連続では出せなかったようだ。
「目標の観測を急げ!確実に仕留めるまで油断するな!」
「イエス、マム!」
大量のトマホークによる爆発で舞い上がった土砂も漸く晴れて行き観測ヘリからの暗視カメラと赤外線カメラによる映像が旗艦〈こんごう〉の戦闘指揮場に届き始める。
「目標Eは撃破確認!目標Fは確認中!」
報告が入った直後にメインディスプレイに映されていた映像が突然ホワイトアウトしたかと思うとブロックノイズが混じった映像が一瞬写った後にブラックアウトして「NO SIGNAL」メッセージが映し出される。
「観測ヘリAからの通信途絶!」
「観測ヘリBとCの映像から判断して撃墜された模様です!」
「仕留め損なったか!」
私は強く肘掛けを握りしめて思わず立ち上がって叫んだ。
作戦は次の段階へと向かう。
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