第七話 森と温泉に囲まれて

 デザートも食べ終わったのででダイニングルームから談話室に移って食後のお茶会だ。給仕にハーブティーを淹れてもらってここからが本日の本番だ。何故なら食事中は会談はしないので食後のこの時間が会談の場となるのだ。


「さて、本日の食事は口にあったかな?」

 最初は軽い挨拶からか。

「大変美味しゅうございました」

 私は無難に答えるが美味しかったのは事実なので問題はない。

「そうか、それは良かった。私が腕によりをかけて作ったかいがあった物だ」

 ん?今、聞き捨てには出来ないようなことを仰られたぞ!

「今、陛下がお作りになったと仰せられました?」

「そうだと言ったよ」


 なんと陛下御自らの手料理だったとは吃驚したね。


「陛下は料理がとてもお上手なんですね。宮廷料理人の手仕事かと思っていましたよ」

「私は国王になる前はレストランで料理人をやっていたからな」

 吃驚させたことを嬉しそうに笑いながら陛下は答える。


 陛下の話をまとめると、元々料理をするために狩りをしたり野菜を育てていたりしていたら弓の腕も料理の腕も上がっていってアールヴ族の中でも上位に入るようになった。料理を作るために各種文献を読み込むうちに博識となり、食材の知見を広めるために各国の情報を集めていたら各国の情勢に詳しくなり、順位戦でも次々と勝ち上がり気がついたら玉座についてしまったそうだ。


「出てきた料理は全て出来立てのようでしたので気がつきませんでした」

「それは保存の魔道具があるからな」


 保存の魔道具とは出来立ての料理を出来立ての状態に数時間保つ魔道具で宴会などで大量の料理を作り置きする時に使われる魔道具だそうだ。時間停止のような物では無いので若干の劣化はあるそうだが無視出来るレベルらしい。


 ホテルのビュッフェとかであるお湯や氷で保温したり保冷する器具は元の世界にはあるけれど品質を劣化しないというのは凄い技術だ。魔道具を買い取って元の世界で売れば一儲け出来そうとか営業的に皮算用してしまう。


 もっとも魔力で動く物なので元の世界では使えないのが残念だ。さらに残念なのは電気代ならぬ魔力代が高いので特別の時にしか使わないそうだ。


 たわいもない話が終わったところで「さて、本題に入ろうか」と陛下が切り出した。

「何でしょうか?」


「本日呼んだのは、イソナはそろそろ旅立つであろう?」

「ほう、お気付きででしたか」

「一応、客人の様子は常に注意を払っているからの」

「左様でございますか」


 まぁ、監視されているのは気がついていたけれどね。とは言ってもガチガチの監視と言うより緩い監視だったので普段は気にしないで動いていたけれどね。


「準備が整いましたら出発したいと思います」

「わかった。では今から泉に行こう」

「はい?」


 話の流れが見えないのだが!?


「では、付いて来なさい」

「はぁ……」


 陛下はお構い無しに立ち上がると侍従を連れて談話室を出て行くので私は遅れないように付いていく。


 ミニ宮殿を出てから暫く庭園を歩いて行くと青い建物が見えてくる。陛下は立ち止まって振り返ると「あれは蒼の城と呼ばれている」と説明してまた歩き始めた。どうやらそこが目的地らしい。


 さて蒼の城に着いた。蒼の城の外観は西洋的な城と言うより三階建ての天守閣の様なイメージである。瓦屋根では無くて茅葺の木造建築で全体的に青色の蔦で覆われている。どうやらこれが名称の由来のようだ。さしずめ静かに眠る蒼い城てなところだ。


 陛下はそのまま蒼の城の中に入って行くので付いて行くと中はホールになっていて、そこから個室の控室になっている。促されるまま個室に入ると侍従達に湯着に着せ替えられる。もうここまで来たらなすがままにだ。


 着替えたら次の間に通されると、そこには森に囲まれた泉があった。泉から湯気が出ているので泉は泉でもこれは温泉ではなかろうか?


 泉は全体的に真っ青だ。イメージ的にはイタリアの青の洞窟の水面を思い出して欲しい。洞窟じゃなくて露天だけれど。日本人的には青い露天風呂てなイメージで良いと思う。水面は青く光っているので周囲も青く見える。


 試しに泉に手を浸してみると丁度よい湯加減とはこの事だ。日本人好みの湯加減と言えよう。すぐにでも入りたい気分なのだがなにか作法でもあるのだろうかと思っていると陛下もやって来た。陛下も湯着姿である。


「待たせたようだな。早速入ろう」そう言うと陛下は木桶で泉から湯を汲んで体にかけ流す。濡れた湯着が体に密着して匂い立ついい女とはこの事だろうか……。


 今はどう見ても女子大生にしか見えない私だが……。本来はおっさんである。なので非常気まずい。元の男の姿だったら下半身のあそこが膨張して大暴走して今頃は大変である。なるべく陛下の方を直視しないようにして湯を肩から流してから陛下に続いて泉に入る。


 泉というより露天風呂ですなー。肩まで浸かると心の洗濯が出来そうだけれど眼前にはアールヴ女王陛下も温泉に浸かっている。もちろん湯着を着ているとは言え、お互いに裸に近い格好で……。平常心とはかけ離れた緊張で心の洗濯どころではないのが本当のところだ。


 まさに「ど、どうしてこうなった!?」と言う心の叫びを飲み込んで表情は取り繕って営業スマイルである。営業スマイルもやり過ぎると相手が自分が馬鹿にされて笑われていると思ってしまうので特に海外では要注意である。


「この泉は我々の安寧を祈るための場所でもある。これから旅立つ者に対してもな」 陛下の説明によるとアールヴ族の種族のために王が祈る場所らしい。そんな所に私が来ても大丈夫なのだろうか?


「この泉には邪気を払い、精霊により祝福があると言われておる。故に旅立つイソナにも加護が授けられると思うぞ」

「御配慮の程まことにかたじけなく存じます」


 この世界には魔法があるぐらいなので加護とかあってもおかしくないので、ありがたく貰っておこう。


「それはそうとイソナの胸は大きいな。我々の種族特性で胸は大きくならないから興味があるぞ」


 なんか知らないが陛下から獲物を狙うような視線が私の胸に突き刺さるのですが……。そういえば、この世界でまともに風呂に入ったことなかったから気が付かなかったけれど胸て浮力があるんだね。浮き上がってくるよ。昔見た都市伝説だと思ったネタは事実だったんだな。


 このあと興味津々の陛下によって胸を揉みしだかれたのは言うまでもない……。


「さて、落ち着いたところで儀式を始めるとしよう」


 陛下は涼し気な顔で宣言するが私は息も絶え絶えである。陛下を甘く見てたよ。


 陛下は泉の中央に移動してから跪くと祝詞を唱え始めた。


「我はアールヴ森林国の国王なり。大森林の精霊よ、蒼き泉の精霊よ、国王として願う。我らがアールヴ族の安寧とイソナの旅の安寧を祈り奉り我らに祝福を与え給え」


 祝詞が終わると泉の岸の方から光が螺旋を描いて陛下の方に集まり渦巻く光が陛下を包み上空へと立ち上る。泉全体が強く光ったあとには上空から光が雪のように舞い降りて辺りに降り注いだ。私にも光が降り注ぎ肌に触れると吸収されるように消えていった。


 暫くして陛下が立ち上がって「これにて儀式は終わった」と言って泉から出ていく。私も続いて泉から上がった。


 儀式というものは案外あっさり終わるものだなと思いながら得難い経験に感謝しつつ陛下の後に続いたのであった。

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