第六話 宮中晩餐会

 日本の夏に巻き込まれ異世界勇者召喚されてから、早いもので既に秋。もとより湿度が低目のこの世界では真夏でも日陰に入れば涼しかったが、今では日中でも涼しいと言うより?肌寒くなってきたこの頃。夜ともなれば非常に冷える。


 そんななか、何故か私は温泉に浸かり、眼前にはアールヴ女王陛下も温泉に浸かっている。もちろんお互いに裸に近い格好で……。


 ……ど、どうしてこうなった!?


 話は数時間前に遡る。


 何時ものように朝食を食べているところに陛下より使者が使わされて、私に面会を求めてきた。


「ヤマモト・イソナ様。こちらは陛下からの招待状でございます。ご返答を承って来るように申し付けられているので、この場でご返答お願いします」


 使者より手紙を受け取る。手紙には魔法による封緘がしてあるので受け取った本人しか読めない仕様である。受け取ると自動的に手紙が展開されて読めるようになる。どういう仕組なのか全くわからないがすごい技術だ。手紙は本日行われる宮殿への晩餐会の招待であった。陛下からの直々の招待を断るわけにもいかないな。


「わかりました。招待に応じますと陛下にお伝え下さい」

「それでは確かに承りました。これにて失礼いたします」


 招待状のある晩餐会なので公式な集まりなのだろうか?私がイメージする晩餐会て皇居で行われる宮中晩餐会のイメージぐらいだ。大きくて長いテーブルがあってフランス料理とかがコースで出て来てタキシード?とかで礼装するやつである。


 そんなわけで着ていく服を考える。ちなみにスキルを使っている状態。つまり女性に変身している状態では軍服しか着れないようになっている。これは変身系ヒーローやヒロインが変身した後に私服を着ていないのと同じだと思っていただきたい。例外はあるにはあるが……。


 今まで異世界に来てから地球での現代的な服装が目立つから地元の服に着替えるとかありがちな対策が実は出来ないのだが、慣れてしまったので今は気にならなくなった。現地人に対して奇抜な格好をしていても堂々としていれば何とかなるものだ。……と思いたい。


 軍服なので選ぶのに困るというものはないが晩餐会のような場所に来ていく服装は実は決まっている。艦長以上の高官は「フォーマル・ドレス」と決まっている。夜会の招待状にドレスコードとして「ホワイトタイ」か「ブラックタイ」と書かれている場合にはそれに合わせる必要があるのだが、ここは異世界。そんな物はありはしないので無難に最上級のフォーマル・ドレスにしておけば間違いないだろう。


 ちなみに「フォーマル・ドレス」の他には「ディナードレス・ブルージャケット」「ディナードレス・ホワイトジャケット」「ディナードレス・ブルー」「ディナードレス・ホワイト」がある。階級によって着れたりオプション扱いとかあるが、ここは異世界なのであまり気にしなくても良いだろう。


 「フォーマル・ドレス」はドレスブルージャケット。ジャケットの下は白いフォーマルシャツ。ボトムはフォーマルスラックス・ブルー。靴はサービス・ブラック。金色の腰帯カマーバンド。ブラックのネックタイ。と言った出で立ちだ。ジャケットには勲章とかの略章を付けたりするのだが持ってないから付いてはいない。


 そもそも軍装については詳しくないので全ては船乗り猫達に任せているので用意されたものを着るだけである。着ていくものは用意出来たので時間が来たら着替えて出かけるだけである。


 時間が来たので宮殿まで歩いていく。アールヴ族の宮殿はベルサイユ宮殿のような広大で荘厳な物ではなくて迎賓館と同じように小さくて牧歌的な感じである。とは言え迎賓館の四倍ぐらいの大きさで屋根裏部屋も含めて四階建ての木造建築である。屋根も茅葺きでどこか農家風である。大きさのイメージとしてはイギリスにあるカントリーハウスが近いかも知れない。


 宮殿では公式行事と公務や会議などが行われる場所で陛下の住まいは別棟のミニ宮殿になっている。日本で例えると首相官邸と首相公邸のような役割りなんだろうか?議会用の建物や行政関係の建物はまた別にある。


 宮殿の正門で衛兵に招待状を見せるとミニ宮殿の方に案内される。宮殿の方でやるのかと思ったが、どうやら違うようだ。


 ミニ宮殿は宮殿から少し離れたところにあるので宮殿のある敷地内の庭園を歩いていく。庭園はヴェルサイユ庭園のような幾何学的な西洋庭園というよりモネの庭園のような自然豊かな庭園である。そんな庭園に埋もれたような感じの佇まいの木造住宅がミニ宮殿である。大きさ的には迎賓館と同じぐらいだ。


 ミニ宮殿内で侍従に案内されて待合室に通される。待合室の内装も絢爛豪華と言うわけではなくて質素だが質がいいものを使っている感じである。日本的なイメージで言えは古民家風と言ったところである。


 待っている間にお茶を楽しんでいると時間が来たようで案内されて移動する。移動した先はダイニングルームのようだ。大きさは六人が座席につくことが出来るぐらいの大きさの食卓に座席が六脚。広さも一二畳ぐらいと広めだが給仕の動線を考えると妥当な広さだろう。ダイニングルームの内装も待合室と同様に華美ではないが落ち着いた良い雰囲気だ。


 とりあえず指定された座席に座る。暫くして陛下が入場してきたので立ち上がって一礼をする。陛下も正装のように見えるのでドレスコードは間違っていないようだ。


「イソナ。待たせて済まなかったな。着席するが良い」


 陛下の着席を確認して着席。しかし晩餐会と聞いていたが他の出席者はいないのかな?と思わずあたりを見回してしまう。よくよく見てみればテーブルには二人分のカトラリーセットしか置いてない。カトラリーは木製だ。この木製のカトラリーは柔らかそうな見た目に反して鉄並みに硬い。


「陛下、今夜は晩餐会と聞いていましたが私達だけですか?」

「そうだ。二人だけだが、誰か招いたほうが良かったか?」

「いえ、特には……」

 どうやら私の勘違いだったようだ。宮中晩餐会て聞くと大人数で行う日本の宮中晩餐会しか思いつかなかったしな。


「そうだな。二人だけなので緊張せずとも何時ものように楽に振る舞うが良い」

「はい、陛下」


 アールヴ女王陛下の事をただ「陛下」とだけ言っているのは「アールヴ王(または女王)」は役職名だけではなくて在職中の正式な呼び名になる。一般人の名前はあるが在職中は「王(または女王)」としか呼ばないと言う慣習があるのだ。引退した後は一般人に戻るが「第何期王○○」として歴史書には書かれたりするようだ。特に通算五期務めた王には「第何代永世王」として記録されるようだ。通算五期務めた王は自動的に引退となり次代の王に王位を譲ることになる。


 着席を見計らって給仕がダイニングルームに入ってくる。どうやら晩餐会が始まったようだ。まずは食前酒が運ばれてくる。


「山葡萄ワインでございます」と給仕によってガラス製のゴブレットに酒が注がれていく。


 まず陛下が飲んでから私も口をつける。山葡萄から作られている白ワインだ。自然の葡萄なので洗練された味というより野性味の溢れる力強い味で辛口だ。鹿肉とか猪肉のジビエには非常に相性が良さそうだ。私は辛口好きなのでうっかり飲みすぎないようにしよう。


 前菜は水牛のサラダ。水牛肉のローストビーフを少し厚めのブロックにスライス。玉ねぎのみじん切り、ゆで卵を適度な大きさに切ったものオリーブのピクルスのみじん切りに塩、胡椒、オリーブオイル、マスタード少々、水牛のクリームを混ぜてソースを作り和えてある。サラダボウルにリーフレタスを飾り付けてその上に水牛肉のサラダを盛り付けて仕上げにパセリとチャイブが散らしてある。素朴ながら美味しそうなサラダだ。


 水牛の力強さと癖の強さで前菜なのにガツンとくるが美味しい。本来のおっさんの姿だったら胃薬の心配をするところだった。


 次に運ばれてくるのは青豆のスープ。青豆、さいの目に切った玉ねぎ。ネギをスライスしたもの。スライスしたセロリ。そしてジャガイモのさいの目切り。水と塩と胡椒で煮込む。カリカリに焼いた刻んだベーコンを散らして、さらにソーセージをトッピングして出来上がりと言うスープだ。


 これも田舎のスープていう感じなんだけれど野菜が一杯で大地の恵みを感じる美味しいスープだ。


 スープが終わったら魚料理だ。マスと白ワインのソースでオーブンで焼いた料理である。ピンク色の赤身の魚が皿の中央に身の部分だけ有り、その上に白ワインベースのソースが掛けてある。付け合せは蒸したジャガイモ。飾りとしてチャイブが散らしてある。


 肝心のソースはエシャロットのみじん切りをバターで炒めて甘口のワインに各種ハーブ類を入れて一度沸騰させたところにクリームフレッシュを入れて撹拌したソースである。


 マスは柔らかくジューシーで美味い。ほろほろの身が心をほっこりさせる味わい。田舎料理も極めると高級感さえ漂ってくるね。次の料理も楽しみだ。


 次は肉料理がサーブされる。豚肉肩ロース燻製ハムにフライドポテトとそら豆を煮込んだソースが添えられている。燻製ハムは食べごたえがありそうな肉厚で食欲をそそる。ハムを切り分けてソースを良く絡めてから一口食べる。


 おおっ、これは美味しいぞ!燻製は元々好きなので食も進むし酒も飲みたくなる美味さだ。それにしてもどの料理もジャガイモが付いてくるので腹がふくれるな。


 腹の方も丁度良くなったところでデザートだ。給仕されて出てきたのはスモモのタルトである。タルト生地の上には放射線状に綺麗に並べたスモモ。濃い赤い色が美味しそう。表面に軽くシュガーパウダーが初雪のようにまぶしてある。給仕によって切り分けられて配膳される。見てるだけで涎が出そうだ。


 はっ!?


 なんか脳内がスイーツ好き女子脳になっているかも知れない!お腹いっぱいだったと思ったのに、まだまだ食べれそうなこの感じはデザートは別腹てこういうことかと実感する。知りたかったような知りたくなかったような複雑な気分だ。


 そんな考えもスモモのタルトを口に含めば全て吹っ飛び「幸せ〜」とか思ってしまうのだった。


 おっさんなのにな……。

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