第二話 アールヴの女王

 ここは亜空間内シップヤード〈工廠アーセナル〉。ここではデストロイヤースキルによって建造される駆逐艦を一手に引き受ける巨大な工廠である。各種整備や弾薬や食料の補給も全てここで行われている。


 撃沈された船乗り猫達の多くはシップヤード内で待機中である。ある猫は日向ぼっこしたり、またある猫は毛繕いしたりと自由気ままに暫しの休暇を楽しんでいるのであった。


 そんななか、忙しい猫達がいる。工廠専属の猫達である。工廠猫達は大破した駆逐艦を解体して回収してナノマテリアルに戻したり日々の軍需品を製造したりと忙しいのである。


 全ての艦隊を失ったので保守する艦艇もなく新規の受注はまだかと待機している工廠猫のもとにオスカー副官から待望の連絡が入った。提督からの新規建造発注が入ったのだ。発注されたのは一斉建造可能な最大枠である八隻なので工廠のドックを全力稼働させる勢いである。


 早速、設計班がアースマインド・アーカイブに接続して指定の艦データをダウンロードする。設計班室の中央にある透明な直方体にオレンジ色の光が満ちてダウンロードされた艦データが書き込まれていく。


 アースマインド・アーカイブと言うのは地球誕生から現在までの約四五億年分の全ての時空連続記憶アーカイブの事である。


 初期艦の〈フレッチャー〉と違って現在ダウンロードしている駆逐艦は複雑な構造な上に規模も大きくなっているのでデータのダウンロードだけでも時間がかかるのだが、それもそろそろ終わりそうだ。直方体の中には淡く光る一/三五〇サイズの駆逐艦が浮かんでいるが、これが設計データである。


 設計班が艦データの検証を行い、問題がない事が確かめられると製造班に艦データが納入さられる。


 そしてまた次の艦データをダウンロードしては検証するという作業を八隻分行うのだ。


 設計班から艦データを受け取った猫達は艦データを検品すると、まず建造用のドックにナノマテリアルとメタマテリアルを満たす。ドックに備え付けられたマテリアル濃度計測器でナノマテリアルとメタマテリアルの状態を確認しながら慎重に調整していく。


 準備が出来たら特殊な光の波をマテリアルに向けて照射するとドックのマテリアルで満たされた上面が光り輝き建造が開始される。建造される様は現代の光造形三Dプリンタに似てはいるが、全体を支えるサポート材もなく、出来た構造体を引き上げる物もなく不思議な光景を作り出している。例えるなら潜水艦が海面から徐々に浮かび上がってくる様子が近い。


 一度建造が開始されると、後は出来上がるのを待つだけだ。工廠猫達は次のドックの作業にと駆り出されるのであった。


 建造が終わった駆逐艦は塗装作業に入る。塗装自体はメタマテリアルの励起作業によって一瞬にして終わる。塗られた色は軍艦にありがちな灰色だ。喫水線には黒色のラインが入り、喫水線以下は赤色に塗られている。


 完成した艦は最終検査を終えた後に進水式を行い船乗り猫達に引き渡される。船乗り猫達は引き渡された駆逐艦の試運転を行い完熟訓練をこなす。


 補給物資をすべて積み込み、すべての準備が整った後に提督に完成の知らせが届き出港するのであった。


…………


 亜空間内で大建造ブームが起きているとも露知らずに私は森を抜けた後も慎重に周囲を警戒しながら音のする方へと進む。


 小高い丘の上に出たので丘の上から下をそっと覗いてみるとギリシャやローマでよく見かける円形劇場のようなものに出くわす。


 すり鉢状の半円の土地を利用して斜面は半円形の観客席で、すり鉢の底に当たる部分に円形の舞台と長方形の舞台がある劇場だ。


 舞台には楽器のようなものを持った数名が荘厳な音楽を奏でていて、観客席にいる聴衆はうっとりと聴いている。


 私は小型の双眼鏡を出すと観察を開始する。人間に見えるがどの人間も笹の葉のような形をした耳を持っている。これはファンタジー小説によく出てくるエルフと言うやつかな?この世界ではアールヴ族て言うのだったか? 多分、そうなんだろう。


 そうやって観察している内に演奏は終了して観客が拍手をしている。拍手を受けた演奏家達は立ち上がるとお辞儀をして声援に答えていた。演奏者の一人がお辞儀を終えて頭を上げた時に観客席を見渡したが、その演奏者と双眼鏡越しに目が合った気がした。


 レーダーからの警報も入り気が付かれたかもしれないと立ち去ろうとした時には既に手遅れの状態であった。流石に周囲に人が多い状態で警備も多かったらしくて直ぐに駆けつけられてしまったのだ。そもそもこれだけの近距離でレーダーで異常を発見しても対処できる時間はないだろう。


 私は特殊部隊とかは向いてないに違いないと思いながら大人しく警備の者に従うことにした。


 私は劇場裏手の控室の様なところに連行された。気分はドナドナである。控室の奥には私を見つけた例の演奏者が座っていて両脇には他の演奏者も立っている。さて一体何で呼ばれたのやら?私を見つけた演奏者の前まで連れて行かれた。

 アールヴ族は美形揃いの上に中性的で見ただけでは性別が判別しない。


 座っている演奏者が私に問うた。

「君は異世界より来たのだろう?」

「……!」

 どうしてわかったのだろう?

「どうしてわかったのかと思っているね」

 こっ、この人はエスパーですか!?

「いや、私には人の心は読めないよ。驚いた顔をしているからすぐにわかったよ」


 なんとっ! 私がポーカーフェイス出来てないだけかっ……! まぁ、営業しているときにもよく言われたよな……。山本さんは思っていることが顔に出るからわかりやすいって……。ここは腹を括って喋るか……!?


「私はこの世界と違う世界から勇者召喚に巻き込まれてこの地にやってきました」


 演奏者は深く頷いて顎に手をやって少し考える素振りを見せる。

「ふむ、やはりな。君からはこの世界にいるものなら必ずある魔力的な匂いがなかったし、微かに神力の匂いがする。この地に足を踏み入れることが出来ているのが何よりの証拠だ」

 魔力に神力か。神力てのは高次元のあの不思議な技術のことだろうか? 高次元生命体なんて三次元人から見たら神のようなものだしね。


「魔獣や魔物が入れないとは聞いていましたが人族も同じなのですか?」

 私は疑問に思ったので尋ねてみた。

「この森には霧があっただろう? あの霧は受動防壁を形成していて、我々アールヴの民以外は入れなくなる結界なのだ。通常の動物は出入りできるように調整はしてあるが、その防壁効果があるのは、この世界のものだけで異世界より来たりし者には効果がないのだ」

「なるほどね〜。そういう事情でしたか……。ところで私はこれからどうなるのですか?」

 防壁を潜り抜けたものは死罪とか言われたら全力で脱出しますよ!


「どうもしない。好きなだけいてもよろしい。この私、アールヴ女王が許可する」


「……あ、アールヴ女王!?」


「そう言えばまだ言ってなかったな。私がこの地を治めるアールヴ女王だ。君の名前は何と言う?」


 通りで偉そうに見えたわけだよ! アールヴ女王だけ椅子に座っていて他の人は立っているしね。

「陛下。私の名前は山本イソナです。私が言うのもなんですが、私は危険人物かもしれませんよ?」

「ヤマモトイソナよ。それには心配は要らぬ。そういった事を見抜けぬようでは女王は務まらないからな。それに……、我らはそれなりに強いぞ」


 なんだか知らないがアールヴ森林での滞在許可が下りたみたいで良かったよ。

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