第2話 明智光秀、焦る

 織田家重臣、明智光秀が本能寺の変の6日前(5月27日)に

丹波国の愛宕山というところで連歌会を開いた。

 里村紹巴などの連歌師を招いた光秀は、

皆の前でこう詠んだ。

 ”ときは今 あめが下しる 五月哉”

 これを聞いた連歌師などは光秀が信長を倒す気だ、

と直感したという。

 しかし、この詩は光秀が考えたものではなかった。


 連歌会開始の直前のことだった。

信長よりも年を重ねている光秀は、詠もうとしていた詩を

すっかり忘れてしまった。

 焦った光秀は近くの家臣に何か良い詩はないか、と尋ねた。

その家臣も歌詠みの知識が乏しかったが、頭から絞り出した詩が

これだった。

 その家臣は気づいていなかった。その詩から別の意味が生まれることを。

さらに詠んだ光秀も、気持ちが焦っていて考える余裕がなかった。

 こうしてあの詩が詠まれたのだった。


 6月1日、丹波亀山に光秀はいた。

信長に

「わしより先に行ってこい。」

との命令を受け出陣の準備を進めていた。

 そして、その日のうちに丹波亀山を発った。

行先は羽柴秀吉の待つ中国地方である。


 光秀は馬上で首をかしげていた。

(何かを忘れているような…。)

 そして、気づいた瞬間、信長の激怒する顔が頭に焼き付いた。

(しまった!信長様より頂いた刀を忘れてしまった…!)

 光秀はどこに忘れたかと記憶をたどった。

 だが丹波亀山に置いていった気がしなかった。

そこで光秀は気づいた。

 連歌会を開いた愛宕山だと。

(信長様にバレたら大変だ!)

ということで、引き返して愛宕山に行くことにした。

 このときの光秀の焦りようは物凄かった。

猛スピードで愛宕山までやってきた。

 思った通り、刀があった。

 一安心した光秀はふと京都の方角を見た。

愛宕山から京都は近いのでよく見える。

 そこで光秀は気づいた。

京都の方で火災が起こっていると。

しかも場所が信長のいる本能寺に極めて近い。

 (まさか信長様が襲われているのでは…!)

 光秀の背筋に嫌なものが走った。

ここでもし信長様に何かあったら、京都の近くにいる

光秀が一番に疑われる。

 光秀は信長を助けようと決めて、家臣にこう言い放った。

「敵は、本能寺にあり!」

 これに一切の裏はなく、ただ単に信長を襲う敵が本能寺にいる、

というだけである。

 ただ、言葉が足らなかった。

連歌会の詩の噂が広まっていたのもあり、家臣たちは皆、

”いよいよ信長を倒すんだ”と思った。

 家臣たちも前々から光秀が信長に痛めつけられているのを聞いていた。

光秀にその気はないが、皆はついに立ち上がったか、と思っていた。

 この時の光秀は人生で一番、焦っていた。



 


 

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