激流に呑まれて..

 「大概が決着付いたみたいだよ」

 「..そうか。」

特に接点の無い二人、周囲との上辺だけの関わりを徹底していたシルマにとって何ら特別な事では無いが、それをよく思わない人間もいたようだ。


「なんでそんな斜に構えてんのさ?」

「そう見えるのか、お前には。」

「そういうトコだよ。

別にカッコよく無いよそういうの」

「...何を言っているんだ?」

 まるで意味が分からないといった様子で首を傾げる。〝単純に興味を持たれていない〟という事に相手が気付かない事が些か疑問なのだ。

「何か文句がアリそうだナ!」

「戦闘中なのだから気を張れとサジロウは言いたいんだ!」


「それは言ってない」

「キャンサー、構えろ。」

面倒になり激流を放射、水に流すと困ると使うシルマの荒業だ。

「やる気だね、蟹座のあんた。

そういえばいつも背後に付けてるよね

友達いないから寂しいの?」

「どうだかな..」

会議以外の時間キャンサーは常に背後に現れ姿を閉じない。シルマもそれを閉じようとせず、出したままだ。

「消火栓」

足元から流水を噴き上げるように放出する。様子を伺う先手の一打。

「脅かすなってホント、もしかしてだけど意外にサプライズ好き?」


「大嫌いだ」「あそ。」

 放たれる流水を生身で避け、逃げるだけのサジロウ。召喚獣とは余り良好な関係では無さそうだ。

「サジロウ、私を使え!」

「嫌だよ、お前つまんないもん。

今時正々堂々って流行らないよ?」

「何を言ってる

武器は古くから剣と盾と決まっている

それ以外に何を使うつもりだ。」

「だからそれが古いんだよ..」

召喚獣であるゴーティは真面目で型にハマりやすい。自由にフラフラとするのが好みのサジロウにとっては窮屈極まりないパートナーだ。


「獣と人が真逆ッテのは知ッテるが、

あそこマデ仲悪くなるのカ?」

「さぁな、知らんが己で選んだ相手だ不満があるという事でも無いだろう」

 人には誰しもルーツが存在する、召喚獣もそれは同じ。テイマーと出会わなければ使いにはならない。

➖➖➖➖

 古ぼけた牛舎、その横に小さな古屋

中年の男と小さな男の子が住んでいた

 「サジロウ、飯の時間だ。

 牛たちに干し草をあげてくれ」


「はい、わかったよ。」

何キロにもなる重たい草を、滑車を引いて牛の元へ運ぶ。

「ほら、食べな」

高らかと吠える牛、一心不乱に干し草を頬張る。

「おれより美味いもん食ってるだろ」

 母親が死んでからというもの父親と二人暮らし。「母さんの遺産」だと執拗に牛を可愛がり、息子はまるで農夫の見習い。

「おれは母さんのなんなんだよ?」

母は一度も息子を褒めなかった。かといって貶せたり邪険に扱われる訳でも無かったが、何故かいつも可愛がれるのは大勢の牛だった。


「お前ら贅沢なんだぞ、可愛いんだと

顔の違いなんかわかんないけどな」

 牛が憎い訳じゃない。だが愛でるものかと言われれば然程愛着が湧くような存在でもない。


「さぁ出来たぞ、ご飯だ!」

「....。」「なんだ、嫌なのか?」

「だってあんま美味くねぇもん。」

ワガママでなく単純な感想、父親もそれを自覚しているのか決して怒らない

「..母さん程ではないかもな。

ゆっくりでいい、食べてくれるか?」

「わかったよ...。」

 確かに母親は料理が美味かった。以前は食卓に「不味い」という言葉は存在しなかったが、最近は常連だ。

「明日な、少し遠出するぞ」

「なんで?」

「牧場に他の獣を入れようと思う。」

「ドラゴンでも入れるのか?」

 父親は頑なに人間以外のモノを〝獣〟と呼ぶ。危険が伴う可能性があるのなら皆同じという感覚らしい。

「おれは獣以下って事か..」

「やぎだ。」「やぎ?」

牛を入れるのと違いか無いようにやはり思うがもう決めた事だという。


「向こうの草原だ、明日だぞ。」

「おれも行くのかよ?」

➖➖➖➖➖➖

 「やっぱりお前母さんに似てるわ」

 「またそれか、何だそれは?」

「思うから言ってんだよ、それだけ」

「なら何故嫌う?」

「似てるから嫌なんだろ。」

 人が握ったおにぎりが食べられないというのと同じで、似て非なるものなのだ。


「仕方ないな、一体化するよ」

「漸くか、直ぐに!」

 剣と盾という典型的な戦闘武器は、12星座の何よりも特徴が無く、これといって際立った荒業も無い。

「つまんなんだよなこのカッコ!」

「戦いに楽しさを求めるな。」

「わかってるよ、うるさいよね本当」

 母親と違うのは口うるさい所、褒め言葉の無い代わりに決して説教はしなかった。

「シルマ、うちモやるカ?」

「まだいい、構わず撃ち続けろ。」

「はいヨ!」

一体化せずに流水を投げるようにただ放つ。それを一つ一つ丁寧に盾を構えて防ぎきり、改めて反撃を行う。


「このシールド、何で全部受けれるようにセンサーなんて付いてんだ?」

 ゴーティが意図して付けたのかは分からない、しかし受けきった後でないと攻撃が出来ないようになっている。

「よし、剣のストッパーが外れた!」

「もう一柱だ」「またかよ。」

再び剣にストップの錠がかかる。

➖➖➖➖➖➖

 

 「よし、出来たぞ飯だ。」

「……。」「なんだ?」

「いや、いただきます。」

ご飯は少し、美味くなった。

牧場の生き物の数を増やした事で、少し新しい良い食材が手に入るようになったらしい。

「..なぁ、一つ聞いていいか?」

「なんだ。」

「おれの事息子だとおもってるか?」


「...どうした突然?」

父親も、母親同様サジロウを一切褒めなかった。酷い言い方になるが、産んでしまった手前〝仕方なく〟側に置いているんじゃないか、そう思えた。

 「邪魔なら出ていくぜ?」

 「邪魔な事があるか。」

「ヤギや牛とどっちがいい?」

「本気で聞いてるのか、そんな事。」

 それから野性のやぎがいた草原に一人で行くと、一匹はぐれたやぎがいた

声を掛けるとヤギは落ち込みつつも生真面目に偉そうな事を語っていた。

➖➖➖➖➖➖

 「結局あれで親父がおれを探して外

 出て獣に襲われたんだよな」

「とんだドラ息子だな」


「聞いてたのか、思ってるより人に興味あるんだな!」

「..ある訳があるか。」

 後で聞いた話だが、いつも食べていた家庭のご飯では、牛からとれた牛乳や肉がふんだんに使われていたそうだ

「母さんは思ったより

おれに気を遣ってたんだな」

剣のストッパーが外れる。


「悪いけど斬るよ、いいよね?」

「キャンサー」「いくゼ!」

剥き出しの刃を甲羅が防ぐ。

キャンサーの甲羅ではなくシルマの鎧

「余り使いたくは無いのだがな..」

ジャンケンでは常にチョキ、左腕に装備する鋏を剣に打ちつける。

 「へぇ、アンタの一体化始めて見た

 なかなか面白いカッコじゃん」

「からかっているのか?」

ハサミから泡を放射、弾けると流水が噴き出し衝撃を与える。

「遠距離攻撃ばっかりかよ、態とやってんのかそれ?」

「戦い方に難癖を付けるな」

周囲が技を名乗る事が多い中、シルマはそれをやりたがらない。戦い手を出すのにいちいち、技を叫ぶのはおかしいと真っ当な考えを持つからだ。


「個性など..言うほど大事か?」

「そりゃ必要でしょ。

何も無いと埋もれるし、普通だと面白くないしさ」

「普通の事が出来るなら、それでいいと思うのだが。」

「アンタこそからかってるだろ!」

 悩みとしては不自然だ。何かあるから煩わしいのに、何故余計な事を求めるのか。それがシルマにはわからない

「分からない事ばかりだな、世界は」

接点は何も無い、意識もお互い余り無い。しかしこの争いは、過去に還って戦い直す、ルーツを紐解く戦でもある

➖➖➖➖

 家に帰るという行為が不思議に思えた。誰かが建てた木の箱を住処と決めて「安心する」と言って横になる。


「壊れる見込みが無いと言えるか?」

味方はいない。

友達、家族、聞いた事は何度か会ったが、どんなものかは分からない。人々はそれらを持つと、またもや「安心」するらしい。

 「おい、ここで何してる」

「.,空を見てる」「人の家でか?」

「……」

 人を殺めるつもりは無い、獣を殺す意味も無い。だが何でも無い場所に何かがいると、無関係な一人は何処かへ場所を移さなければいけないらしい。


「弔うべきか、熊共よ」

幾度も場所を移してきた。幾度も獣を壊してきた。心は痛まない、失うものも、何も無い。

「それ、お前が一人でヤったのカ?」

「...誰だお前は」

 初めて会う生き物だった。

獣といえるかも、よく分からない。種類は「蟹」というらしい。

「オレはキャンサー、お前ハ?」

「..シルマ。」

 聞かれた〝名前〟という情報は、自分が唯一知っていることだった。蟹は名前を聞いたあと、聞いてもいないのに色々な事を話した。


「助かったゼ、あのクマ共は川下に降りチャ魚を喰っチまウ」

「お前も住処とやらで安心してるのか

家はどこにある?」

「無ぇヨ、今はナ。」「..何?」

そんな生き物とは初めて会った。家が無く、モノを誰かに奪われる。


「テイマーにナラねぇカ?

お前がオレの住処にナるんダ。」

「.....」

 そして連れられる間に櫓へ入った。

中には似たような生き物を連れている

連中が何人かいた。

「あれぇ新人さん?

僕も最近入ったんだ、よろしくね」

中には不快な人間もいたが他人と思えば何という事も無く耐えられた。


それから何度か、外に出掛けた。


「..キャンサー、あれは何だ?」

「アりゃ竜だナ!」

「竜...」

 目に映る獣を片っ端から櫓へ連れ込み家を与えた。今思うと憧れていたのかもしれない、「帰る」という事に。

「随分増えたナ!」

「ああ、少しやり過ぎたか?」

 家を持った獣達は役割を見つけ、動き始めた。インディアンは櫓を動かし竜はテイマーを運ぶ。進める地域が増え始めた事でより多くの獣や人に会うことが出来るようになった。櫓では正式に外に出ることを〝探索・調査〟と呼ぶようになった。


そして後に、鳳凰を追う少年に出会う

➖➖➖➖➖➖


 「人は出会いだと思うか?」

 「質問が多いね、合わないよりは会

 った方がいいんじゃない?」

適当な回答だが正解は〝人それぞれ〟

会おうが会わまいが人は人だ。


「溺れ狂え」

杖のように伸びた長物の甲羅を振り回すと大波が発生しサジロウを呑み込む

 「こんなのアリかよ..?」

波を受けた事で盾のセンサーが働き剣にストッパーが掛けられる。

「なんでああいう技が無いんだよ!」

 〝武力が有れば他はいらない〟と極端な技を持ち合わせていない。


「誰だ個性はいらないって言った奴」

 融通が利かないと真面目は違う。融通が利かない者は我を通す勝手さがありまかり通る事もある。しかし真面目は己を型にはめ、少しでも曲がる事を許さない。

➖➖➖➖

 

 「サジロウ、可愛いね。

  ほら、牛さんだよ」

 母親の横には常に牛がいた。しかしそれよりも近くに我が息子がいた。

「そんなことないよ、僕より牛さんの方が可愛い。だから牛さんを褒めて」


それから母は、息子を褒めなくなった


「牛さん可愛いねぇ。ね、サジロウ?

ホントに可愛いねー」

 原因は今更わからない。もしそれが息子にあるとしたならば、親は攻めるべきなのかそれすら分からない程真面目に生きていたのだろうか。

➖➖➖➖➖➖

 「飯は美味かったぜ?」

 「...何の話だ。」

波を防ぎつつ、剣のロックを徐々に外していく。

「鍵が緩んでいるぞ」

「外してるんだよ

おれの武器だからな!」

真面目に使われるのはもう辞めた。技がないならつくればいい、目立たないなら目立てばいい。


「良いこと教えてやるよ。

〝個性〟は、物凄く大事だ!」

「そうか...変わった奴だな」

 一体化を嫌うのは強い癒着をしたくはないから。無知でい続けるのは新たな事を教わるのに長けているから。


「大業を使わないのは、お前のような勘違いが跡を絶たないからだ。」

「..なんだよそれ」

一体化を解く。

分離し背後に着く事で、水は完成する


「お前やっぱりからかってるだろ?」

「俺は、家になるんだよ。」

「..は?」

キャンサーの吐く流水がシルマを包む

「なんだってのさ?」

シルマの見たもの知ったもの、それらは全て水となりゆく。

「初めて見たのは..竜だったか」

水流は水竜となる。

シルマはこういう所が嫌なのだ。


「こういうときの為か。

 このシールドのセンサーは..」

過去の記憶を流すのは、改めて見た自然の獣。家に帰る意味を知った後の新しい景色の化身。


 「悪いなゴーティ、これ意味無いわ

 お前は本当に母さんに似てるな。」

➖➖➖➖

 「なぁ、シルマ。」

「...なんだ」「夢とかナイのカ?」

「夢?」

「ヤリたい事とかソンなんダ」

「やりたい事...興味無いな」

全てに無関心、欲の無い男。


「お前の家になれればそれでいい」

「そうかヨ。」

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