第6話 戦闘開始の合図
「ちょっと待ちなさい、君依くん!」
大きくストームブリンガーを振りかぶった僕は、駆け付けて来た斎原に制止された。
彼女の隣ではヴァネッサ・ブラムストーカーが厳しい顔で僕を見ている。
「あきれた無鉄砲だな、君依先輩は。もっと慎重にならないと長生きできんぞ」
ふむ、それもそうか。この文妖が今までと同じものとは限らない。どんな反応が返って来るか分からないのだ。
さすがはブラちゃんと言うしかあるまい。
「おい、君依先輩。今なにか不遜な呼び方をせなんだったか」
「ブラムストーカーだからブラちゃんと言ったんだけど。ああ、そうか。小っちゃいブラちゃんの方が可愛いかな?」
「人をAカップみたいに呼ぶな。わしもそのうち斎原先輩を凌駕するほどの逸物を手に入れてみせるから、その時になって吠え面かくなよ、君依先輩!」
ヴァネッサは鼻息荒く、僕を睨み上げる。
「もう止めなさい。今はそんな夢みたいな話をしている場合ではないでしょ」
「斎原先輩、意外と容赦ないな……」
しょぼん、となるヴァネッサ。
「そうか、だったら文妖の端っこの辺りをちょっと斬ってみるか」
さすがに真っ向から斬りかかるのは無謀だと、僕も気付いた。
(あのな、我が主さまよ)
だがすぐにストームブリンガーが異議を唱える。
(儂を刺身包丁か何かと勘違いしておるのか)
そういうものか。確かに刃の形状を見るに、このストームブリンガーは両刃の直刀だ。包丁や日本刀のような絶妙な反りがない。つまり、先を尖らせた鉄板と同じなのだ。
やはり剣本体の重さで叩き斬るしか方法がないようだ。
(えい面倒くさい。ゆくぞ主さまよ)
「ちょっと、おい。ストームブリンガー?」
僕はストームブリンガーに引きずられるように、文妖をまとった女子生徒の肩口から袈裟懸けに脇腹まで斬り下ろす。
「ぐわーっ!」
悲鳴をあげたのは僕だった。激痛が僕の身体を走り抜けた。
肩から脇腹、つまり僕が斬った女子生徒と同じ場所だ。
女の子はその場にうずくまる。ストームブリンガーの刀身が通り抜けた筈だが、どこにも傷は無い。やはりこの世界のストームブリンガーは、生身の人間には効力を持たないのだ。
斬られた文妖の半ばは黒の剣に吸収されたが、残りは図書館内に飛散し、それがまた新たに形を成そうとしていた。
「全然ダメではないか。数が増えただけだぞ君依先輩!」
そんな事を言われても……あれ?
僕は自分の上半身と下半身が斜めに分断されているのに気付いた。これは痛いはずだ。
ずるずる、と切断面がずれていく。
「斎原、なんだか斬られたみたいなんだけど……」
「自分で斬ったんでしょ」
斎原は両手を腰にあて、呆れ声で言った。
ストームブリンガー。どうやら人間相手だと、与えたダメージがそのまま僕に返って来るシステムらしい。これはまったく武器としての意味がない。
「心配しなくてもいいよ。それ幻覚だから」
だけど、痛い。
☆
「仕方あるまい、わしがやる。君依先輩は下がっておれ」
そう言うとヴァネッサは本棚から一冊の本を取り出した。海外文学の棚だ。
「これがよかろう」
『宇宙の戦士』(R・A・ハインライン)
彼女の手の上でその本は形を失った。
溶けた金属のように手のひらから徐々に全身を覆っていく。
ヴァネッサを包み込んだものが形作ったのは右肩から砲身を突き出した人型兵器だった。
「これは作品中に登場する強襲揚陸戦用の
フェイスシールドのなかでヴァネッサが凶悪な表情で笑った。
「ガンキャノン?!」
僕のイメージではそれが一番近い。
「違うわっ。まあ関連はあるらしいがの」
がしゃん、と派手な音をたて、上を向いていた砲身が前方に倒れ発射体勢になる。
「では、行くぞ」
轟音が図書館内を震わせる。連続して発射されたのは輝く塊だ。高エネルギー体となった文妖なのだろう。それはすぐに分裂し、雨のように女子生徒たちと文妖に襲い掛かる。
砲弾はそれぞれが爆発を引き起こし、狙った文妖を引き裂いていく。音の無い悲鳴が巻き起こり、切れぎれになった紙片が部屋中に舞い散った。
その後には倒れた女子生徒だけが残り、文妖は消え失せていた。
「どうじゃ。全部片づけたぞ」
その一撃でパワードスーツも消滅し、本に戻っていた。ヴァネッサは得意げに胸を張った。
斎原はため息をついた。
「お見事、と言いたいんだけど。誰が本の修理をするのかな……」
書架は傾き、床には破れた本が散乱している。まさに戦いの跡だ。
うむ? とヴァネッサは斎原を振り向いた。
「それは当然、君依先輩ではないのか」
まあ、そうなんだろうけど。だれか手伝ってくれないかな。
☆
恐るべきことに、例の『焚書法案』は成立目前だという。
違法献金問題で辞任を迫られた
「政治的なことは
斎原家は図書寮頭の末裔として隠然たる力を持っている。政権交代を果たしたばかりの民従党の連中がそれを知らないのは、事前に何の打診もなかった事で明らかだ。
「虎の尾を踏んだらどうなるか、教えてあげる」
斎原は唇をかんだ。
☆
「はい、わかりました。ありがとう、兄さん」
斎原は電話を切った。
「やはり、これらの文妖は持ち込まれたものだったよ、君依くん」
厳しい表情を崩さず、斎原は言った。
彼女の兄、秋一郎は文妖の研究者として名を馳せている。
「しかも、人為的に手を加えた変種だ」
「それって……」
うん。斎原は頷いた。
「斎原特殊書籍研究室は、この案件を図書館に対するテロと断定します」
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