第4話 文妖の残した罠
ヴァネッサ・ブラムストーカー。
東雲高校1年生。東欧のブラム大公国からの留学生である。
金色の長い髪と、金色の瞳。白い肌に紅い唇があざやかだ。
高校生にしては小柄な事もあいまって、まるで人形のようにも見える。ただ、その眼光の鋭さはただものではない。
「ところで、あんなところで何をしてたんです?」
図書館の床でうずくまって、何かを見ていたようだったが。
「それを教えて欲しかったら、お汁粉をもう一本買ってくるのだな」
悠然と椅子に腰かけ、彼女は宣った。
いや、別にそうまでして知りたい訳じゃないんだけど。
「それに、お汁粉は15歳以下のお子様は一日にひと缶までだって、日本の法律で決まってるからね。僕もまだ犯罪者にはなりたくないし」
ちゃんと用法用量を守ってお飲みください、って書いてあるのはそのためだ。
「本当なのか、斎原先輩?」
斎原は苦笑いを浮かべて肩をすくめた。
「ははは、これは一本取られたわ。缶だけに」
ヴァネッサは全く表情を変えないまま笑った。すうっ、と彼女の周囲の気温が下がり、ストームブリンガーと同じような瘴気が漂いはじめた。
「おい、君依先輩。次にもう一度わしを愚弄したら、只ではおかぬからな」
これは本当に怒っているな。髪の毛が逆立っている。
だけどじつは、僕はこういう怒っている女の子も大好きなのだ。
手を伸ばし、あごの下をくすぐってみる。
「ごろごろごろ……って、だから止めろと言っておろう。わしはネコではないっ!」
ふしゃーっ、と威嚇されてしまった。
でも、今たしかに気持ちよさそうに目を細めていたけど。
「もう。君依くん、からかうのは止めなさい。ごめんねヴァネッサさん。こいつは女の子に怒られるのが大好きな変態なのよ」
「ふむ。それは始末におえんな」
さすが斎原。ぼくを一言で定義してくれたものだ。でもそれは誤解なのだが。
☆
「これを見るがいい」
ヴァネッサは片膝をついて、床の一点を指差した。
「これは『文妖の牙』と我らが呼んでいるものだ。しかも、これ一つだけではない」
彼女が指先で、とん、と床を突くと、微かな光の塊が他にも数個浮かび上がった。なんだか通路を狙って置いてあるようだが。
そういえば、ヴァネッサちゃん。
「これは食べられないのかな?」
はあん、と明らかに軽蔑した表情で彼女は僕を見た。
「愚か者め。わしは拾い食いはせぬ女だ」
だけど日本には3秒ルールというものがあって、床に落ちて3秒以内なら……と言いかけた僕は斎原に睨まれた。
「まだ国内での発生は報告されてないんだよ、このタイプの文妖は。わたしも見るのは初めてだ」
斎原は興味深げな表情で、それを見つめる。
「でも、文妖の牙?」
「牙、というと少し意味が違うかのう」
ヴァネッサは考え込んだ。どうやら彼女の国の言葉とは少しニュアンスが変わって来るようだ。
「強いていえば、罠だな。ブービートラップとでも言おうか」
へえ? 僕はその光る塊に手を伸ばした。
「バカ、止めなさい!」
斎原が慌てて僕をおしのける。
次の瞬間、文妖の牙は弾けるように黒い槍状に形を変え、一直線に斎原の胸を貫いていた。
斎原は信じられないように、自分に刺さった文妖の牙を見下ろす。
「斎原っ!」
ブービートラップとは、機密文書を思わせるものなど、目に付きやすい物を起爆装置として爆弾を仕掛けておくものだ。そして侵攻してきた敵がそれに手を触れると爆発する、剣呑な置き土産である。
☆
「だから、トラップだと言っただろうが!」
さいわい、斎原の胸に刺さった槍のような物はすぐに消滅し、制服にも傷はついていなかった。でもこれは確かに、何と罵倒されても言い訳できない。
「大丈夫かぁ、斎原」
「うん。痛みはないけど、少し眩暈がするかも……」
僕のバカさ加減に、だけではないようだ。
「まずいな。文妖の宿主とされてしまったかもしれんぞ」
ヴァネッサが斎原の制服の胸のボタンを外していく。
「あの、ちょっと」
斎原の、ブラから零れ落ちそうなふくらみの頂点近くに、薄桃色の雪の結晶のような形の痣ができていた。
「おおう」
僕とヴァネッサは同時に息をのんだ。
「これは思っていた以上に、大きい」
「うむ。この大きなアザが文妖が滲入した証だ。これは、わしとしたことが迂闊だったな」
……若干、感想がかみ合っていない気もしたが、今はそれどころではない。
「どうするんだ、ブラちゃん。いやヴァネッサ。ここは僕が直接、口をつけて吸い出した方がいいと思うのだが」
蜂に刺されたり、毒蛇に咬まれた場合と同じように、応急処置をすべきではないのだろうか。
斎原はあわてて胸を押えた。
「君依先輩よ。貴様は下心を隠すということを知らぬのか」
「え、両手で揉んで絞り出した方がいいのか?」
「斎原先輩は、よくこんなやつと付き合っておるのう。感心するぞ」
あきれ顔で腕組みをしたヴァネッサは、意外そうに僕の顔を覗き込んだ。
眉をひそめた後、ふと口元を緩めた。
「なんだ。泣いているのか、君依先輩?」
ヴァネッサは急に気遣うように優しい声になった。
僕は顔をそらした。狼狽えるあまり、自分が涙をこぼしているのにも気付かなかったのだ。
「心配するな、命に係わるものでは無いし、文妖を抜く方法はちゃんとある。だからそう泣くものではないぞ」
「……本当なのか」
「ああ。早期に対処すれば問題ない」
そしてヴァネッサは斎原に目をやる。
「この男、思ったより良い従僕ではないか。斎原先輩」
斎原も潤んだ目で頷いた。
「だけど、僕のせいで斎原のおっぱいが……」
女子二人の眼が、すうっと細くなった。
「斎原のおっぱいを守るのが僕の使命なのに、まさか僕が原因で傷つけてしまうなんて。僕は自分の失態が許せない。ごめんよ、斎原のおっぱい!!」
「……斎原先輩。さきほどの発言を撤回してもよいか」
「……仕方ないと思います」
僕はその後、二人から散々に足蹴にされた。
でも決して悪い気分ではないのは何故だ。
これはきっとストームブリンガーの悪影響に違いない。やつめ、僕の精神まで侵食してくるとは……何て恐ろしい剣なんだ。
あの黒の剣。やはり斎原の言うとおり、早いうちに捨てた方がいいのかもしれない。
このままでは、僕は
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