Goodnight Irene
そして、アイリーンの周囲にとって、決定的な出来事が起こった。
その日、アイルの屋敷には珍しく客人が招かれていた。
大口の取引が見込まれるということで、商談を兼ねてアイルが自らの屋敷に招待したのだった。
屋敷ではささやかながらもシルビアが腕を振るった酒宴が開かれた。
そこには、幼いなりにいつもより着飾ったアイリーンも同席した。
商売は決して豊かではないながらも情を感じ孤児を引き取った、という物語を少しばかりの脚色と共にアイルが語ると客人たちの中には感じ入ったものがあったようだった。
当のアイリーンはそもそも大人たちの話を理解しているのかしていないのか。どこ吹く風の様子だったが。
酒宴も終わり、皆が寝静まったころアイリーンはシルビアの部屋を訪ねた。
「如何なさいましたか、お嬢様?」
シルビアは宴に興奮して眠れなくなったのであろう、と微笑ましい思いで幼いアイリーンを出迎えた。
アイリーンには宴は楽しい。だが、宴の後となるとあの夜の恐怖が呼び起こされるのであろう。ただひたすらに恐ろしいのだった。
シルビアの温もりに安心感を覚え、アイリーンが徐々に微睡み始めた夜半のことだった。
玄関から大きな物音がした。
いくつもの足音だった。心臓が凍り付くような戦慄。隣のシルビアを見上げると彼女もまた危機を感じているようだった。
アイリーンの身体が恐怖を感じがたがたと震え出した。
その恐怖は二人の寝所の扉が乱暴にこじ開けられた際に頂点に達した。
シルビアがベッドから跳ね起き壁に掛けられた護身用の剣に手を掛けたその時、ベッドの傍らにゆらりと立ち上がる小さな影があった。
「お嬢様!お下がりくださ…」
「
幼い少女の見目に不釣り合いの恫喝は扉の向こう側の野卑な魔物達に向けられていた。
魔物達はアイリーンのことは意にも介さず部屋の中を見渡すとその顔に醜い笑みを浮かべた。
年若い女と少女の二人のみ、組み敷くこといと易しと判断したのだ。
部屋の中に土足で入り込んだその時だった。
「
そこからの光景は蹂躙と言ってもまだぬるいほど一方的だった。
すべては一瞬。
剣が魔物達の体内から生えてきた。そうとしか表現のしようもない光景だった。
まるで初めに屋敷に踏み入った時からそうなる運命であったかのように魔物達は呆気なく絶命した。
数舜後、どちゃりと臓物や肉が崩れる不快な水音を響かせ、その一方的な殺戮は夜にいつも通りの静寂をもたらした。
アイルの足音が二人のいる寝所に近づいてきた。
アイルは部屋の前に重なった死骸の四肢を茫然と眺めながら二人のいる寝所を覗いた。慄然としたその表情が月に照らされる。
「…だ、旦那様」
シルビアは震える唇でようやく言葉を紡ぎ出した。
「シルビア………そこにいる………
アイリーンは乾いた笑い声を上げた。
「……何を驚いている?魔物の尽くを滅する、それがこの娘の心底の心象であること、気が付かないほど蒙昧だった訳ではあるまい?」
「ば、化け物…!!お嬢様の身体から出ていけ!!」
シルビアは震えながらも護身用の剣を翳した。
「私は請われてここにいるというのに随分な言い草じゃないか…まあそのうちに分かるだろう。私はこの娘に力を与えた。それを使役できるようになるまで、よくよくこの娘を育てておくことだ」
アイリーンの翠色の眼が凄惨な笑みと共にアイルに向けられた。
「ルシファの加護のあらんこと」
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